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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2019.09.17
column

ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.22「10年目を迎えた南アフリカ発のコンセプトワイン『G.』」

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「4Gワイン・エステート」は、マネージング・コンサルタントとして、世界各地で仕事をしていた、ドイツ出身のフィリップ・G・アクスト、ワインメーカーのジョルジョ・ダラ=チアら4名が、2009年2月2日、南アフリカに創業したワイナリーだ。

フィリップ・G・アクスト。


創業者の一人であるジョルジョ・ダラ=チアは、
2003年までステレンボッシュのミヤルストでワインメーカーを務め
「ルビコン」を醸造していた。


この創業日には意味がある。ケープ植民地を建設したオランダ人、ヤン・ファン・リーベックが、現地で栽培されたブドウを、初めてワイン造りのために圧搾したのが、350年前の1659年2月2日だったからだ。

CEOのフィリップ・G・アクストは、南アフリカ最高のワインを造りたいという夢を抱き、実現に向かって着々と行動を起こした。彼の考えの根底にあったのは、旧世界の偉大なワインと肩を並べることのできる、南アフリカ産のワインを生み出すことだった。そのため、シラー、カベルネ・ソーヴィニヨンを主体とし、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルド、メルロなどをブレンドするというスタイルを考えた。

スタート時点でのプロジェクト費は、彼自身と家族、友人たちの出資で賄ったが、現在は60名以上の株主がいる。全員がワイン愛好家で、ワイン業界の出身者はひとりもいないという。

アクストは、テストヴィンテージである2009年産ができあがった時点で、ボルドー大学のドゥニ・デュブルデュー教授(1949-2016)にコンサルタントを依頼した。教授は 11年から16年まで、同じくボルドーを拠点とするヴァレリー・ラヴィーニュとふたりで、4Gワイン・エステートのコンサルタントを務めた。デュブルデュー教授亡きあとは、ラヴィーニュがコンサルタントとワインメーカーを務めている。

ありし日のドゥニ・デュブルデュー教授。


4Gワイン・エステートの公式のファーストヴィンテージは10年、生産量3410本でのスタートだった。品質に自信があったアクストらは、世界各地のハイエンドのレストランやホテル、ワインの専門家らにコンタクトを取り、少しずつワインを広めていった。

テストヴィンテージの「G.」2009年。

「G.」ファーストヴィンテージの2010年。


湾岸のサマーセット・ウエストと内陸のステレンボッシュの間に位置するという、4Gワイン・エステートの所在地は公にされていない。ワイン造りに専心するため、ワインツーリズムとは距離を置いているのである。ブドウ畑は、醸造所の半径150km以内に分散しており、全部で20区画ある。個々の畑は、トポグラフィー(地形)や標高、畑の方角、ミクロクリマがそれぞれ異なり、土壌はスレート、花崗岩、粘土、コーヒーロック、砂など多彩だ。ブドウの樹齢は10年から30年程度だという。「この土壌にはこの品種、といった1:1の関連付けはしていないのです」とアクストは言う。既成観念にとらわれるよりも、多様性を活かしていくワイン造りのスタイルは「マルチ・テロワール」と言われる。加えて、4Gワイン・エステートでは、各ヴィンテージのよさが最大限に発揮できるようにブレンドを行なうため、毎年その比率は異なる。

各々の畑では、1房、1粒のブドウに至るまで目を光らせる。関係者によると、畑のブドウは「日本の庭園のように」完璧に手入れされている、などと言われる。収穫時は、食用ブドウを収穫するかのように、かすかな傷もつけないよう、手作業でそっと摘む。圧搾に至るまでの選別には、何回にもわたり厳しい目が光る。

完璧に手入れをされたブドウ畑。


丁寧な手摘みによる収穫作業。


選果台においても、一粒にいたるまで厳しい目が光る。


醸造においても独自のこだわりがある。ワインは、ボルドー地方とコニャック地方から選り抜いた7社、あるいはそれ以上の生産者によるフレンチオークの木樽で熟成させている。発酵にはステンレススチールのタンクとオークの発酵槽を併用、小樽での熟成はおよそ18カ月に及ぶ。出来上がるワインは「G.」と称される。セカンドワインである「THE ECHO OF G.」も、 栽培条件、醸造方法は「G.」とまったく同じで、品質は限りなく「G.」に近い。

エチケットはベルリン在住のアーティスト、セバスチャン・ブリンデのデザインによるもの。ケープタウン地域の動植物が、古典的ながらも新しさのあるスタイルで描かれており、ヴィンテージごとに細部の描写が異なる。イラストレーションには不可視印刷が施されており、紫外線を照射すると作品が完結し、ヴィンテージ情報なども見える仕掛けとなっている。ワインとエチケットだけでなく、ボトルやカプセル、コルクなどにもこだわった「G.」は、アクストの美的感性を表現する「総合芸術」とでも言うべき逸品だ。

今年リリースされたのは、15年ヴィンテージの「G.」。セカンドワインは、13年産「THE ECHO OF G.」が11月から発売開始となる。ワインの発売時期は、それぞれのヴィンテージのポテンシャルを考慮して決められるため、続くヴィンテージの販売時期は未定だ。

15年ヴィンテージの「G.」は5区画からで、シラー、プティ・ヴェルド、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランのブレンド。6種類の樽を使い、オーク樽に18カ月寝かせたもので、熟成のポテンシャルは2050年ごろまで。生産本数は4538本だと言う。

「G.」には、11年ヴィンテージからメッセージを込めたもうひとつの名称がつけられている。15年ヴィンテージは「G. VENETIA‘S HEART」と言い、85年前の1930年に発見された惑星と、この惑星を「Pluto」(冥界を司る神)と名付けることを提案した、当時11歳だった少女、ヴェネチア・キャサリン・ダグラス・フェアに捧げられている。

筆者は、15年に南アフリカを旅したときに、 12年産の「G. L‘AUBE DE LA VIGNE」と11年産 「THE ECHO OF G.」を味わう機会に恵まれたが、当時の資料によると、12年の「G.」は、ドゥニ・デュブルデュー教授がプロジェクトに加わってから初めてのヴィンテージで、収穫は7区画から。シラー、カベルネ・ソーヴィニヨン、プティ・ヴェルドの3品種のブレンド。生産本数は3745本。このワインはエミレーツ航空のファーストクラスで採用された。11年の「THE ECHO OF G.」は12区画のブドウを使用。カベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、カベルネ・フランのブレンドで、生産本数は4980本だった。「L‘AUBE DE LA VIGNE」という名称は「ブドウ畑の夜明け」を意味し、当時デュブルデュー教授が参画したことで4Gワイン・エステートに新時代が始まったことを表現したものだ。

(photo:Junko Iwamoto)

当時味わった「G.」と「THE ECHO OF G.」はいずれも濃い色合いの凝縮度の高いワインだった。ともにアルコール度数が15%だったが、まったくそのことを感じさせないエレガントさを持ち合わせていたことをよく覚えている。立ち上るアロマも多彩で、しっかりとした果実味と爽やかなハーブやスパイスの風味が印象に残った。「G.」 と「THE ECHO OF G.」のクオリティには、確かに大きな隔たりはなく、その違いは微かな風味の違いとして現れていた。

「G.」のワイン造りには、もちろんボルドーの影響が認められるが、南アフリカでよい成果を上げているローヌ品種、シラーがボルドー品種とひとつになることで、南アフリカならではの個性的なワインが誕生する。毎年、まっさらなところから始められる「G.」のアッサンブラージュは、気候の変動も含め、南アフリカのワイン造りの歴史を刻んで行くことになるだろう。

ワイナリーサイト:https://4g-wines.com

Text:Junko Iwamoto
Photo:©4g-wines