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上田太一

日本在住/編集者・ディレクター

1982年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。番組ディレクターを経て、カフェやコミュニティスペースなど場のプロデュースに携わるgood mornings(株)に参画。2017年より知人らと共同でwelcometodoを設立。編集の視点を活かした様々な空間づくりを軸に、各種メディアで企画や執筆なども手掛ける。趣味は映画、スペイン、クラフトジン。 https://www.welcometodo.com/  instagram(@teaueda

2018.08.27
column

バスクと東京の料理が“魂”で繋がる 美食ドキュメンタリー『世界が愛した料理人』

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今年9月22日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開予定の美食ドキュメンタリー映画『世界が愛した料理人』(原題:SOUL)を一足先に鑑賞する機会に恵まれた。

今作は2016年にスペインで制作されたスペイン人監督による作品。主人公として登場するのは、美食の郷として称されるバスク地方ビルバオ近郊にあるミシュラン三ツ星レストラン「アスルメンディ」を率いる料理人エネコ・アチャ。スペイン史上最年少で三ツ星を獲得した天才料理人の、料理への矜持を掘り下げ、彼が料理を求道していく先で辿り着いたという、日本料理の名店「すきやばし次郎」を対比させながら、世界を魅了する料理人の根底に受け継がれている“魂”に迫るドキュメンタリーだ。

所々に、美食界の巨星「ラトリエ」の故ジョエル・ロブション(日本公開を前に急逝)、スペインの三ツ星レストラン「ラサルテ」のマルティン・ベラサテギ、「サンパウ」のカルメ・ルスカイェーダ、和食の名店「壬生」の石田廣義・登美子夫妻、「龍吟」の山本征治ら、世界屈指の料理人の哲学がインタビューでインサートされ、美食家にとっては垂涎ものの構成となっている。

日本の食文化の深遠を紐解く際に「すきやばし次郎」を引き合いに出す定番の語り口に日本人としてはやや食傷気味なところや、オムニバスに登場する上記の豪華料理人らの存在が、本筋であるエネコの物語にスムーズに接続されない消化不良があるものの、現在、東京を含む世界各都市で見受けられるフードカルチャー全般への期待と関心の高まりを理解するための示唆に富んだ貴重な映画であることは間違いない。

なかでも、エネコを筆頭に各料理人が劇中に幾度も語るローカリズムへの強い思い入れは、昨今人々が「食」という分野に惹き付けられている理由を読み解く上で、大切な視点を我々に与えてくれる。

「基本的には祖母や母から伝えられた故郷の味を継承している。バスク人であることの誇りをもって、バスクという土地と繋がった料理を作ることを大事にしているのです」

めくるめく華麗なプレゼンテーションとは裏腹に、エネコが料理と向き合う姿勢は意外なほどに素朴で実直だ。レシピの原案は家庭で馴染んだ伝統料理にならい、食材はレストラン隣接の畑で収穫されたものを積極的に使用、堆肥を自前で生成する循環型システムまで導入している。この場所でしか食べることができないという局地性こそ、料理の面白さだとエネコは力説する。

東京の名店「すきやばし次郎」とて同じことだ。小野親子が提供する最高級の握り寿司は、彼らの職人としての熟達した腕前だけで成立しているわけではなく、築地市場という、日本橋時代から連綿と続く日本固有の魚河岸が近場にあり、魚の目利きとして機能する仲卸との親密な関係性があってこそ生まれるもので、やはり東京という場所からは引き離せないローカルな料理なのだ。

高度に発達したグローバル化やデジタル化の恩恵で、世界中どこに行っても同じものが食べられ、どこに居たってクリックひとつで何でも手に入る時代にあって、彼らが創造する極めて土着的な食体験は、容易に輸出入やダウンロードできないがゆえに、眩いばかりのオリジナルな輝きを放ち、多くの人々を魅了して止まないのであろう。それは当然、小野禎一の言葉を借りるのなら、「おいしいことが前提」であることは言うまでもない。

それにしても世界に名だたる料理人らが、しきりに和食を褒めそやし、日本の料理人へのリスペクトを惜しげもなく語る姿には、何だかこちらも表情がほくほくしてしまう。

和食が世界無形文化遺産に登録されたことで、世界中から熱い視線を浴びていることまでは想像できたとしても、食の大国フランスや美食の本家スペインの食文化を最前線で牽引する料理人らまでが、ここまで和食に傾倒し憧憬の念を抱いていることは驚きであった。

食欲の秋、大切な誰かと食卓を囲いたくなる季節にうってつけの美食ドキュメンタリー。観れば「食」への探究心の扉が開かれ、もっともっと目の前の料理を慈しみたくなる思いが湧き起こるはずだ。そして必ずや日本人であることに少々誇らしげな気持ちになって劇場を後にすることであろう。

Photo:© Copyright Festimania Pictures Nasa Producciones,All Rights Reserved.
Text:Taichi Ueda