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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2018.12.03
column

ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.13 「持続可能なワイン造りを目指すプロジェクト ノヴィシス(Novisys)」

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先日、ビオワインの生産者団体エコヴィン(ecovin)のミーティングに参加したとき、「ノヴィシス(Novel viticulture Systems for Sustainable Production and Products)」というプロジェクトについて知った。

「ノヴィシス」はドイツで立ち上げられた、持続可能なワイン造りを目指すプロジェクトのひとつだ。具体的には、ピーヴィ(Piwi)種といわれる、複数のカビ菌に耐性をもつブドウ品種を垣根栽培し、ミニマルシュニット(最低限の剪定)を実践する。ピーヴィはドイツ語でカビ菌耐性(ピルツヴィーダーシュタンズフェーイッヒ)の略称、シュニットは剪定のことだ。

「ノヴィシス」は「未来のブドウ栽培」というキャッチフレーズで、この方法を普及させようとしている。プロジェクトにはユリウス・キューン研究所、ハイルブロン大学、ガイゼンハイム大学、ボン大学をはじめとする多くの研究機関や大学が参画している。

ピーヴィ種とは、オイディウムやペロノスポラ、ボトリティスなど、ブドウの大敵である複数のカビ菌に耐性がある交配品種だ。カビ菌に耐性のある米国品種やアジア品種とヨーロッパ品種の交配によって生まれる。

現在、ドイツでもっとも多く栽培されているピーヴィ種は、ユリウス・キューン研究所で誕生した赤品種レゲントで、ディアナ(ジルヴァーナー×ミュラー=トゥルガウ)とシャンボーソンを交配したもの。シャンボーソンはフランスの生化学者ジョアンヌ・セイヴ(Joannes Seyve)によるハイブリッド種同士の掛け合わせだ。

VDPのゲオルグ・モスバッハー醸造所はカベルネ・ブランをリリース。

ユリウス・キューン研究所では、このほか、白のカラルディス・ブランやカラルディス・ムスクなどが誕生している。「ノヴィシス」には参画していないが、フライブルク・ワイン研究所からは、白のヨハニーター、ブロナー、ソヴィニエ・グリ、ムスカリス、赤のモナルヒなどが生まれている。スイスの育種家ヴァレンティン・ブラットナーが交配した白のカベルネ・ブラン、赤のピノティン、カベルティン、ラウロなども、すでにドイツで栽培されている。

ピーヴィ種は、農薬(殺菌剤)投与がごく少量で済むため、おもにビオワインの生産者が栽培している。完全無農薬栽培は困難だが、条件がよい年であれば、いずれかのカビ菌に対する農薬がゼロで済む場合もある。通常、農薬散布量を8割程度減らすことが可能だ。

ピーヴィ種を導入することで、農薬散布量が格段に減ると、畑にトラクターを入れる回数が減り、CO2排出量も減る。土壌も生きかえり、農薬を散布する人の健康も守れるほか、農薬も労力も少なくて済むため、大幅なコスト削減にもなる。

ユリウス・キューン研究所の試験栽培場、ミニマルシュニットで栽培中のブドウ。

ミニマルシュニットは最低限の剪定のみを行なう栽培法だ。具体的には、冬季の剪定を一切行なわず、開花後に、フェンスを越えて伸びた蔓や枝をカットする際に、前年あるいはそれ以前の枝の上部を一緒に剪定する。1haにつき、年間90時間の労働力削減が可能となるという。

この方法は、1970年代前半に労働力が不足していたオーストラリアで実践され始め、現在も行なわれているという。人件費を大幅に削減できるため、おもに安価なワインの生産方法として導入されている。

ミニマルシュニットはフェンスがないと実践できない。ブドウが伸びるに任せるため、最初のうちは垣根の下の部分に空間ができ、上部に葉やブドウが集中して繁るようになる。伸びた枝をフェンスにしっかり挟み込むことが大切だ。

実践していくとブドウ自体に変化が起こるという。木が丈夫になり、霜に強くなる。最初の数年は収量が増えるが、やがて減少し、粒が小さめになっていく。樹勢が抑制され、ブドウがゆっくり熟すようになる。剪定をしないので、エスカのリスクも低くなる。

ミニマルシュニットは品種により向き不向きがあるそうだ。通常品種で実践すると、葉が繁りすぎるので農薬が均等に散布できないなどの問題が起こる。農薬がほとんど必要ないピーヴィ種はミニマルシュニットに最適なのだ。

プロジェクトの効果が目に見えるようであれば、労働力が足りない急斜面の畑の維持なども検討できるだろう。

ハイルブロン大学学術研究員のルーカス・ネッセルハウフ氏。

ピーヴィ種は知名度がないという問題を抱えている。しかし、ノヴィシスのプロジェクトを担当する、ハイルブロン大学学術研究員のルーカス・ネッセルハウフさんは、ポテンシャルは充分あると考えている。ワインの消費者1500人を対象とするオンライン調査によると、減農薬、CO2排出量削減、持続可能性、ビオを購入の動機としている顧客層が、すでに全体の1/3を占めているからだ。

ワイン通やワイン愛好家ほど伝統品種にこだわる傾向があるが、若い世代は美味しければ品種にはさほどこだわらず、環境問題への関心も高い。彼らにうまくアピールできれば、ピーヴィ種にはチャンスがあるというのだ。ネーミングも大事だ。たとえばカベルネ・ブランやソーヴィニヨン・グリは、クオリティが高いだけでなく、伝統品種を連想させる品種名が消費者に受け入れられやすく、現在、増加傾向にある。ドイツの一流醸造所で構成されるVDP(ドイツ・プレディカーツワイン生産者協会)のメンバーの中にも、ピーヴィ種をリリースしはじめたところがある。

Text & Photo:Junko Iwamoto