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2019.07.17
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【短期連載 第3回】パリに恋して、パリに試される。日本人女性初の仏ミシュラン一つ星に輝いたシェフの軌跡と奇跡。

2019年1月21日に発表された「ミシュランガイド フランス 2019年版」で、日本人女性シェフとしては初の一つ星に輝いたひとがいる。この快挙を成し遂げたのは、パリ12区にある「Virtus」(ヴィルチュス)の神崎千帆シェフだ。 世界グルメ激戦区のパリで、他国の女性シェフがこの栄誉に辿り着くのは並大抵のことではない。彼女の道のりと想いに、コンサルティングやイベント開催などを手がけ、枠にとらわれずにワインの可能性を探るステラマリーの秋山まりえさんが迫った。秋山さんは神崎シェフの修行先「Mirazur」(ミラズール)時代から親交がある間柄。女性同士の語らいだからこそ見えてくるものが、ここにはある。 対談が行なわれたのは2018年11月8日。つまりミシュラン一つ星を獲得する2カ月以上前のこと。デジュネを終え、ひと息ついたところで始まった貴重な対談を、10章形式、全5回の連載でお届けする。

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第5章

ストーリーを伝える
ひとと逢うことから
生まれるもの

秋山まりえ(以下M) 私の仕事はワインですが、やはり食のお仕事とは共通点があります。私の場合は、ワインの生産者の方と直接つながりたいという想いがあるんですね。おこがましいですが、千帆さんには似たものを感じます。

私が本当においしいと思ったワインを、みなさんに紹介したい。「まりえ風」にはなってしまうんですが(笑)。紹介したいという想いから、立ち上げました。そもそも、これが仕事になるかどうかも「?」だったんですけれど。いろいろな出逢いがあって、リクエストも戴いたので始めることができました。ワインバーでソムリエールの経験もありますが、お客様にワインを紹介していても、ストーリーを話すと、とても興味を持ってくださるんですね。生産者が日本人であっても、外国人であっても、どういう人がどんなところでどんなふうに作っているかをお話すると、みなさんワインの味わいも変わってくるんです。

神崎千帆(以下C) そうですね。

M 千帆さんは、以前の店舗のVirtusでソムリエールのパズさんとご一緒されていたとき、焼酎とか日本酒も供されていましたよね。パリジャンやパリジェンヌの方が、それを飲んだときに、たとえば千帆さんが「日本酒ってこうなんですよ」と一言添えたら、全然違ってきますよね。

C ほんと、そうです。

M SNSで、千帆さんが日本の酒蔵を訪問されているのを拝見しました。私は(飲食の場に)ストーリーを与える、という仕事をさせていただいてると思っています。私もゲストとして、そういうサービスをしてもらったらうれしいし、知りたい。お料理もそうですよね。サービスの方やソムリエさんが、いろいろ教えてくださったほうがうれしい。

ワイナリーの方ともそうだし、千帆さんともそうなんですけど、私はまず、相手の方とお逢いしたい。知り合って、仲良くなってから……という気持ちがあるんです。ステラマリーのワイン会でセレクトするワインもボーダレスがモットーなので、アルゼンチン人の方や日本人の方がフランスで料理人として活躍されている姿には感じ入るものがあります。

なので、じつは「どこのワインが好きですか?」という質問が正直いちばん困るんです(笑)。もちろんフランスも好きだし。でも、それだけではないし。マウロさんもそうでしたし、千帆さんもそうですが、ワインを合わせるとき、フレンチだからフランスのワインということではなく、ボーダレスにセレクトされていますよね。あと、実際に生産者の方に逢うと、ゲストに対しても説得力が違ってくる。お店もそうですよね。実際にこうして足を運んでみると、伝えることも変わってきます。

それにしても、千帆さんのおかげで、パリが「近く」に感じられるようになりました(笑)

C とんでもない!

M いや、そうでなかったら……パリは(大学の)卒業旅行で来て素敵だなと思って以来、ずっと好きな場所ですが、千帆さんとお逢いしていなかったら、こんなに何度も来るチャンスには恵まれなかったかなと。ありがたいと思います。

C いえいえ、とんでもないです。

le monologue de Marie cinq

histoire
ストーリー

メニューがとても自然です。奇をてらったところがない。書体も素敵で、文字の配置やバランスにもセンスを感じます。まず、ここで「パリに来た」と思わせてくれる。「日本人シェフの店に来た」とは思わない。メニューを手にとったとき、Virtusならではのストーリーがはじまります。

いい意味で、どれかひとつが印象に残るというわけではありません。もちろん、この日のムニュの中で私がいちばん好き、というものはありますが、コースのお料理はどれも突出していない。また、ペアリングされたワインのどれもが、お料理にやさしく寄り添うようなものでした。

おうちで寛ぐように……というコンセプトから、あえて控えめなレンジのプライスで提供されています。フレンチですから、高価な食材を期待されている方は、少しライトに感じるかもしれません。食事に何を求めるかによって、反応は違ってくるでしょう。

だれかが遊びに来てくれた。せっかくだから、外で食事でもしましょうか。たとえば、そんなときのディネに佳いと思います。実際、ゲストのほとんどが地元の方々で、皆さんリラックスした雰囲気で訪れていました。

そのような「場」をVirtusは、パリの地に創っているのです。

 

 

 

 

第6章

日本の要素を
どれだけ出すか
出さないか

M 話は変わりますが、フランス人の方って、厳しいですよね。

C そうですね。わりとハッキリ言うひとは多いですね。

M プライドをもっている印象があります。でも、それで「育てられる」ということもあると思うんですね。普通のお客様に。(料理)評論家が(厳しいことを)言うのは当たり前ですよね。プロなんだから。

一昨日の夜にディネで伺いましたが、これだけ広いお店が満席で、パリの地元の人たちに支持されている。しかも、このあたりはかなりの激戦区ですよね。

千帆さんが目指していることはわかりませんが、私が思うのは「日本人であること」の色を出しすぎていない。ゲストがどこの国の方であろうと、供することのできるお料理を作られている。そういうイメージです。そこが素敵だなと最初から感じていました。

C そうですか。うれしいです。うちの店は夜が中心なんです。このあたりの方は昼はサンドイッチなどで軽く済ます方が多い。夜はパリ市内の方がほとんどです。その方たちは、ハッキリ言ってくださる。嘘がない。「すごくよかったけど、あのお皿はどうなの?」とか。

M でも、そう言ってくださるのはありがたいですね。

C 「もうちょっと『日本』を出したほうがいい」とか。

M えー、すごい。

C まりえさんにおっしゃっていただいたように、私も個人的にあまり日本、日本しちゃうのは……というところがあるんです。

M それは千帆さん(がやるべきこと)ではないと思うんですよね。

C そのへんのバランスが難しいですよね。ゼロゼロでもいけないし。(日本的なファクターも)使いつつ、「あれ? これ、ちょっと『日本』入ってる?」みたいな。

M そう! さじ加減がいいですよね。

C (日本)バリバリではなくって。

M 以前のVirtusもすごくおいしかったんですけど、いまはさらに洗練された印象があります。以前はパズさんとふたりでフロアを切り盛りされていたときもありましたよね。

C すみません。あのときはお待たせしてしまって。

M いえいえ。千帆さん自らのサーヴも含めて素晴らしかったんですけれど。いまは、マウロさんへのオマージュを感じる「ひと皿」もありますね。もちろん、すべては千帆さんのオリジナルなんですが。

le monologue de Marie six

japonisme
日本人であること

千帆さんはご自分が「日本人であること」を意識しないで作っているとおっしゃっていました。私は「そこ」が好きなのかもしれません。たとえば、Virtusに訪れるとほかの方に伝えるとき、「日本人シェフのレストランに行く」とはあまり言いたくないんです。パリで素敵なお店を見つけたら、たまたま日本人だった。しかも、たまたま女性シェフだった。そんなふうに伝えたい。

ただ、同時に、こうも思います。
もっとも重要なことは、千帆さんが「日本人であること」。同じ食材を使ってもまったく違う。おそらくミラズールでは作ることのできない料理だと感じます。たとえマウロさんでも。

彼女にしかできないことは、日本の料理学校で学ばれたことプラス「日本人として」彼女が食したもの、日本で訪れたレストラン、ご家族から習った料理……彼女を「作ってきた」食に関するデータのすべてを、少しずつ、ひと皿ごとにエッセンスとして加えていることだと思います。

日本人の感覚を全面に押し出してはいないので、日本人にとっては心地よく、パリジャンやパリジェンヌにとってはどこか新しい。そこが最大の魅力です。

そして、千帆さんのお料理から感じる「日本人であること」がもうひとつあります。
ディネでいただいた帆立やカリフラワーなどの前菜は、ソースが片方に寄っている。そこに生け花の構図を感じました。色彩感覚が素晴らしいひと皿ですが、もし普通のお皿に普通に盛り付けたら、なんの変哲もないお料理になると思います。
生け花には「視覚の焦点」ということばがあります。花を生けるときに、どこに焦点を持ってくるのか。「視覚の焦点」が真ん中だと、おもしろみがなくなります。どちらかに寄っているから、花が映えるのです。

デジュネでいただいた、セップ茸の前菜も、さり気なく盛り付けているようでいて、計算し尽くされていました。アンシンメトリーな構図が、陶器のお皿と相まって絶妙な効果をもたらしていますね。「視覚の焦点」のあるお料理はメリハリがつき、写真映えもします。「日本人であること」がフランス料理として昇華されているひと皿だと思います。

Text:Toji Aida
Photo: Marie Akiyama/Toji Aida