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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2019.05.27
column

ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.17「しなやかで優美。ドルリ・ムアのブラウフレンキッシュ」

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2月末、ハンブルクのレストラン「ニール」で開催された、ムア・ファン・デア・ニーポート醸造所のテイスティングに出向いた。醸造所を率いるドルリ・ムアと会うのは2度目だった。3年ほど前に、彼女のブラウフレンキッシュを初めて味わったとき、香りからも味わいからも、ブラウフレンキッシュというイメージは浮かばず、ブルゴーニュのピノ・ノワールを連想した。以来、彼女のワインのことが気になっていたのだが、今回やっと、まとまったコレクションを味わい、それぞれのワインに筋の通った強い意志を感じた。

ムア・ファン・デア・ニーポート醸造所は、オーストリアのカルヌントゥム地方にある。ウイーンから東へ約40km、ドナウ川沿いのワイン産地で、総面積は900haほど。カルパチア山脈とアルプス山脈に挟まれたパンノニア平原(カルパチア盆地ともいう)の北西端に当たり、さらに東へ10kmほど進むとスロヴァキア国境だ。 大陸性気候で雨が少なく(年間降水量は400mm程度)、よく乾燥しているという。紀元6年から433年までローマ人の拠点があり、都市の一部が復元されている。ワイン造りの技術はローマ人がもたらしたといわれている。

ドルリのワインはいずれも、プラレンキルヒェンにあるシュピッツァーベルクのブドウから造られる。シュピッツァーベルクの畑面積は100ha。一帯は標高は180~280mの傾斜地。土壌は石灰岩、苦灰岩土壌(ドロマイト)で構成される。カルヌントゥムは現在、DAC呼称が検討されており、2019年内に認可される予定だ。

カルヌントゥム地域内の畑の格付けも準備中で、シングルワインヤード、リード・シュピッツァーベルクはエアステ・ラーゲに指定される予定だ。エティケットに畑名を表示する場合は、リード(畑)という単語を加え、リード・シュピッツァーベルクと表記するようになった。

ドルリは、ブドウを栽培していた祖母らの影響で、10代の頃からワインに興味をもつようになったが、職業に選んだのは翻訳業。その後、旅先のフランスでワインの奥深さに開眼、以来、おもにワイン関連の翻訳に従事するようになった。その流れで1991年にワインと食とツーリズムに特化したマーケティング会社「Wine&Partners」をウィーンで創業、オーナー兼社長として、オーストリア、ドイツをはじめ、世界各地の醸造所の広報を担当している。

02年、彼女はポルトの名門醸造所ニーポートのオーナー醸造家、ディルク・ニーポートと共同で、カルヌントゥムに小さな醸造所を立ち上げた。設立に至るまでに、ポルトガルのほか、イタリアでもワイン造りの経験を積んだが、フレッシュで清々しい味わいのワインを造りたいとの願いから、故郷でもある冷涼なオーストリアを選択。初ヴィンテージは500ℓ、現在では12haを擁する。

主要品種はブラウフレンキッシュ。ブラウアー・ツィマートラウベとヴァイサー・ホイニッシュの自然交配だといわれるこの品種は、ハンガリーではケークフランコシュ、ドイツではレンベルガーと呼ばれている。ルーツは今日のスロヴェニア地域。現在は中央ヨーロッパ各国で栽培されており、収穫時期などの諸条件を加減することで、軽快でフルーティなワインにも、タンニンの豊かな力強いワインにも仕上がる。

ドルリらはカルヌントゥムの畑に適した品種を探るため、ブラウフレンキッシュのほか、メルロ、カベルネフラン、マルベック、テンプラニーリョ、シラーなどを栽培したが、もっとも適応し、優れたワインを生み出したのがブラウフレンキッシュとシラーだった。

カルヌントゥムには修道院によるワイン造りの痕跡がなく、銘醸畑がないため、どの畑に可能性があるのかは、造り手たちが自ら探っていかなければならない。ドルリたちのチームは、当初から区画ごとに少量ずつ醸造し、ブライングテイスティングを繰り返し、畑ごと、区画ごとの性質や出来上がるワインの味わいについての知識を蓄積した。味わいには、樹齢もある程度関係する。シュピッツァーベルクの樹齢65年のブドウからは、やはり素晴らしい味わいのワインが生まれるという。

醸造方法も入念に考慮。収穫のタイミングには細心の注意を払い、過熟した粒は徹底して取り除き、フレッシュな風味を生かしている。抽出は極めてソフトに行ない、足で潰すこともある。樽熟成は2年。当初はフレンチオークのバリックをいろいろと試したが、現在は大型の古樽を使用している。「ブラウフレンキッシュは木樽を必要とするが、オークのアロマは必要ない」と彼女は言う。ドルリには出来上がりのワインのイメージがはっきりと見えており、それを実現するための最善の醸造法が選択される。

畑の仕事を担当しているのは、ハンス・プロイヤーとユリアンナ・カイザー。畑は15年にビオに移行した。14年からワイン造りに従事しているのは、ルーカス・ブランドシュタッター。ディルク・ニーポートはコンサルタントとして醸造所の仕事をサポートしている。

ドルリ・スタイルのワインは、いずれもクールでフレッシュな風味が生かされている。複数の畑のブレンドであるSamt&Seide(ベルベットと絹)は、爽やかでシャープさのあるワイン。Liebkind(愛する子)はリード・コーベルンというシングルヴィンヤードのワインで、スパイシーさと果実味をより強く感じる。樹齢45~65年の古木のブドウだけを使用したRied Spitzerbergは、引き締まったストラクチャーをもち、ミネラリティを感じる、精緻で繊細なワイン。サウダージ(ポルトガル語で郷愁の意)は、メルロ主体のポートワイン・スタイルの甘口ワイン(残糖値80g/ℓ)。ムア=ファン・デア・ニーポート醸造所が、オーストリアとポルトガルの共同プロジェクトであることの刻印だ。

なお、ドルリ・ムアは、7月1日に東京で開催される「オーストリアン・テイスティング・東京」に合わせ、来日予定だ。テイスティング・イべントの詳細はこちらからチェック!

<試飲ワイン>
Rosé 2018
Cuvée von Burg (Blaufränkisch, Syrah) 2015
Rote Erde (Merlot) 2016
Sydhang (Syrah) 2016
Samt&Seide, Prellenkirchen (Blaufränkisch) 2014/2015/2016
Liebkind, Ried Kobeln (Blaufränkisch) 2014/2015/2016
Spitzerberg (Blaufränkisch) 2014
Ried Spitzerberg (Blaufränkisch) 2015/2016
Prellenkirchen (Grüner Veltriner, Riesling) 2014/2015/2016
Saudade (Merlot & co.) 2012

ムア・ファン・デア・ニーポート醸造所
https://www.wine-partners.at/en/kunden/muhr-van-der-niepoort/

Text:Junko Iwamoto
Photo:Muhr-van der Niepoort、Michael Holz、Herbert Lehmann