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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2019.06.25
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ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.19「ロワールの現在をたずねる旅 Val de Loire Millésime」

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4月23日(火)から27日(土)まで、ロワール河口の都市、ナントに滞在し、インター・ロワール(Interprofession des Vins du Val de Loire)主催のプレス向けイベント「ヴァル・ド・ロワール・ミレジム(Val de Loire Millésime)」に参加した。世界各地のジャーナリストら70人が集まった。

ロワール地方のブドウ畑の総面積は約57200ha、フランスではボルドー、ローヌに次いで3番目に大きな生産地域だ。ナント地域、アンジュー・ソーミュール地域、トゥーレーヌ地域、そして中部地域の4ゾーンに分けられ、インター・ロワールの守備範囲は前者3地域、総面積50200haにおよぶ。

ロワール地方のワインは、品種もスタイルも地域色が濃厚で多岐に富む 。今回は、ナント地域のミュスカデ、アンジュー・ソーミュール地域のサヴニエールとソーミュール・シャンピニー、品種ではシュナン・ブランとコー(マルベック)にスポットが当てられた。会期中には「ロワール地域概説」「シュナン・ブラン」「コー」をテーマとする3つのマスタークラスが行なわれたほか、2018年ヴィンテージを主体とする「ロワール・ワイン・コンペティション」入賞ワイン約300アイテムをはじめ、各地域を代表するワインが連日テイスティングに供された。

ミュスカデはクリュ・コミューンの時代

オイスター・ファームで行なわれた、ミュスカデ、クリュ・コミューンのテイスティング。右はリューボー家6代目のヴァンサン・リューボー氏。

ナント地域の栽培面積は12500ha。北西フランスを構成するアルモリカ山塊由来の、おもに変成岩と火成岩から成る土壌が特徴だ。同地域を代表するワインがミュスカデ。1937年にAOP(旧AOC、以下同)に指定され、セーヴル・エ・メーヌ、コート・ド・グランリュー、コトー・ド・ラ・ロワールの3つのアペラシオンがある。ミュスカデ用の品種、ムロン・ド・ブルゴーニュの栽培面積はロワール地域の白品種のなかでもっとも多く、30%を占める。

シュール・リーと表記されたものは、最短でも収穫の翌年の2月末まで酵母の澱と接触させ、3月1日以降から年末にかけてボトリングされる。シュール・リー製法は、今日、世界各地で実践されているが、エチケットにフランス語表記が認められているのはミュスカデだけだ。インター・ロワールのジェネラル・ディレクター、シルヴァン・ノーラン(Silvain Naulin)氏によると、これはEU規定で、たとえばドイツでシュール・リーを表示したい場合は、用語をドイツ語訳する必要がある。日本はEU圏外なのでフランス語表記も可能だそうだ。

ミュスカデでもテロワールの個性が注目され始めており、セーヴル・エ・メーヌには、クリソン、ゴージュ、ヴァレなど、10のクリュ・コミューンが誕生している。クリュ・コミューン産は低収量で、最低18カ月または24カ月、長い場合は5年近くシュール・リーが行なわれ、味わいも豊かだ。エチケットも、セーヴル・エ・メーヌの表記は控えめで、クリュ・コミューンの名称がアイキャッチャーとなっている。

ドメーヌ・ルノー・パパンのピエール・マリー・ルノー氏のセーヴル・エ・メーヌはプロット別の醸造。


ドメーヌ・ランドロンのミュスカデは、ハンブルクのブルターニュ・レストランの定番ワイン。

2日目の夜は、ロワール河口のラ・プレーヌ・シュール・メールにある「Anne de Bretagne」のシェフ、マシュー・ギベール(ミシュラン二つ星)のシーフード・メニューに合わせて、1976年、89年、05年、09年のセーヴル・エ・メーヌが供された。この日初めてミュスカデのオールド・ヴィンテージを味わったが、シュール・リー製法が、かくも長期にわたり、ワインをみずみずしく保つことを再確認した。

オールドヴィンテージのミュスカデ。05年産(左から2本目)を供したリューボー家では、70年代から毎年100本程度を保管してイベントなどに提供できるようにしている。

最終日には、ラ・ラグリピエール=フランスにある、シャトー・ド・ラ・ラゴティエール(Château de la Ragotière)を訪問した。ベーシックなセーヴル・エ・メーヌは収量45hℓ/ha、シュール・リー14カ月。クリュ・コミューンのヴァレは、収量30hℓ/ha、シュール・リーは30カ月以上にもおよぶ。いずれも樹齢は50年。現オーナーはクイヨー家の7代目、ヴァンサン&アメリー・デュゲ=クイヨー(Vincent&Amélie Dugué-Couillaud)夫妻だ。

シャトー・ド・ラ・ラゴティエールのセラー。

アメリー氏の話によると、ミュスカデ地域は50年前まで、全域でおもにハイブリッド種が栽培されていたそうで、ムロン・ド・ブルゴーニュの品質が向上したのは1980年代以降だという。今後はクリュ・コミューン「ヴァレ」を世界的にアピールしていきたいとのことだった。

醸造所に出向いてひとつ発見があった。ミュスカデ地域では、タンクが地中にすっかり埋め込まれている醸造所が多いという。シャトー・ド・ラ・ラゴティエールでもタンクは地中に備えられていた。

シャトー・ド・ラ・ラゴティエールの地中タンク。



アンジュー・ソーミュールの少数派 シュナン・ブラン

アンジュー・ソーミュール地域を代表するのが、ロゼ・ダンジュー、カベルネ・ダンジューなどのロゼワイン。生産量は全体の50%を占める。ソーミュールはクレマンのメトロポールとも言われ、生産量は全体の19%におよぶ。カベルネ・フラン主体の赤ワインは20%、シュナン・ブラン主体の白ワインは11%だ。

ヴーヴレーのシュナン・ブランで印象的だったヴァンサン・カレメ氏の「Sec 2018」。

少数派ではあるが、シュナン・ブランはドイツのリースリングに似て、軽快なものから重厚なもの、早飲みが可能なものから長熟タイプ、さらにスパークリングワインや貴腐ワインも造られる優れものの品種。9世紀頃から栽培されるようになり、15世紀にロワール地域にもたらされた。遺伝的にはサヴァニャンに近いという。栽培面積は南アフリカが最大で18500haに達し、全世界の52%を占める。フランスは2位で9800haだ。

正面の急傾斜の畑が1130年に開墾されたクレ・ド・セラン。

2日目の午後、ヴィノーブレ・ド・ラ・クレ・ド・セラン(Vignobles de la Coulée de Serrant)のオーナーでビオディナミ農法の先駆者、ニコラ・ジョリ(Nicolas Joly)氏の案内で、偉大なシュナン・ブランを生み出すサヴニエールの畑を散策し、12世紀に建てられた旧シトー会修道院で、18生産者のシュナン・ブランを試飲した。サヴニエールのAOP認定は1952年。30年前のブドウ畑は、たった75haだったそうだが、現在は300haを擁し、140haで収穫が可能になっている。

ニコラ・ジョリ氏の案内で畑を歩く。

ビオ、あるいはビオディナミを実践しているのはうち15社。供されたのは、サヴニエール、クレ・ド・セラン、サヴニエール・ロシェ・オー・モワンの3つのAOPのワイン。土壌はシスト(片岩)が主体で、花崗岩、砂岩が混在する所もある。いずれも収量は20〜40hℓ/haと極めて少なく、その多くが10カ月を超えるシュール・リーだ。

ジョリ家の「Coulée de Serrant 2017」はシュール・リー6カ月。深遠で緻密、格調ある味わい。シャトー・ピエール・ビーズ(Château Pierre Bise)の「Roche aux Moines 2016」はシュール・リー18カ月で、凝縮感はクレ・ド・セランに迫る。また、ドメーヌ・ロイク・マエ(Domaine Loic Mahé)の「Equilibre 2015」 はシュール・リー30カ月。上品で密度が高く、ほのかなブリオッシュの風味がともなう親しみやすい味わいだった。

ジョリ家のワインは13年ヴィンテージも振る舞われた。


ドメーヌ・ロイック・マエの「Equilibre」はシュール・リー30カ月。収量は25hℓ/ha。現在ビオディナミに移行中。



ソーミュール・シャンピニー カベルネ・フランの包容力

カベルネ・フラン主体の赤、AOPソーミュール・シャンピニーも今回のテーマのひとつ。AOP認定は1957年。カベルネ・フラン85%以上が条件で、カベルネ・ソーヴィニヨンとピノー・ドニのブレンドが可能だ。ボルドーでは脇役のカベルネ・フランだが、ロワールでは主役である。

ロワール地方にカベルネ・フランがもたらされたのは17世紀だという。ソーミュール・シャンピニーの石灰質土壌で育つカベルネ・フランに、生産者団体は「オープン・マインドなワイン」というキャッチコピーを与えているが、確かに親しみやすく、酸味やタンニンのバランスがよいため、合わせられる料理の幅が広い。

肉にも魚介にもソーミュール・シャンピニーを、とアピールする印象的なポスター。©saumur_champigny

カベルネ・フランはカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロ、カルメネールの親品種であり、ポテンシャルの高いブドウだが、これまで正当に評価されてこなかった。チリのカルメネーレ、アルゼンチンのマルベックがポテンシャルを発揮し始めた頃、気候が適応したブラジルで、醸造家たちがカベルネ・フランに力を入れていた時期もあったが、世界的に注目されることはなかった。しかし、優れた品種ゆえ、その真価は今後必ずや発揮されるはずだ。

2日目の夜は、ナントのレストラン「メゾン・バロン・ルフェヴル」で、郷土料理を味わいながら、20生産者のソーミュール・シャンピニーを味わった。鴨肉のリエットなどの前菜、ヤツメウナギとリークの煮込み、鳩のロースト、地元産チーズというメニュー。ソーミュール・シャンピニーは前菜、海の幸、山の幸、チーズのいずれにも合う。ドメーヌ・デ・クチュール(Domaine des Coutures)の「La Flamboyante 2015」、ドメーヌ・アルノー・ランベール(Domaine Arnaud Lambert)の「Montée des Roches 2015」、ドメーヌ・ラトロン(Domaine Ratron)の「Clos des Cordeliers Cuvée Tradition 2017」をはじめ、好印象のワインがいくつもあった。

トゥーレーヌ 気高いソーヴィニヨン、コーのリバイバル

テイスティングで印象的だったトゥーレーヌのソーヴィニヨン・ブラン。ドメーヌ・ジボール、ドメーヌ・ド・ラ・ルノード、ドメーヌ・ド・ラ・グランジュ、ドメーヌ・ティエリー・ミショー。

2日目のテイスティングで印象的だったのがトゥーレーヌのソーヴィニヨン・ブランだ。トゥーレーヌ産には、他地域では出せない気品がある。土壌は粘土質、石灰質、小石や砂など多彩である。なかでも、AOPトゥーレーヌ・シュノンソーのソーヴィニヨン・ブランが、いずれもみずみずしく、洗練された味わいだった。

オワズリー(Oisly)にあるドメーヌ・デロベル(Domaine Delobel)の「Cuvée Exponentielle 2017」はオークの小樽仕込みだが、樽はスチーム成形で、品種本来のピュアな風味が保たれているのが魅力的。本年度のソーヴィニヨン・ブラン世界コンクールでドゥニ・デュブルデュー・ワイントロフィーを受賞している。

バンジャマン・デロベル氏。奥様のサンドリーヌさんは故デュブルデュー教授の教え子で、受賞はひときわ大きな喜びだったとのこと。

3日目には、ラトビア出身のソムリエ、ライモン・トンプソン氏(17年度ASI欧州・アフリカ最優秀ソムリエ、19年度ASI世界大会第3位)によるコー(マルベック)のマスタークラスが行なわれた。コーは現在、アルゼンチンで40000ha近く栽培されているが、フランスでは約6000ha。そのうち半分以上がカオールで栽培され、ロワールではわずか334ha。おもにトゥーレーヌ地域で栽培されている。

トゥーレーヌ地域の赤の比率は22%。赤品種ではガメイ(21%)がもっとも多く、カベルネ・フラン(10%)とコー(8%)が続くが、AOPトゥーレーヌの赤は、カベルネ・フランとコーで80%(コーは最低50%)で、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワール、ガメイがブレンド可能。AOPトゥーレーヌ・シュノンソーの赤のブレンド比率は、コーが50〜85%、カベルネ・フランが35〜50%となっている。

注目のコー100%のワインから、グザヴィエ・ワイスコップの「Le Rocher des Violettes Côt Vieilles Vignes 2017」とラ・グランジュ・ティフェーヌの「Côt Vieilles Vignes 2016」。

コー100%の赤も生産されており、トンプソン氏は、AOPトゥーレーヌから、グザヴィエ・ワイスコップ(Xavier Weisskopf)の「Le Rocher des Violettes Côt Vieilles Vignes 2017」とドメーヌ・ド・ラ・シャピニエールの「La Chapinière Côt Garnon 2015」を、AOPトゥーレーヌ・アンボワーズからは、グザヴィエ・フリサン(Xavier Frissant)の「La Griffe d’Isa 2016」とラ・グランジュ・ティフェーヌ(La Grande Tiphaine)の「Côt Vieilles Vignes 2016」を紹介。コーは故国フランスで、着々とリバイバルしつつあるのかもしれない。

今回の旅では、ムロン・ド・ブルゴーニュの奥深さと可能性を知り、カベルネ・フランの親しみやすさを再認識し、ニューワールドで成果を上げているシュナン・ブラン、ソーヴィニヨン・ブラン、そしてコーの、ロワールにおける深遠さに改めて気づかせてもらった、有意義なプログラムだった。

Text & Photo:Junko Iwamoto

インター・ロワール(Interprofession des Vins du Val de Loire)
https://www.vinsvaldeloire.fr/en/