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2019.07.29
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【短期連載 第5回】パリに恋して、パリに試される。日本人女性初の仏ミシュラン一つ星に輝いたシェフの軌跡と奇蹟。

2019年1月21日に発表された「ミシュランガイド フランス 2019年版」で、日本人女性シェフとしては初の一つ星に輝いたひとがいる。この快挙を成し遂げたのは、パリ12区にある「Virtus」(ヴィルチュス)の神崎千帆シェフだ。 世界グルメ激戦区のパリで、他国の女性シェフがこの栄誉に辿り着くのは並大抵のことではない。 彼女の道のりと想いに、コンサルティングやイベント開催などを手がけ、枠にとらわれずにワインの可能性を探るステラマリーの秋山まりえさんが迫った。 秋山さんは神崎シェフの修行先「Mirazur」(ミラズール)時代から親交がある間柄。女性同士の語らいだからこそ見えてくるものが、ここにはある。 対談が行なわれたのは2018年11月8日。つまりミシュラン一つ星を獲得する2カ月以上前のこと。 デジュネを終え、ひと息ついたところで始まった貴重な対談を、9章形式でお届けしてきた。 「Virtus」がミシュランに選ばれてから約5カ月後の2019年6月14日、ふたりは再会。秋山さんが神崎シェフにインタビューした。 最終回は、神崎シェフの最新コメントとともに、秋山さんがすべてを振り返るアフターインタビューを特別収録。全5回連載のフィナーレとする。

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第9章

人生は一度きり
「これ」以外は
考えたことがない

秋山まりえ(以下M) 千帆さんのお話を聴いていると、重なる部分があります。私も2015年に起業しましたが、自分でやるとなると全然違う。何かに所属しているのと、自分でやらなければいけないのは。しかも私の場合は、何から何までひとりで、スタッフの方もいない。ある意味、気楽な部分はあるかもしれないけれど。

神崎千帆(以下C) いえいえ。

M 私は、OL歴もありますが、自分がやった分還ってくる、いまの仕事は全然違いますね。いちばん感じるのは、何かに属しているときは、自分の「代わり」がいるんですよね。自分じゃなくてもいい。休暇をとるとき、(仕事を)誰かに頼むじゃないですか。いまはワイン会の開催がメインですけど、ワイン会も当日、私がいないと始まりません。自分の「代わり」がいないという責任があります。これがいちばん変わったことですね。今日もこうして千帆さんに逢いに来られたのも、フリーだから。ある程度自由にできるというのはありがたいことです。

ワイン会をコーディネートして、当日も参加する。「自作自演の舞台」だと思ってつとめています。

ワイン会によって、ワインの生産者と、レストランのシェフやスタッフさんがつながってくれれば、すごくうれしい。だから、いつか、<マリエージュ in Virtus>も開催したいと思っています。きっと、そのために日本からパリに来たいと思うひともいるはず。それは心の中にある小さな「ゆめ」。その日が来たときに、千帆さんとマルセロさんがどこでどんなふうなお料理を作っているのか……追いかけていきますけれど(笑)

C そんな、とんでもないです。

M いま、「星を獲ることが目標です」とおっしゃってくださいましたね。ハッキリと聴けてうれしいです。

C 密かな目標だったんですよ。パリに出たときから。

M だから、パリなんだなと、私は思っていました。じゃなきゃ、パリじゃなくてもいいですものね。

C 自分が思うに、やっぱりパリはかなり激戦区。

M ええ、世界有数の。

C ここで認められたら……

M それはそうですよ。素晴らしいことです。

C 人生、一度なので。ここで、ここまでやってきて、勝負かけないのもどうなのかな? って。

M まだお若いですが、これから千帆さんも熟成期を迎えられて。必ずその「タイミング」が来ると思います。

私には何もできませんが、こうして交流をもつことで、何か応援できることはないかといつも思っています。

それにしても、千帆さんとの原点であるミラズール。あそこは、景色も含めて素晴らしいですよね。パリもほんとうに素敵だけれども。地中海を眺めながら食事をするのは、なんとも言えない贅沢さがありますよね。

あのミラズールに、私、和菓子を持って行きましたよね。きっとマウロさんなら、和菓子から何かを感じとってくださるんじゃないかと。千帆さんが、和菓子とマウロさんの笑顔の一葉を送ってくださって、とてもうれしかったです。あの日の出逢いが今日につながっている。

C ええ。それにしても7年ですか……!

M 千帆さんはまだ30代になったばかりの頃でしょ。でも、もっとお若いと思いました。そしたら20歳でもうパリにいらしてたなんて。

C でも、当時は自分の目標があって行ったわけではないので(笑)

M 彼を追ってね。でも、そういうこともありますよね(笑)

C でも私、ほかの仕事を考えたことがないんですよ。小さい頃から。

M インタビューを拝見しました。おうちでもお母さまが料理しているところを見ていたと。

C 「食」以外の職業……ほんと考えたことないですね。たとえばミュージシャンの方とかカッコいいなとは思いますけど。

M 私はワインの資格を取ったのは30代になってから。2006年に、まだ独立したばかりのモルドバに行く機会があったんですね。そこは5000年のワインの歴史のある国で。それをきっかけにワインの資格を取ったんです。それまではワインが好きなだけでしたが、資格を取ったことがやがてビジネスにつながりました。ちょっと遅かったけれど、出逢ってしまった。いまでは、これ以外の仕事は全然考えられないです。毎日ワインに恋しています。

私は料理とともにワインを愉しむ派で、おいしいお料理とのマリアージュは必須です。ワインはときに主役にもなりますが、料理を引き立てる脇役になることもある。

もしワインをメインに飲むなら、チーズだけでいいかもしれない。でも、食事に寄り添うワインを求めて日々、研究を重ねています。以前の店舗でのパズさんのセレクトも感動しましたが、一昨日のディネのペアリングも素晴らしかったですね。イタリア(ワイン)も入っていたし、自然派(ワイン)も入っていて。

C そう言っていただけると、うれしいです。ソムリエの女の子がものすごく自信のない女の子で。

M でも、そういう方のほうがいいのかもしれません。そんな謙虚な姿勢にも好感を抱きました。とてもいいペアリングだったとお伝えください。

C はい。今日はほんとうにありがとうございました。

M こちらこそ。日本のワインをお持ちしました。よろしければ、みなさんで。千帆さん、またお逢いしましょうね。できれば、近いうちに。

C ぜひ、よろしくお願いします!

(2018.11.8)

le monologue de Marie neuf

reve
ゆめ

2011年から7年。ふたりの関係がかたまって、またさらに次の未来につながる2日間=ディネとデジュネだったと思います。これから先の未来に、ひょっとしたら、お仕事をご一緒できるかもしれない。そんな未来への第一歩を感じる再会でした。

彼女はシェフで、私はソムリエール。いつか、ふたりで組みたい。そんな「ゆめ」が生まれました。ぜひ、ディネで。パリでも想いましたが、帰国してさらにそう想います。
彼女のお料理に、私がセレクトしたワインを合わせてみたい。そう思ったのは今回が初めてです。

今回体験できたVirtusのペアリングはとてもよかった。でも、私だったら、また違う組み合わせをしたい、できるかもしれないと思いました。それを考えることがすごく楽しかったし、とても自然なことでした。いつか一緒にコラボレーションしたい。それを強く想いました。

これまでは「千帆さんはパリにいるひと」というイメージを抱いていたので、一緒になにかができるとは思っていなかった。でも、こうして対談をさせていただいて、その可能性がゼロではないと感じました。

千帆さんは「ゲストの意見がとても大事」とおっしゃっていました。「励みにしているし、参考にしている」と。そのことをお聴きできたことも大きかった。
千帆さんの存在をより身近に感じました。

神崎千帆シェフを、ステラマリーワイン会にお招きすることができたなら……
いつか、この「ゆめ」が叶ったらいいなと思います。

(2018.11.20)



最終章

これまで以上に
「試される」。だから
これまでどおり謙虚に

今回のミシュランはマウロのミラズールが三つ星に輝いたことも、とてもうれしかったです。授賞式でマウロは「僕のところでずっと働いてくれていた千帆とマルセロが星を獲ってうれしい」とみんなの前で話してくれた。すごい感動でした。そして、まりえさんのように私たちの歴史を知ってくださっている方は、ジャーナリストの方も含め、より感激してくださいました。

お客様の顔ぶれは変わりましたね。とくにお昼は、これまで地元の方ばかりでしたが、12区以外のパリだけではなく、海外からの、そして日本人のお客様も増えました。以前は日本人のお客様は昼も夜も含めて、一週間に1組いるかいないかだったんですけど、いまはお昼でも一週間に3組はいる。そこはすごく変わりましたね。

さまざまなお客様がいらっしゃっるようになったということは「試される」ことでもあるんです。いまは興味をもっていただける。けれども星を獲ってからの2年めは、お客様の興味も新しいお店にどんどん向かっていく。レヴェルを維持するということの意味もこれまでとは違います。気をつけなくては、と思っています。

お客様からの批評も変わりました。たとえば「星獲ったのに?」という声もあります。Virtusには「おうちにいるように、ストレスなく食べていただきたい」というコンセプトがあるので、「どうしてテーブルクロスがないの?」とか「どうして椅子が統一されていないの?」とか「どうしてこんなにカラフルなの?」という反応もあります。一つ星のお店なら普通は、照明にしても椅子にしても統一されてシックな雰囲気なのに、ということだと思います。当然、お料理に対しての批評も、何度か来てくださっている方々も含め、これまで以上に厳しくなっています。

ただ、自分としては、星を維持することにとらわれず、謙虚にこれまでどおり、もっともっといいものをお出しできるように、スタッフと一緒に頑張っていきたいと思っています。

ちなみに、マルセロは「一つ星も獲ったし、これでやっと念願のピザ屋さんができる!」と喜んでいます(笑)

(2019.6.14)

entretien avec Marie

épilogue
通過点

ーーミシュラン一つ星獲得直後の神崎シェフの様子を教えてください。秋山さんはすぐにご連絡されたのですよね。

M ええ。とても興奮しているご様子でしたね。チームみんなで獲得したという喜びにあふれていました。いつもは、どちらかといえば控えめなコメントが多い方ですが、SNSでも拍手マークが飛び交っている印象がありました。

ーー今回、秋山さんに神崎シェフへの最新インタビューをお願いしましたが、ミシュラン獲得以後、お客様が厳しくなられた、というお話が印象的でした。

M 常連のお客様が厳しいことをおっしゃるということは興味深いですね。でも「お客様に育てられている」と彼女はよく口になさいますから。批評も前向きに受け取っていらっしゃる。「これから」を見据えた向上心を、今回のことばからも感じました。ミラズール時代から、とても向上心のあるひと。マウロさんに積極的に直接質問していた千帆さん。その向上心こそがマウロさんに見出された大きな部分でもあると思います。彼女のパッション=向上心は、一つ星を獲ったことにまったく甘んじてはいません。

たとえば、Virtusが星を獲ったことで、これまでお店に来られていた方も、少し気持ちが醒めてしまうことがあるかもしれない……。ファン心理には、そういうわがままなところもあるから。おそらく、そういうことも含めて「飽きられるかもしれない」と、星の獲得を受けとめていらっしゃる。星をキープするということは、そういうことなのかもしれません。お店に対する評価は厳しくなるし、世界中から問い合わせは来るけれど、いままでのファンがずっとファンでいてくれる確証はないわけですから。

ーーアーティストなどもそうですが、ブレイク以後はそういうことが起こりえます。ファンの顔ぶれが少しずつ変わっていく。

M (ファンが)ああ、みんなのものになった……と思ってしまうと、そういうこともありますね。おそらく、そのことも含めて「気をつけなくては」とおっしゃっていたのではないでしょうか。だからこそ、「これまでと変わらず」ということばもあったのだと思います。「おうちでくつろぐようにしてほしいから」、テーブルクロスもないままで、照明も変えない。信念を変えないところも素敵だと思いました。

パリの一つ星は千の星に値すると思います。一つ星を獲るということは、ある意味、二つ星、三つ星よりむずかしい。その一つ星を、日本人女性シェフとして初めて獲得された。私は、たまたま8年前に出逢えたので、見届けることができた。この「たまたま」というご縁を幸せに思います。

料理だけではなく彼女自身に魅力があった。その人柄に惹かれたからこそ、私もずっと追いかけつづけているのだと思います。おいしい料理だけだったら、東京から決して近くはないパリに、これだけ再訪することもなかったでしょう。パリという街を、もっと好きになった大きな理由のひとつです。

学生のとき初めて訪れて以来、もう一度行きたいと思える場所でしたが、こういうかたちでパリとご縁ができたのは彼女のおかげです。対談は完結しますが、千帆さんへの想いも、パリへの想いも、これからもつづいていくもの。これは「通過点」です。

ーー対談の最後では「ゆめ」を語ってくださいました。

M コラボレーションですね。「できたらいい」ではなく、「実現させよう」と思っています。ゆめは、自分でつかむものです。待っていても、向こうからは歩いてこない。彼女もゆめを持ってパリに行き、ひとつの目標を実現しています。ゆめは見ているだけでは実現しません。

コラボする場所は、パリでも東京でも、どこでもいいのだと思います。私の仕事は、ワインによって、ひととひととをつなげること。ワイン会のメンバー様とも、ワインを通して数百人という方とご縁ができました。その方々に、千帆さんの料理とお人柄にふれていただきたい。そのようなひとときを、私がプロデュースできれば、こんなに幸せなことはありません。今回の対談の意味もあると思います。私なりのベスト・マリアージュはできる。いま、具体的にそう考えています。たとえば、もし東京でできるとしたら、日本の食材を使って彼女がどんな料理を作るのか。期待が高まります。

ーー11月、おふたりの語らいに立ち会わせていただき、感じたことがあります。佳い対談は、マリアージュだなと。ワインとお料理が素敵にマリアージュするように、秋山まりえさんと神崎千帆さんは響きあっていました。あえてお聞きしたいのですが、秋山さんと神崎さんを「つないでいるもの」はなんなのでしょうか。ことばにはできないことかもしれませんが。

M そうですね……こうして質問されると、あらためて考える機会になります。お逢いするたびに心地よい、ということがまずあります。スタンスに似ているところがあるからだと思います。

なかなか自分のことは客観的に見られませんが、あまり女性女性していないというところはお互いあるかもしれません。さらっとしている、というのでしょうか。

仕事に関しては、感情に流されない。フラットでいられるタイプ。だからこそ、千帆さんには女性のスタッフも集まってくるのだと思います。

たまたま、私のワイン会も女性のゲストが多く、初めて訪れた方に驚かれることもあるのですが、おそらくそれは私が女性女性していないからだと思います。

行動で示す。いま気づきましたが、この姿勢かもしれません。千帆さんはたくさん話してくださるけれど、自分のことはあまり話さない方です。事実は話すけれど、あまり自分の気持ちは語らない。

ーーええ。「自分語り」とは無縁な方です。

M とても凛としていらっしゃる。そして、とても正直。その正直さも魅力です。たとえば、過去のことも正直に話してくださる。正直に生きてきた方だと感じます。

そんなふうに、スタッフに対しても態度で示してきたのではないでしょうか。ミラズール時代のお話の中にもありましたが、一緒に働くスタッフに対しては態度で示すしかない。それをお若いときに体感されてきたからだと思います。

何事も、口で言うのは簡単。私も、できれば行動で示したいと思っています。私が開催しているワイン会で生まれる「和」も、そんなふうに育ってきたと思っています。

こうして生まれた信頼は、なにものにも変えがたいものだと感じます。千帆さんはほんとうに信頼できるひと。ですから、何回もお逢いしているわけではないのに、通じ合うことができているのだと思います。

(2019.6.25)

Text: Toji Aida
Photo: Marie Akiyama/Toji Aida