鮮やかなブルーに黄色の十字、一瞬スウェーデンの国旗かなと思わせる、インパクトの強いエチケットのワインを初めて目にしたのは、確か6年前のデュッセルドルフの国際ワイン見本市「ProWein」の会場だった。

ボトルの中身は、モーゼル地方の荒れるに任されていた急斜面のブドウ畑を蘇らせて造られたリースリング。造り手は「デア・クリッツェクライネ・リング（Der Klitzekleine Ring）」（「ごく小さなサークル」の意）というグループ。トラーベン・トラーバッハとその近郊を拠点とする10醸造所がメンバーだ。

このグループは、モーゼル特有のワイン文化の継承を目標とし、機械化が困難で重労働を強いるため、後継者が見つからず、放置されている急斜面のブドウ畑を賃借し、その畑のワインを醸造、販売することで、畑を「救助」し続けている。

最初に取りかかったのは、エンキルヒのエラーグルーブ（Enkircher Ellergrub）という畑だった。約0.7ヘクタールの畑仕事はメンバー全員で手分けして行ない、ヴィンテージごとに持ち回りでワインを醸造し始めた。

モーゼルのブドウ畑。奥に見えるのはクレーヴ。

ユニークなコラボレーション・リースリングのブランド名は「ベルクレットゥング（Bergrettung）」、「ブドウ山の救助」という意味だ。初ヴィンテージは2006年。08年まで3ヴィンテージを世に送り出したところで、畑の引き受け手が見つかった。この救助畑第1号は、09年からトラーベン・トラーバッハのカスパリ醸造所のオーナー、アリ・エッガルトが引き継ぎ、現在は同醸造所のリースリング「エンキルヒャー・エラーグルーブ／アルテ・レーベン（古木）」として生産されている。

同団体は同年、第2号の畑の救助に取り組み始めた。今度はトラーベンの畑ツォルトゥルム（Trabener Zollturm）のうちの0.3ヘクタールの区画だ。古木の畑は平行仕立てだったため、徐々に伝統的なモーゼル式の棒仕立てに直していくことから始めた。毎冬の剪定方法を工夫し、徐々にモーゼル式に仕立ていく作業は2年から3年かかる。この畑からは、15年までに「ベルクレットゥング」を7ヴィンテージ生産したところで、エンキルヒのイミッヒ・バッテリーベルク醸造所が畑を引き継ぐことになった。現在「トラーベナー・ツォルトゥルム」の名称で救助された畑のワインをリリースしている。

さらに、16年からはクレーヴのシュテフェンスベルク（Kröver Steffensberg）、18年からはライルのムーライ＝ホーフベルク（Reiler Mullay-Hofberg）のそれぞれ１区画で救助活動に取り組んでいる。 このほか、17年にはトラーバッハのシュロスベルク（Trarbacher Schloßberg）の１区画を1年間限定でサポートしていた。彼らの活動は、着実に実績を上げている。

代表のヤン＝マティアス・クラインさんの話では、活動はいまだ純粋なボランティアで、ビジネスモデルとしては成立していないという。助成金の類も得ていないそうだ。それでも、彼らの活動が13年間にわたって続いていることに、モーゼル地方の遺産であるブドウ畑の景観が失われていくことに対する、彼らの危機意識の強さを感じる。

クラインさんの話では、今後はメンバーがそれぞれの醸造所で個別に「救助」した区画のワインも「ベルクレットゥング」ブランドでリリースする予定だそうだ。このほか、ハンブルク、ベルリン、ケルンなどの大都市でのプレゼンテーション活動にも着手したいとのことだった。

「Der klitzekleine Ring」のメンバー。上から2列目中央がクライン氏。

メンバー醸造所は以下の通り。
Kirchengut Wolf
Weingut Johann Lenz
Melsheimer
Weingut Moog
Martin Müllen
Weingut O.
Staffelter Hof
Daniel Vollenweider
Weiser-Künstler
Villa Huesgen

現在、在庫があるのは、16年産「Bergrettung」辛口（17,50€）と13年産「Bergrettung」アウスレーゼ（25€）の2種類。

Text：Junko Iwamoto
Photo：©Der Klitzekleine Ring