秋山 まりえ

日本在住/ステラマリー代表

総合商社勤務を経て、2006年に資格取得。ソムリエールとして経験を積む。2015年、ステラマリー起業。同年より「ステラマリー☆ワイン会」主宰。メーカーズイベント、ペアリングディナー開催等、ワインが繋ぐ一期一会をプロデュース。『ワイナート』誌106号〜116号にて「a Story」対談連載。

2024.09.10
column

a Story ☆

『Winart』で足かけ4年にわたり連載された「a Story」が装いも新たに復活。いま気になるワインパーソンに逢いに行く。新生第1回のゲストは、2022年、富士河口湖町で始動したばかりのセブンシダーズワイナリー(7c)を、栽培・醸造責任者として牽引する鷹野ひろ子。

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まず何よりもブドウ生産者の仕事をフィーチャーしたい。その願いを、醸造法にも、エチケットデザインにも託している鷹野ひろ子の物語と素顔を、フルコース形式で浮き彫りにする。

■セブンシダーズワイナリー(7c)

セブンシダーズの名は、河口浅間神社にあり、永くこの地を護ってきた「七本杉」へのリスペクトに由来。エチケットには、7本杉、光、雨を表現した7本のラインと、富士山がデザインされている。さらに、ブドウ栽培者の名前が品種と同じ価値を持つものとして記されている。表には英語、裏には日本語。「鷹野ひろ子」の名はエチケットにはなく、小さくひっそり「鷹」のアイコンが寄り添うのみ。

コンセプトは「栽培者に光を当てたワイン」。また、これまで果樹栽培に不向きとされてきた富士河口湖町でのブドウ作りに取り組み、自社ブドウ畑でのワイン醸造も目指している。

2023年、選りすぐりの地域限定品と食事が楽しめる「旅の駅 kawaguchi base」の敷地内に、ここでしか飲めない7cワインもある「7c store&lounge」とワイン醸造所が誕生。自社畑のひとつもその隣にある。24年、7cの魅力が堪能できる宿泊施設「7c villa&winery」もオープン。

■menuA/アミューズ
「最後のワイン造り」

秋山 セブンシダーズワイナリー(7c)の構想は、どのようなところから始まったのですか。

鷹野 まず、河口湖でブドウを作るというのは、オーナーからの最初の条件。それまでは「旅の駅」の構想を聞いていました。そこで山梨のワインも売る、と。やがて、物を仕入れて売るだけでは、地域に溶け込むには不充分。ブドウを作って、ワインも造りたいと相談されるように。河口湖で作ったブドウで、ワインを造る。この場所で完結できたら、と考えました。

秋山 一からの挑戦ですね。

鷹野 ええ。試してみようと思いました。いまは河口湖にどの品種が本当に適しているのかはわかりません。ブドウの状態を見ながら決めていく段階です。

秋山 大きな決断だったと思います。

鷹野 この年齢から立ち上げるプロジェクトじゃないですか。この齢から新しいことを始めるので、自分が本当に造りたいものを、造りたかったんです。

秋山 以前は中規模のワイナリーにいらっしゃった。7cにはどのような期待感を抱いていましたか。

鷹野 どんなワイナリーにするか。私はいったい、何を造りたいのか。そこに向かい合ったとき、そうだ、私は自分の住んでいる勝沼の農家さんたちのブドウを見続けてきて、よく知っている。このことに気づいたんです。前職、前々職ともに、比較的大きめのワイナリーだったため、生産者のブドウを細かく見てはいたものの、それぞれのブドウをワインにすると、どんな味わいに変化するか、その検証ができていなかった。

おそらく、これが最後のワイン造りになる。自分が最終的に追究したいことは? 生産者ごとに仕込み、その人たちの個性を見出すこと。これが、考えた末に出した結論でした。

相談すると13もの農家さんたちが「いいよ。ブドウをあげるよ」と即答してくれた。まだどんなワイナリーができるかもわからない。着工もしていないときに、信頼してくださったことが大きくて。この人たちのブドウを、この人たちの名前で、表に出していこう。ワインはやっぱり、どうしても造り手が表に出てしまう。でも、それ以上に、栽培者の名前をどんどん出していきたい。エチケットの表にも裏にも、栽培者の名前がわかるようにしました。

秋山 いままでに、そのようなワイナリーはなかったと思います。生産者さんへの想いはあっても、このようなエチケットはありませんでした。とても新しいと思います。

鷹野 畑によって収穫量もさまざま。組み合わせる必要が出てきます。では、ブドウの個性を醸造で消さないためには、どうしたらよいか。バランスをとるブレンドではなく、個性を生かした組み合わせを考えます。いわゆる「よいワイン」を造るのではなく、ブドウの個性を伸ばす。たとえば、熟したもの同士を組み合わせる。結果、酸は柔らかく、甘い香りやボディ感が際立つことにもなる。弱点を補い合う組み合わせより、ブドウの個性がよくわかった方が飲み手も楽しめるのでは? と。

秋山 飲み手にとっては魅力的ですが、かなりチャレンジングですよね。

鷹野 はい。泣きたくなる時もあります(苦笑)。

■menuB/オードヴル
「出逢い」

秋山 そもそものワインとの出逢いを教えてください。

鷹野 学生の頃ですね。最初は飲めなかったんですが、甘いドイツワインを知って「こんなジュースみたいなワインがあるんだ」と。やがて、「辛口のワインもおいしい。フランスのワインの勉強がしたい」となり、駅前の酒販店の親父さんに頒布会をしてほしいとお願いしました。当時、ワインに興味をもちはじめた仲間同士で。毎月、赤1本白1本買うから、選んでください、と。すると選ぶだけでなく、生産者のことも書いてくれた。それで、そのワインの素性が分かる。その紙を見ながら、みんなで味わいました。

秋山 お仲間のみなさんとのテイスティング勉強会はためになりますね。

鷹野 当時、山梨大学の醗酵生産学科にいました。いまは生命環境学部地域食物科学科と名前が変わりましたけど。バイオテクノロジーの走りの時代でしたので、その方向に進むつもりでした。3年のときに、ワインを造る授業がありました。実際にブドウも栽培している研究室があって。4年ではワイン専門の研究室を選びました。その時点ではもう「就職はワイナリー以外考えてないです!」と先生に伝えていましたね(笑)。

秋山 まさにその志の高さがその後のキャリアにつながっていったのですね。

■menu C/スープ
「転機」

秋山 ご主人もご同業ですが、お仕事のことは相談されたりしますか。

鷹野 いえ、普段はあまりしません。ただ、主人にも転機がありまして、その決心をするときに私に相談がありました。私もこのお話をいただいたときは、どうするか主人に相談しましたが、「いい話じゃないか」と言ってくれましたね。

秋山 その理解と支えは大きいですね。

鷹野 両親にも相談すると「自分の人生だから、好きなこと、やりたいことを選びなさい」と言ってくれました。

秋山 想いを感じる言葉ですね。私も両親に感謝しているので、すごくわかります。

鷹野 いまは、男性女性関係ない時代ですが、元々両親は「女性であっても、できるだけ仕事を続けた方がいい」という考え方でした。まだ子供が小さい頃は、随分助けてもらいました。

■menu D/ポワソン
「育成」

秋山 息子さんは学生時代、全国のワイナリーを自転車で廻られていたそうですね。

鷹野 1年休学して、そんなことをしていましたね。いまは無事、大学を卒業し、その頃に出逢ったワイナリーで働いています。同じ世代のコミュニティがあり、ひとりだとむずかしいことも、みんなでZoomなど活用して勉強しあえると力になりますね。一生懸命勉強しています。いまはよい時代ですね。

秋山 やはり鷹野さんが学ばれていた頃とは変わったと感じますか。

鷹野 そうですね。若い人たちは情報量が全然違う。1年でこんなに成長したのか、と思わせられます。ワインに興味をもっている若い人たちの実力は、私たちが同じ年代の頃の比ではないですね。すばらしいことだと思います。その人たちと話したり、一緒に飲んだりすると、ワインの将来も安泰だな、この子たちが背負っていくんだなと、安心します。

秋山 最近、若い人たちのアルコール離れ、ワイン離れがよく言われますね。私も日々心配になったり想うこともありますが、そのようなお話を伺えて、とても嬉しいです。低アルコールのナチュラルワインや多様な料理にマリアージュするロゼなど、さまざまな形でワイン文化は続いていくのかなと考えています。

鷹野 ええ、育っていると思います。

秋山 育つと言えば、ワイン造りは甘やかしてもいけないし、突き放してもいけないと言われますね。

鷹野 本当にそうなんですよ。現在、醗酵中のデラウェアがありますが、あまり覗きすぎてもいけないし、でも毎日1回は、どういう状態になっているか、温度は大丈夫か、そこを見ることは必要なんですね。

秋山 生きているからですね。

鷹野 全部、子育てにつながるところがあります。

■menu E/ヴィヤンド・レギューム
「味わい」

秋山 ワインの味わいでもっとも大切にしていることはなんでしょうか。

鷹野 ワイン造りのコンセプトが、生産者のブドウの個性を生かすということに特化しているので、それぞれのブドウを見て醸造法を考えています。私の中でいちばんの緊張感は、醸造によってブドウの味を消さないこと。醸造の仕方によってはブドウの味は消えて、醸造ならではの味わいになってしまう。たとえば、醸したオレンジワインは、果実よりも醸造法からくる酵母感や酸化的な要素が強くなる。それが農家さんの作ったブドウの個性かと言われると考えてしまう。できるだけ、その人の果実がどういった味わいなのか、ちゃんと飲み手に分かるようにしたい。

秋山 そこは本当にさじ加減ですね。

鷹野 たとえば、醸造のテクニックでエステルを強くしてしまうと、吟醸感といわれるようなものにもなり、それはブドウの個性とは違ってしまいます。

秋山 そうですね。同じ甲州でも、日本酒に近い吟醸香が強いものがありますね。それがお好きな方もおられますが、私はワインらしいフルーティな造りの方が食中酒に適していると思います。

鷹野 エチケットに栽培者の名前を載せる上では、責任をもって、その人の味わいを出さないと失礼になる。その人の顔をつぶすことにもなります。この緊張感はつねにありますね。

秋山 まさに生産者さんと鷹野さんのマリアージュですね。

鷹野 生産者別に、同じ造り方のワインを5種類造り、今年6月に同時にリリースしました。当初、みなさん混乱するかもと思ったんです。それは微妙な違いと思われ、どれを買っていいか、わからなくならないだろうか。あるいは、その中のひとつだけ売れていって、優劣がついてしまったら……と心配していました。ところがまったくそうではなく、同じように売れていった。聞くと「暑い日にはこっちを飲みたい」「こちらは半年、1年置いて熟成させて飲みたい」、そうおっしゃるんです。つまり、ワインの「使い方」を自分で選んでいらっしゃった。

秋山 すごいですね!

鷹野 私たちと一緒に飲み手が育っていくのだなと思えました。

秋山 ファンの方たちは、すべて味わった上で自分の好みを知る、よい機会にもなりますね。

■menu F/デセール
「身近」

秋山 鷹野さんが子どもの頃、お祖父様が葡萄酒を飲んでいらしたそうですね。

鷹野 ええ、一升瓶から注いで、毎晩一杯ずつ。育った環境に、ワインが身近にあったことは大きいですね。もちろん子供のうちは興味もないけれど、親が飲んでいたり、じいちゃんが飲んでいたということは、記憶の中にずっと残っているものなのだと思います。身近な感触がある人なら、「よし、飲んでみよう」という気持ちにもなる。

秋山 私もカリフォルニアでホームステイしたとき、その食卓にワインがあったことが、ワインに興味をもつ大きなきっかけになりました。当時はまだ年齢的に飲めなかったのですが。でも、ワインは身近な存在に思えました。

鷹野 私も大学4年生のときに、2週間ほど、カリフォルニアにホームステイしました。向こうのコンビニみたいなお店でシャルドネを買って、ホームステイ仲間たちと飲んだんです。それが本当にフルーティでおいしいシャルドネで。あんなに安いのに……。まだワインを知りたての自分にとってはセンセーショナルでした。海外に行かれた方は、ワインというものがグッと身近に感じられるんじゃないですかね。

秋山 そうですね。やはり現地で飲むワインはおいしい。空気感がまるで違います。7cさんのワインも、このラウンジやテラスで、ワイナリーや畑を眺めながら味わってほしいですね。ここだけの風も含めて。

鷹野ひろ子(左)
Hiroko Takano

山梨大学工学部発酵生産学科卒業。某ワイナリーオープニングスタッフとして入社。結婚を機に退社。ワインスクール講師、ワイナリー勤務、仏ボルドーでの仕込み研修を経て、2011年、前職のワイナリーに入社。チーフワインメーカーとして、ワイン製造の統括を行なう。21年、大伴リゾートに入社、セブンシダーズワイナリー(7c)立ち上げに従事。現在、ワイナリー栽培・醸造責任者。

■エピローグ

ここ数年、毎年訪れている河口湖についにワイナリーが……。懇意にしている湖畔の名店マダムよりご紹介いただき、7cのメーカーズディナーに参加、鷹野ひろ子さんと出逢いました。初対面ですがフレンドリーに話しかけてくださった第一声が「今夜のペアリングはいかがでしたか?」。ワインの感想のみを求めるのではないところにワインへのこだわりを感じ、シンパシーを抱きました。「じつは、私もワインと料理のマリアージュを日々、追究しているんです」。その瞬間、お互いに笑顔があふれ、一気に距離が近づきました。

7cのワインを初めて味わい、白のみならず、赤のクオリティに驚き、品種を巧みにブレンドする技術の高さを感じました。フランス(ボルドー)と日本(山梨)、両国で栽培・醸造を経験されているからこそ生まれるワインの深み。科学を理解することからワインの道に進まれたことも大きいと思います。また、美峰・富士山に抱かれた地域と農家さんを大切に想う心が、一本筋の通った輝きのあるワインに表れています。

対談で鷹野さんはこうおっしゃいました。

「出逢うはずのない人と出逢える。これがワイン造りをしてきて本当によかったことです」。私も日々、感じていることで、ワインにはそんな不思議なパワーがあるのかもしれません。鷹野さんと私を繋いでくれたのもワインですから。

いつか富士河口湖町で育ったピノ・ノワールでロゼ、いえ「ブラッシュ」を造ってほしい。個人的には、そんな夢を抱いています。鷹野さんのワインライフ、「最終章」に向かうストーリーはまだ始まったばかりです。

■Marie’s マリアージュ

MC ブラッシュ 2023
MC Blush 2023

鷹野さんは食中酒としてのワイン(マリアージュ)を意識されていて、サイトでも7cのワインに合う料理をそれぞれ提案されています。

こちらのロゼワインには和食をセレクトしました。外観はオレンジがかった美しいピンク色。チェリーなどの赤系果実の甘やかで上品な香りがチャーミングな印象ですが、味わってみるとオフドライでアフターにしっかりとしたフレーバーが感じられます。今回、焼鳥も浮かびましたが、季節的にもお鮨を。とくにマグロが合うのでは、と思いました。マグロなどの赤身の魚は鉄分が多く含まれるため、白ワインはむずかしい組合せです。

このワインの品種は、4人の生産者が造るマスカット・ベーリーA(MBA)90%とカルベネ・ソーヴィニヨン(CS)10%。MBAは醤油とも相性がよいといわれますが、実際にマグロは握りも刺身も調和しました。また、こちらの鮨店のシャリには甘やかさがあるため、シャリにもよく合いました。あまり塩味が強いシャリにはワインはむずかしいですね。

黒ブドウを白ワインに近い醸造で製法されているという点もマリアージュのポイントになりました。あえてロゼではなく「ブラッシュ」(「頬を赤める」の意味。ほんのり淡いピンク)と名付けていることにも、鷹野さんのこだわりを感じます。この「ブラッシュ」は非常に汎用性が高く、マグロ以外のネタ、最後の玉子(デザート)まで寄り添ってくれました。食事をボトル1本で通せることは大きな魅力ですね。

カウンターでいただくお鮨は、一つ一つの握りとワインが向き合えるので、ビジュアルも含めてワインペアリングの研究に適しています。握りたての一貫とワインに集中することで、五感が研ぎ澄まされることも。ステラマリーでも時代を経てリクエストの多いワイン会です。



セブンシダーズワイナリー(7c)
https://www.7cwinery.com/

7c store&lounge
https://www.7cwinery.com/store

7c villa&winery
https://www.7cvilla.com/sp/

写真&構成:相田 冬二

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