• Top
  • Column
  • 革新を遂げたまったく新しいボルドー赤

立花峰夫

日本在住/ワインライター/翻訳者

ワイン専門翻訳・執筆サービス、タチバナ・ペール・エ・フィス代表。欧米ワイン本の出版翻訳、ワイン専門誌への記事執筆を精力的に行う。翻訳書(共訳含む)に『ほんとうのワイン』パトリック・マシューズ著、『アンリ・ジャイエのワイン造り』ジャッキー・リゴー著、『シャンパン 泡の科学』ジェラール・リジェ=ベレール著、『ブルゴーニュワイン大全』ジャスパー・モリス著、『最高のワインを買い付ける』カーミット・リンチ著などがある。

2020.12.24
column

革新を遂げたまったく新しいボルドー赤

ボルドー赤に新しい風が吹いている。それも、トップシャトーからではない。コストパフォーマンスに優れるお値頃レンジからの、ボトムアップな改革だ。牽引するのは、若い世代の造り手たち。2020年12月1日、ボルドーワイン委員会が開催したオンラインセミナーは、そのフレッシュな息吹を存分に伝えてくれた。

  • facebook
  • twitter
  • line


おもえば太古の昔から、ボルドー赤はつねにモードの最先端だった。世界の頂点に君臨し続けてきたこのワイン産地は、単に品質の高いワインを産するだけでなく、時代時代の流行や要請に応じて、つねにフレキシブルにその姿を変化させてきたからだ。コアの部分、すなわち比類なきクオリティこそ岩のごとく動かないが、モードにフィットしていく現代的な感覚こそが、ボルドーワインを世界の王者たらしめてきた真の秘密だと言ってもよい。

近年、変化を強いられた部分ももちろんある。時代背景が動いたからだ。

まず、食生活のライト化。フランス本国はもとより、世界中で人々は以前ほど重たい食事を取らなくなった。ならば、合わせて飲むワインもそのスタイルを変えねばならない。

次に、一部のボルドー産超高級銘柄の価格高騰。人気なのは結構なことだが、市場原理に応じて値段がずいぶん高くなってしまった。だから、コスパのよい価格帯のワインが、飲み手に寄り添う必要が生じたのである。

そして、ワイン情報が伝播するチャネルの変化。「権威」としてあがめられたワイン評論家の託宣が影響力を失い、SNSを通じた情報拡散によって注目ワインの情報が、若い世代に伝わっていく時代に変わった。それに伴い、高級銘柄よりもポップなワインが人気を博するようになったのだ。

そして最後に、世界がより環境に目を向け、持続可能な開発を目指すようになったことも、重要な時代背景である。

では、新しいボルドー赤とは、いったいどんなワインなのだろうか?

1.新しい味わい

「重い、渋い、飲み頃まで何年も待たないといけない」から、「フルーティでしなやか、若いうちからすぐ楽しめる」という、いまの消費者が求める味わいへと、ボルドー赤はガラリと姿を変えた。そういう味わいになるよう、栽培と醸造を変えたのだ。ブドウをより完熟した状態で摘み、しかし抽出はといえば、以前よりもゆるやかに優しくなされるようになった。

2.現代的なパッケージング


ラベルのデザインがモダンになり、瓶の形もラベルや中身のスタイルにあわせたものが採用されるようになった。「ボルドーといえばいかり型のボトルに、シャトーの絵が描かれた伝統的なラベルが貼られたもの」という一昔前の“常識”は、もはや通用しなくなっている。端的に、「映え」るようになったと言ってよい。また、飲み手が味わいをイメージしやすいよう、ブドウ品種名を目立つように記したラベルも増えてきてた。

3.環境への配慮

持続可能なワイン造りを、いまではこの地方全体が力強く志向している。ボルドー全体のブドウ畑の65%が、なんらかの環境認証を得ているというから驚きだ。ワイン醸造も、先端技術の粋を集めつつ、人為的な介入を抑えた自然なものへと回帰していて、亜硫酸(酸化防止剤)を一切添加していない自然派ワインや、動物性素材を醸造工程で一切使用しないヴィーガンワインも増えてきた。

4.新しい品種の台頭・復興

ボルドー赤といえば、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、カベルネ・フランという3つの品種が有名だが、最近では「オルタナ系」とでも言うべきブドウが台頭している。すなわち、プティ・ヴェルド、カルメネール、マルベックの3者。いまだ比率としては小さいものの、過去20年で栽培面積が倍増している。いずれもボルドーの古い品種だが、地球温暖化が進む中でふたたび脚光を浴びるようになった。これらの品種を100%使い、その名をラベルに表示した赤もある。

5.テロワール表現の重視

スタイルの変化と高品質化を同時に進めることができたのは、ワインのおおもとであるブドウ畑、専門用語で言うところの「テロワール」を、さらに重視するようになったからである。造り手たちは、自らの畑の土壌を綿密に調査し、その結果に応じてじつに細かく区画分けを行なうようになった。その上で、区画ごとに個別に管理を行ない、最適な栽培法、醸造法、熟成法を取り入れているのだ。

6.新しい醸造法


現代の飲み手が好む味わいになるよう、ワイン造りが変化したことは先にも述べた。さまざまな側面で革新が図られているのだが、そのひとつが熟成容器の多様化である。

ボルドー赤といえば、伝統的にオーク小樽、それも新しい樽を使うのが決まりのようだった。1970年代から2010年頃までは、ボルドー型の新しいオーク小樽を使うことが、世界中のワイン産地で現代化の象徴になってもいた。しかし、過去10年で流行の先端が、オーク樽の風味を抑える方向へと動いている。モード・コンシャスなボルドーが、その流れに乗らないわけがない。

今日、ボルドーワインに用いられる熟成容器の選択肢は多彩そのもの。コンクリート、素焼き粘土の容器(アンフォラやジャー)や、オーク樽でも容量の大きいものが、活用されるようになってきた。それが、あからさまな樽風味を抑えるだけでなく、スタイルの多様性にもつながっている。

従来とは一線を画す
新しいボルドー赤3種


オンラインセミナーにおいては、以下3銘柄の新しいボルドー赤が試飲に供され、造り手自らの解説がなされた。いずれも美味なだけでなく、従来のボルドー赤のイメージを根底から覆す斬新なワインであった。

1.
ヴィニョーブル・シオザール キュヴェ・イプサム・メルロ 2018
Vignoble Siozard Cuvée IPSUM Merlot 2018

Comment:
フレッシュなブルーベリーやダークチェリーのアロマに、土や根菜の香りも。亜硫酸無添加なのに、欠陥臭のないクリーンな仕上がり。非常に柔らかくしなやかなアタックから、中盤、余韻まで流れるように展開。無添加ワイン特有のはかないテクスチャーで、タンニンも丸い。フルーティでバランスよくまとまったライトボディ。完成度はとても高い。

Data:
メルロ100%、亜硫酸無添加。AOCボルドー。Terra Vitis&HVE環境認証。ステンレスタンクで5日間という短いマセレーション。

双子のシオザール兄弟。
左側がワイン造りを担当するダヴィド。

Profile:
双子の兄弟が、それぞれワイン造りと販売・マーケティングを担当して蔵を切り盛りする。9つのAOCでワインを生産し、このキュヴェはドルドーニュ川の対岸にある、石灰岩土壌の畑で育つメルロを100%使用。キュヴェ・イプサムは単一品種100%、亜硫酸無添加のシリーズで、メルロのほかに、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、マルベック、プティ・ヴェルド、カルメネールもある。

2.
シャトー・ルクーニュ キュヴェ・カルメネール 2014
Château Recougne Cuvée Carménère 2014

Comment:
香りは華やかで、赤系果実や赤い花の香りがふんわりと立ち上る。ジューシーでフルーティな明るいアロマ。少し奥からドライハーブやカンゾウなどのスパイスもあがってくる。やさしいアタックの、しなやかなミディアムライトボディ。しっかりした酸味が印象的で、タンニンはなめらか。樽風味は感じられず、それがこの品種の個性と魅力を前面に押し出してくれている。
   
Data:
カルメネール100%。AOCボルドー・シュペリュール。HVE3環境認証。ステンレスタンク100%で熟成。アルコール12%。

4代目当主のマルク・ミラド(右)。25歳で蔵を引き継ぐ。

Profile:
現当主であるマルクの父は、この「失われた品種」の復興に、積極的な役割を果たした人物。1850年代に植えられたプレ・フィロキセラの古木を見つけて穂木を取り、2000年から実験栽培を開始した。右岸、サンテミリオンやポムロールに近いリズル川周辺の畑で、ブドウは栽培される。収量が低く、適熟のタイミングを見極めるのがむずかしい品種だというが、アルコールが低く抑えられるので、温暖化トレンドの中では大きな可能性がある。

3.
プティ・ヴェルド・バイ・ベルヴュ 2018
Petit Verdot by Bell-Vue 2018

Comment:
比較的華やかながらも、熟度は充分にある濃密で奥行きのある香り。ほどよいオーク由来の甘やかなアロマが、カシスやブラックベリーなど熟した黒系果実風味に加わる。黒コショウ、ナツメグ、クローヴなどのスパイス香やパクチーのようなハーブ香がアクセント。流れるようなテクスチュアをしたミディアムボディの赤で、複雑な要素が巧みにまとめあげられている。

Data:
プティ・ヴェルド100%。AOCボルドー。HVE3環境認証。1939、49、58年植樹の古木。400リットルのオーク樽と、アンフォラで熟成。

ゼネラル・マネージャーのヤニック・レーレル。

Profile:
メドック地区のクリュ・ブルジョワ・エクセプショネルであるシャトー・ヴェルヴュが、ジロンド川河口付近の畑で栽培するプティ・ヴェルドのみを使った赤。4度という低温で10日間という長い低温マセレーションを経る、大きめの樽やアンフォラで熟成させるなど、品種だけでなく醸造も大変実験的だが、結果は大吉とでている。アンフォラや大きいサイズの樽を使うのは、オーク風味を強く、あるいはまったくつけることなく、微酸化作用をワインにもたらし、果実味を鮮やかに表わすため。

Text:Mineo Tachibana