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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2018.08.08
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ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.11 「シチリアの太陽と森と海風のワイン Mandrarossa」

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イタリア半島の西南に位置するシチリア島は、地中海最大の島。ワイン用ブドウの栽培面積は約11万3000ヘクタールでイタリア最大である。ドイツのすべてのブドウ畑がすっぽり入るほど大きい。

パレルモから南へ100キロ、シチリア島南西部、アグリジェント県のメンフィ(Menfi)は人口1万3000人の小さな自治体。ここにシチリア島最大のワイナリー、カンティーネ・セッテソリ(Settesori/7つの土壌)協同組合がある。約2000の会員農家の畑の総計は約6000ヘクタールに及ぶ。

カンティーネ・セッテソリは創業1958年。大手ワイン工場にブドウを供給していた複数の農家が、独立して興した組合だ。99年からは極めて高品質なワインの生産にも取り組み始め、「マンドラロッサ(Mandrarossa)」というブランド名で展開している。コンサルタントは『Decanter』誌(2015)でワインコンサルタントTOP5に選ばれた、トスカーナ出身のアルベルト・アントニーニとチリ出身のテロワール・スペシャリスト、ペドロ・パラ。現在、ワインの評価は急速に高まっている。

「マンドラロッサ」のブドウ畑は約500ヘクタール。会員畑のうち、もっとも優れた区画を選り抜いた。石灰岩、粘土、ローム、砂など5つの異なる土壌の特性を生かしたワイン造りだ。約100の農家がブドウを厳選し、手摘み収穫している。リリースされているワインは、現在17種類ある。

5月中旬、ドイツ語圏のWSETディプロマホルダーの研修旅行で同組合を訪れた。訪問前夜に海辺のレストランでカンティーネ・セッテソリのスタッフとの会食があり、シチリアの魚介料理を楽しみながら「マンドラロッサ」のワインをいくつかテイスティングした。

最初に味わったのは、シチリアでおもに栽培されている白品種グリッロ100パーセントの「Costadune 2017」とソーヴィニヨン・ブラン100パーセントの「Urra di Mare 2017」。いずれも爽やかな印象のワインで、ソルティな後味が魅力。ソーヴィニヨン・ブランは絶妙の成熟度で収穫され、青さを感じさせるピラジンは極めて少ない。新鮮な生の小海老、マグロのカルパッチョ、魚のすり身の素揚げ、タコのトマト煮、イカのフリット、ウニのパスタなどの魚介料理に合わせると、お互いを引き立てあっておいしい。

メインディッシュのマグロのグリルにはプティ・ヴェルド100パーセントの凝縮した赤、「Timperosse 2016」(バリック3カ月熟成)とメルロ60パーセント、アリカンテ・ブーシェ40パーセントの「Cavadiserpe 2016」(バリック6カ月熟成)が供され、充実した味覚のハーモニーを楽しんだ。思いのほかフレッシュで均整なプティ・ヴェルドが印象的だった。

「マンドラロッサ」では、シチリアの固有品種と国際品種の双方を栽培しており、約40パーセントを国際品種が占めている。イタリアの生産者は、柔軟に国際品種を取り入れるところが多い。世界的に知られる国際品種からハイレベルのワインを生み出すことができれば、シチリアのテロワールのポテンシャル、さらには固有品種を広く知らしめることができる。それを最初に証明したのはスーパー・タスカンだった。

固有品種は多彩で、白のグリッロ(Grillo)、グレカニコ・ドラート(Grecanico Dorato)、ズィビッボ・セッコ(Zibibbo Secco)、フィアーノ(Fiano)、赤のネロ・ダヴォラ(Nero d‘Avola)、ペリコネ(Pericone)、フラッパート(Frappato)が栽培されている。 樹齢は国際品種も、固有品種も古いもので25年だ。グリッロはカタラット、インツォリアなどと同様、酒精強化ワインであるマルサラ酒に使われる品種だ。マルサラは、かつてシェリー、ポルト、マデイラと並んで人気を博し、世界各地に輸出されていたが、近年はこれらの品種からは辛口の白ワインを生産するところが増えている。

「マッガジアロ」の森から眺め。手前の畑はフィノッキオ・ソプラーノ。©mandrarossa

翌日、まず案内されたのは、メンフィでもっとも標高が高い所にある「マッガジアロ(Maggagiaro)」の森だった。 標高440メートルほどのところにある、70年代に形づくられた人工の森だ。現在では自然保護地域に指定されており、森の南側に抜けると海が見え、眼下にブドウ畑が広がる。この森は、多種多様な植物や昆虫の宝庫。周囲のブドウ畑、オリーブ畑、小麦畑、アーティチョークなどの野菜畑は、森が育む自然の恩恵を受けることができる。トスカーナ地方などの例から、シチリアの人々は、ブドウ畑に対する森の重要性に気がついているのだ。

海を望む畑、ベリーチェ・ディ・マーレ。©mandrarossa

カンティーネ・セッテソリは、森が育む自然の力を生かしつつ、先端技術も取り入れている。14年に「インテリジェントなブドウ畑」を実現するウェブ・マネージメントシステム、エノジス(EnoGIS)を導入した。畑はデジタルマッピングされ、栽培者、土壌のタイプ、栽培品種などの基本データがインプットされている。加えて、気象観測所から得るデータ、毎年の農学的、醸造学的データ、ブドウのサンプリングデータ、ラボの分析結果も蓄積しているため、畑からボトリングまでの生産の全段階を、キメ細かく管理でき、品質の向上に役立てることができる。個々のワインのポテンシャルや経済的展望を予測することも可能だ。 必要な情報には、スマートフォンやタブレットで容易にアクセスできる。

栽培スタッフは、エノジスを通じて、毎日のように会員であるブドウ栽培家たちをサポートしている。エノジスを利用すると、収穫のタイミングなどの予測も立てることができる。たとえば、ワンクリックで「Cartagho」のネロ・ダヴォラ栽培者全員に一斉連絡し、収穫に取り掛かることができる。

醸造所では、昨夜とは異なるワインを試飲した。シャルドネ「Laguna Secca 2017」はトロピカルフルーツのほのかな風味が魅惑的。シラー「Desertico 2017」は硬質でミネラリティ豊かな味わい。ネロ・ダヴォラ「Costadune 2017」は熟したブラックチェリーの風味で、やわらかなテクスチャーをもつしっとりした味わいの赤だ。同時期に収穫するネロ・ダヴォラとカベルネ・フランのブレンド「Bonera 2016」(バリック8カ月熟成)は、フレッシュさが加味され、垂直的な印象。いずれのワインにも畑の名前が付けられている。

マンドラロッサのアイコン・ワイン「Cartagho(カルタゴ)」©mandrarossa



「Cartagho」のマグナムボトル。バリロットと呼ばれるマンドラロッサが考案した丸みを帯びたマグナムボトルだ。©mandrarossa

「マンドラロッサ」のアイコン的ワイン、ネロ・ダヴォラ「Cartagho 2014」(バリック1年熟成)は、04年が初ヴィンテージ。海の風をたっぷり受ける選り抜きの3区画(各々約1.3ヘクタール)の樹齢25年のネロ・ダヴォラから造られたものだ。土壌は石灰質で砂が混じる。花の香り、赤い果実、カカオ、スパイスなどの風味が重なり合う上質なワインだ。ネロ・ダヴォラはカルタゴ領だったシチリア西部域のアイデンティティである赤品種。同じシチリア島でもエトナ地域では栽培されていない。

「マンドラロッサ・ワインヤード・ツアー」はマンドラロッサを身近に感じるための絶好の機会。©mandrarossa



「マンドラロッサ・ワインヤード・ツアー」で畑を散策する人々。体験収穫もできる。©mandrarossa

マンドラロッサは12年から毎年、造り手と顧客をつなぐイべント「マンドラロッサ・ワインヤード・ツアー」を実施している。メンフィのブドウ畑と海を舞台に、収穫体験に始まり、ワインテイスティング、シチリアのチーズ、パン、パスタ料理の試食会など、盛りだくさんの企画だ。サイクリング、ボート、乗馬で大自然を体感することもできる。夜にはライブ音楽の演奏も。家族揃って楽しめるこの催しには、毎年約3500人の人々が訪れる。今年は9月1日と2日に実施される。

<参考URL>
マンドラロッサ:http://mandrarossa.it
ワインヤード・ツアー:https://vineyardtour.it

Text:Junko Iwamoto