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松原摩子

イタリア在住/ライター、通訳、AIS公認ソムリエ、JSA 公認酒エキスパート

1992年よりイタリア在住。イタリアソムリエ協会公認ソムリエの資格を取得後、07年にミラノからワイン産地、オルトレポー・パヴェーゼへ移住。ワイン塾の主催や、ワイン輸出、食のイベントなども手がける。趣味は、ワイナリー巡り。

2018.12.04
column

イタリアのスプマンテ動向

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イタリアでもっともポピュラーなスプマンテ(スパークリングワイン)といえば、プロセッコ。ヴェネト州とフリウリ・ベネツィア・ジューリア州の一定地域で、グレラ品種のブドウで造られる泡です。

カフェやレストラン、立食パーティなど、さまざまなシーンで出てくるプロセッコ。ポピュラーになりすぎて、多くのイタリア人が「プロセッコ」と「スプマンテ」を同義語だと勘違いするようになり、誤解が定説になりそうな気配さえあります。

ご存知のように、スプマンテにはふたつの製法があります。ひとつは、長期間、瓶内二次発酵させるシャンパーニュ方式で、イタリアではメトド・クラシコ(伝統方式の意味)と呼ばれるもの。もうひとつは、簡易なシャルマ方式。短期間ステンレスタンク内で二次発酵させて大量生産する製法です。

プロセッコは、後者シャルマ方式の代表格。ブドウの風味が感じられ、軽くてシンプルな味わい。いちばんの魅力はお手頃な価格です。ブランド化に成功し、価格競争力のあるプロセッコは、イギリスや米国等を中心に世界中へ輸出を拡大しています。2014年、プロセッコの輸出量(3億2000万本)が、シャンパンの輸出量(3億700万本)を上回った、というニュースは業界に衝撃をもたらしました。

プロセッコが国際化するいっぽうで、メトド・クラシコの世界では、ひとつの流れが出てきています。生産者達が、リキュール添加に頼らない、糖度の低い泡造りに力を入れているのです。

メトド・クラシコは、残糖量によって表示が変わり、もっとも辛口のカテゴリーは、1ℓ当たり3g未満。「Dosaggio Zero」(「投与量ゼロ」の意味)、もしくは「Nature」、「Pas Dose」のいずれかで表記されます。日本では通称「ノンドゼ」とも呼ばれています。

市場に出ているメトド・クラシコの大半はBrutと表記され、残糖は12g未満。出荷前、澱引き直後にリキュールを加えるため、糖度はやや高めです。この加糖はシャンパン製法に由来するもので、「門出のリキュール」などと呼ばれ、各社の秘伝レシピとされています。仕上げ段階で味を調節できるので、メーカー側にとっては合理的な方法ともいえます。

ところが、数年前から、あえてリキュールを加えずに、手間と時間と技術を駆使して、メトド・クラシコを造ろうとする動きが加速しています。さしずめ「化粧の力に頼らず素肌美人をめざす」といったところでしょうか。

この傾向は、先月発表になったガンベロロッソ社の評価本Vini d’Italia の受賞結果にも表れていました。高品質のメトド・クラシコで知られるフランチャコルタは、最高評価トレビッキェーリを9銘柄が受賞したのですが、そのうち6銘柄がDosaggio Zero。昨年は、受賞の半分以上はBrutでした。産地を牽引するカ・デル・ボスコや、グイド・ベルルッキが、昨年に引き続きDosaggio Zeroで受賞したことは、この流れをさらに後押しすることになりそうです。

トレンティーノ州でも、メトド・クラシコ7銘柄が最高評価を受賞しましたが、過半数の4銘柄がDosaggio Zero。注目すべきは、マーケットリーダーのフェッラーリが、毎年、創立者名を掲げるジュリオ・フェッラーリBrutで受賞していたものの、今年はDosaggio Zero の「Trento Perlè Zero 2011」で受賞。

リキュールの力を借りずに、うま味や深みを出すには、細心の手間と時間がかかります。が、あえてそこに挑戦するのは、生産効率とは対極の、職人としてのプライドや、モノづくりへの情熱です(蛇足ですが、プロセッコの受賞は今年もありませんでした)。

最近、トレントDOCの泡の試飲会に行ったのですが、ある生産者の言葉が印象に残りました。「本当はDosaggio Zeroだけれど、価格が高いという先入観をもたれたくないから、あえてBrutと表記して、良心的な値段で出している」と。つまり、Dosaggio Zeroは、消費者へのアピールというより、生産者のこだわりなのかもしれません。

また、先日、イタリアソムリエ協会のマスタークラスで、とても興味深いセミナーがありました。フランチャコルタのトップメーカー、カ・デル・ボスコのオーナーと醸造家の話を聞きながら、4銘柄の垂直試飲を行なうという内容です。

泡は、以下の2銘柄を年代違いでテイスティング。デゴルジェマン(澱引き)は、試飲の直前に、会場内で一本一本手作業で行なわれました。「Dosaggio Zeroの状態で試飲してもらおう」という、ザネッラ氏の粋な計らいです。

Cuvée Prestige 2015、2009、2007
Annamaria Clementi 2009、1995、1989

ヴィンテージの古いものは、すべてプライベートコレクション。グラスに注がれた瞬間、長い年月をかけて育まれたアロマが立ちのぼり、会場は感動に包まれました。29年経てもなおフレッシュ感をキープしている、本当に素晴らしいワインでした。

日本では数年前に訪れたノンドゼのブームは落ち着いた、と聞きましたが、イタリアでは反対に、年々高まっています。消費者というより、生産者側のブームと言えるかもしれません。私の住むオルトレポー・パヴェーゼもメトド・クラシコの産地ですが、同様の流れを感じます。

ただ、ニッチな商品のため、ほぼ国内消費で終わってしまいます。1年前、フェッラーリが新商品ペルレ・ゼロのお披露目会(http://winart.jp/column/2077)を行なったときも、業界内で話題になり、発売と同時に完売。輸出にまで至らない状況は、世界進出を続けるプロセッコと対照的と言えそうです。

Text&Photo:Mako Matsubara