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上田太一

日本在住/編集者・ディレクター

1982年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。番組ディレクターを経て、カフェやコミュニティスペースなど場のプロデュースに携わるgood mornings(株)に参画。2017年より知人らと共同でwelcometodoを設立。編集の視点を活かした様々な空間づくりを軸に、各種メディアで企画や執筆なども手掛ける。趣味は映画、スペイン、クラフトジン。 https://www.welcometodo.com/  instagram(@teaueda

2018.11.12
column

シェリーかタパスなスペイン探訪

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10月中旬から下旬にかけ、遅れてきた夏休みを利用して、スペインはアンダルシア地方を訪ねてきた。

スペインを旅するのは、今回で4年連続。初回はバルセロナ、2回目はバスク地方、3回目はマドリード。「いつも、なんでスペイン?」と周囲の人間からは不思議に思われるのだが、毎回今年こそは違う国を旅しようと計画を立てるものの、気が付いたらスペイン行きの航空券をポチッと押しているのだから、こればかりは、どうにも仕方あるまい。

スペインのサッカーと料理と街並みに惚れ込んでいることは言わずもがな、多民族で無理矢理構成された国家ゆえに、訪れる地域ごとに、街から発せられる空気感や人々の生活様式がてんでばらばらなことがスペイン中毒になってしまったおもな要因であろう。そう、いつもスペインはこちらの想像の遥か上を超えてくるのだ。

で、今回は初めてのアンダルシア地方。

「情熱の国」と形容されることの多いスペインだが、フラメンコ発祥の地であることから、この「情熱の」というイメージのほとんどを醸成しているのが間違いなくこのアンダルシア地方だ。アフリカ大陸にほど近いスペイン南部に位置し、イスラム国家に長らく支配されていた歴史があり、大航海時代の拠点として栄華を極めた記憶をも持ち合わせる、スペインでもかなり特異な文化が育まれたエリアである。

最初に向かった先は、アンダルシアの州都であるセビリアから、鉄道で1時間ほどさらに南下したヘレス・デ・ラ・フロンテーラ。人口20万人という小都市ではあるが、なんといっても、この街は、かのシェリー酒が生まれた地である。アンダルシアに行くと決めたときから、必ずや訪れたいと心に秘めていた場所だ。

シェリー酒とは、スペインに古くから伝わる、酒精強化ワイン。その、ワインともブランデーとも似つかない独特の香りが特徴で、スペインでは食前、食中、食後問わず、カジュアルに親しまれているお酒である。

ブドウ栽培に適した自然環境であったことからヘレス周辺ではワイン造りが盛んで、大航海時代にワインを船で輸出する際に保存性を高めるため、アルコール度数を上げる必要性に迫られたことで、シェリーが生まれたとされている。ヘレス(Jerez)という街で造られたお酒なので、ヘレス酒、ヘレスがなまってシェレス、シェレスがいつからかシェリーという響きになったという言い伝えが、真偽のほどはさておき、僕は大好きだ。

街に20カ所以上はあるというシェリー醸造所(通称ボデガ)のひとつで、最大手である「GONZALES BAYSS社」のボデガの見学ツアーに運よく参加することができた。日本でも有名な「TIO PEPE」の醸造元である。

シェリー製造を熟知したガイドさんが懇切丁寧に、その工程やシェリーの種類について説明してくれた。

その詳細は割愛するが、ヘレス周辺で収穫された白ブドウを用いて製造されたワインのみがシェリーと名乗ることが許されていること、ワインの醸造過程で、ワインを蒸溜したブランデーを足してアルコール度数を高めていること、アメリカンオーク樽で熟成する際に、その4分の3までしか満たさず樽内に空気の余白をもたせることでフロールという酵母の膜を作り、ナッツを思わせるあのシェリー独特の香りを醸成させていることなどを知れて、シェリーへの興味関心がより一層と高まってしまった。

そして、少しでもヘレスの路地を歩いてみれば、この街にシェリーが深く根差していることがたちどころに実感できる。至るところに「タバンコ」と呼ばれる、ヘレス特有のシェリー酒場が軒を連ねているからだ。元々はタバコと食料品雑貨とシェリーが買える生活に便利な売店であったものが、いつからか、樽からシェリーを注ぎ、気の利いたタパスと一緒に提供する角打ちのような業態に変容していったそう。しかもシェリー1杯がどこも1ユーロ、つまり130円程度という民主的な姿勢もあって、僕はすっかりこのタバンコの虜になってしまった。

1軒目に入ったタバンコは「Tabanco EL Pasaje」。カウンター正面にドカンと積まれたシェリー樽と陽気なグリーンの内装が目を引き、ステージのようなステージでもないような店の隅で毎晩のようにフラメンコのライブを披露している独特のお店だ。豚の唐揚げのようなタパスをつまみによく冷えたフィノ(ドライなシェリー酒)を一杯ひっかけて、フラメンコを鑑賞。これぞアンダルシアならではの貴重な体験だといえる。

2軒目は、お店の外まで人であふれかえった「TABANCO LAS BANDERILLAS」。余談だが、スペイン人は本当によく喋る。全員もれなく喋る。店内はBGMもかかっていないのに、いつも大変に騒々しい。もちろん嫌いではないのだが、この店の熱気はとくに凄まじかった。ここは、シェリーはさておきタパスのクオリティーが軒並み高い。とくにシェリーをソースに使った豚肉のソテーは抜群に美味い。フィノよりも少しボディ感のあるオロロソと合わせるとより一層味わいが増す。ヘレスは海も近いので近郊で獲れた魚介類も豊富で、隣のグループが食べていたイカや海老のフライや炭火焼きも大変に魅惑的であった。

どっぷりとシェリーなヘレスの街を堪能した後は、州都セビリアへ。

イスラム文化の名残りと大航海時代の冨の痕跡がくっきりと残る、アルカサルやスペイン広場、大聖堂などの観光地は、それはそれで大変見応えがあり、路面電車が走る優雅な街並も写真映えするのだが、どうしたって、ヘレスでの経験を引きずり、シェリーとおいしいタパスを求めてしまう。

スマートフォンを駆使し、ピンチョスコンクールで優勝した有名店やモダンなレストランに何軒か入ったものの、洗練されすぎているのか、どこか想定の範囲内で、ヘレスで味わったような、スペインらしさ全開の強烈なお店はなかなか見つからなかった。

そんなときに、たまたま出くわしたのがトリアナ地区(セビリア中心地から川を挟んだエリア)にある、「La Antigua.Abaceria」という老舗のお店だ。

中にはいると、手前にはワインを中心にオリーブやチーズ、缶詰などの食料品雑貨が売られていて、カウンターの奥には、なんとシェリー樽が積まれているではないですか。そう、まさに、あのタバンコ。

この店で食べた、タコのガリシア風のタパスは、かつてスペインで食べた中で文句なしにいちばんおいしいひと皿で、サルモレホというアンダルシアのスープをソースに使ったトルティージャも絶品、アンダルシア産のブルーチーズは上に甘いシェリーのゼリーが乗せられていて未体験の味わい。映画のような年季が刻まれた店内で、極上のタパスに合わせて、フィノ、オロロソ、ペドロヒメネスと覚えたてのシェリー酒を飲み分ける時間は、この旅いちばんのハイライトとなった。

こうした偶然の出会いこそ、やはり旅の醍醐味であるのだなと、再確認。

最後は、おまけに、今年リーガエスパニョーラで快進撃を続ける、セビージャFCの試合を観戦しに、ラモン・サンチェス・ピスファンへ。

ここもまた、想像を超える熱狂の渦。

どうしたって、スペインのサッカーと料理と街並みへの愛は深まるばかりだ。

Text & Photo:Taichi Ueda