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2019.07.06
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【短期連載 第1回】パリに恋して、パリに試される。日本人女性初の仏ミシュラン一つ星に輝いたシェフの軌跡と奇跡。

2019年1月21日に発表された「ミシュランガイド フランス 2019年版」で、日本人女性シェフとしては初の一つ星に輝いたひとがいる。この快挙を成し遂げたのは、パリ12区にある「Virtus」(ヴィルチュス)の神崎千帆シェフだ。 世界グルメ激戦区のパリで、他国の女性シェフがこの栄誉に辿り着くのは並大抵のことではない。彼女の道のりと想いに、コンサルティングやイベント開催などを手がけ、枠にとらわれずにワインの可能性を探るステラマリーの秋山まりえさんが迫った。秋山さんは神崎シェフの修行先「Mirazur」(ミラズール)時代から親交がある間柄。女性同士の語らいだからこそ見えてくるものが、ここにはある。 対談が行なわれたのは2018年11月8日。つまりミシュラン一つ星を獲得する2カ月以上前のこと。デジュネを終え、ひと息ついたところで始まった貴重な対談を、10章形式、全5回の連載でお届けする。

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第1章

お客様からの言葉が
辛いときを乗り越える
モチベーションになる

秋山まりえ(以下M):初めてお逢いしたのは2011年でしたね。

神崎千帆(以下C):とてもよく憶えています。ミラズール(2019年6月25日に発表された「世界のベストレストラン50」で第1位に輝いたマントンのレストラン。フランス料理店がこの栄誉に輝くのは18回めとなる今回が初めて)で働いていたときは年間、ものすごい人数の方がいらっしゃっていたんですけど。まりえさんはすごく印象に残って。

M:え!

C:まりえさんと一緒に写真を撮っていただいて、お話もさせていただいて。日本人のお客様とお話させていただく機会はありますけど、まりえさんはとくに印象に残っています。

M:うれしいです。

C:あの当時、まだ私はスー・シェフでした。(シェフの)マウロ(・コラグレコ)のお料理に感動していただき、すごく喜んでいただいた。そういうことが私にとってはモチベーションになるんです。

M:なるほど。

C:あの後、うちのスタッフみんなに話したんです。「日本人のお客様でこういう方がいらっしゃって、すごく喜んでいただきました」と。ミーティングなどでそういう話をします。そういうことがすごく大事なんです。今日もそうですけど私たちは直接こうやってお客様とお話ができますが、下の子たち(スタッフ)は話す機会があまりありません。「喜んでいただいた」ということを直接言わないと、ただ(作業を)やっているだけになってしまう。やっぱり、若い子たちは経験がないので、どうしても視界が狭まってしまうんです。

レストランではいろいろなことが起こります。そういうときに、お客様から「がんばってね」と言われたりすると……おっしゃったお客様は何も考えてなかったにしても、「これからもがんばってね」なんて言われたりすると、もう、「はい……!」という気持ちになりますね。

M:わかります。

C:ああ、このタイミングで、こういう言葉をかけていただけるなんて……と。お客様は知らないじゃないですか。そのとき、私たちにショックなことがあったかなんて。本当にもう(心が)折れそうなときにも、お客様にそう言っていただいて、また立ち直れるときがあります。たまに、ほろっときますね。

M:あのときはスタッフの方、何人くらいいらしたんですか。

C:あの当時、調理場は12、13人いたと思います。

M:そのとき千帆さん、ミラズールは何年目ですか。

C:2011年ですよね。スー・シェフになった初めての年だったんですよ。なので、いまから思えば「ほんと、すみません」と言いたいほど、スタッフの子たちにピリピリしてたんです。スー・シェフは、シェフのマウロが不在のときも、マウロがいるときと同じ状態に店をしておかないといけません。

M:マウロさん目当てでいらっしゃる方も当然多いですものね。

C:なので、風船みたいにちょっとつついただけで、パン! と割れてしまうくらい、すごくピリピリしてましたし、イライラしてました。完璧にしないといけない……と。だって(マウロ不在時に)自分のせいで(ミシュランの)星を落としたら、大変です(※ミラズールは2019年、三つ星に昇格。2011年当時は一つ星だった)。いいことは、マウロ。悪いことは、全部自分の責任だと思っていました。なので、当時のスタッフには本当に申し訳ないことをしました。

M:でも、そうしないと……でしたよね。

C:でも、そのおかげもあって、2012年には二つ星、獲れたんですよ。

M:それは絶対、千帆さんの力も大きいですよね。

C:いやいや全然、そんなことはないんですけども。いまだったら、もう少し(厨房の)雰囲気も考えて言えるんですけど。あの頃はもう……いっぱいいっぱいでした。

le monologue de Marie une

impression
印象

お逢いしたのは南仏のミラズールで2回。パリに移られてから、2年前に2回。その2016年4月は以前の店舗のVirtusのディネとデジュネで。お逢いするのは今回で5回目です。

最初、ミラズールでお逢いしたときは、まだ初々しい印象。師匠であるマウロさんと一緒に働いているスタッフというイメージでした。あと、マウロさんがすごく千帆さんを気遣っていらっしゃる。それは感じました。スー・シェフですからね。

2年前にお逢いしたときは、マルセロさんと一緒にパリで独立されたということもあり、「大きくなられたな」という印象を受けました。オーナーの方に任されたお店を、自分たちのスタイルで運営されている。マルセロさんとのやりとりも拝見して、すごくのびのびされていると思いました。

それはお料理にも表れていました。マウロさんから離れての「彼女自身の味」を、Virtusの最初のお店で味わったわけですが、イチゴとアスパラを使ったバランスのいい前菜があって、すごく気に入ったんです。マウロさんの技法を取り入れつつも、千帆さんらしいお皿でした。マルセロさんはもともとパティシエさんなので、彼のデセールはまた彼のオリジナリティがあって。ふたりで作るひとつのムニュでしたね。

そのことも含めて、いまの千帆さんには、うまくことばでは言い表せない落ち着きがあります。いよいよ「彼女自身のお店」と呼べるような風格が感じられます。
お逢いするのは5回目ですから、私に親しみを感じてくださっていました。でも、それだけではなく、「ようこそ、日本から来てくださいましたね」、英語で言えば「Long time no see」、「長い間、逢えなかったね」というニュアンスで接してくださったのがうれしくて。これまでに、まだ4回しかお逢いしていなかったのに、千帆さんと私の間には、ふたりだけの関係性が生まれつつある、と感じた瞬間でした。

第2章

スー・シェフの
センスがレストランを
支えるということ

M:神崎千帆さんという方がミラズールで働いてると知ったのはブログでした。ミラズールを調べていくと、千帆さんのブログに出逢ったんですよ。え? 日本人の、しかも女性の方がいる! って。そのとき、ブログにメッセージで質問をさせていただいたら、お返事をくださったのが始まりですね。コート・ダジュール空港から何もわからずに向かいました。

南仏にはいつか行ってみたいと憧れていました。でも(ミラズールのあるマントンのことは)何もわからないし、イタリアとの国境だし、どんなところかもまったく知りませんでした。ホームページを見ると、地中海が見えてすごく素敵だなと。しかも、みなさんの(レストラン)レビウを見たら、「おいしい!」と大評判で。行ってみたいという動機になりました。でも、何よりも(ブログ上で)千帆さんとお話ができたことは大きかったですね。

あの日は、たまたまマウロさんがいらっしゃらなかったんですよね。当時のマネージャーさんがウェイティングのオープンテラスでアミューズを出してくださったことをよく憶えています。今日、出していただいたアミューズはあのときの味がしました。車で早く着きすぎて、最初は車で待っていようと思ったんです。でもマネージャーさんがお店に入れてくださって。テラスでウェルカム・シャンパーニュをしてくださった。それが想い出のアミューズ。石の上に苔、のような。あのとき、思ったんですよ。これは千帆さんならではの日本のイメージじゃないかなって。なんでフランスでこんな繊細なお料理をいただけるのだろう! と。あれがミラズールのファースト・インプレッション。たぶん、マウロさんはスー・シェフである千帆さんの影響を色濃く受けているんじゃないかなと、勝手に思ったりしました。

ここ数年で、日本人シェフの方、パリにも増えましたよね。でも、7年前に、日本人の料理人の方はほとんどいなかったんじゃないですか。

C:7年前……もう、そんなに経ちますか!

M:ね。不思議ですよね。当時は、(フランスの料理界に)日本人、しかも女性の方はいらっしゃらなかった。そして、日本のエスプリが入ったお料理出すお店もたぶんそこまでなかったと思うんですね。だから(ミラズールは)先駆者だし、それが千帆さんからの影響なのだろうと、私はゲストのひとりとして思いました。

C:ほんとですか! いやいや、全然そんなことはないんですけど。

M:いや、絶対そうだと思います。あと、マウロさんが千帆さんを必要としているのではないか、ということも強く感じました。

C:まあ、私が日本人だったのは大きかったのかな……

M:あと、マウロさんがフランス人じゃなくて、アルゼンチンの方だということも大きいですよね。当時はまったく知識がなかったですけど、アルゼンチンって美食の都なんですよね。

C:お肉がおいしいんです。

M:数年前、みなさん、チームで海外の美食の祭典に参加されていましたよね。

C:ペルーですかね。

M:南米がそこまで美食の街だとは知らなくて。すごくびっくりしました。

C:いま、南米はすごいですね。以前ならアメリカはジャンクフードのイメージでしたが、いまはガストロミーがすごく向上していて。みなさん本当に意識も高いですし。野菜にもこだわっていて。南アメリカはすごいですね。

M:マウロさんも、千帆さんの公私にわたるパートナーであるマルセロ(・ディ・ジャコモ)さんも、パズ(・レヴィンソン。Virtusの以前の店舗ではソムリエを担当。世界ソムリエコンクールで4位に輝いた女性。現在のVirtusではワインコンサルティングとして2017年まで参加)さんも、みなさんアルゼンチンの方。食の世界におけるアルゼンチンの存在も、千帆さんに教えていただきました。日本ではまだまだアルゼンチンのことをご存知ないグルメの方も多いかもしれません。フランス人ではないマウロさんが、日本人である千帆さんの才能を見出したことも、私は素敵だなと思っています。

le monologue de Marie deux

héritage
継承

師匠のマウロさんがフランス人ではなくアルゼンチン人であり、リベラルな方だということも、千帆さんのお料理には大きく影響しているのではないでしょうか。彼女が尊敬してやまないマウロさんのリベラルさと、千帆さんのセンスが、まさにマリアージュしているように感じられます。

お料理全体の方向性そのものは、以前のVirtusから大きく変わってはいません。
それだけに、マウロシェフとミラズールへのオマージュのようなアミューズは衝撃でした。ミラズールのテラスでいただいた想い出のアミューズがよみがえりました。かつてのVirtusにはなかった一品(ひとしな)。千帆さんご自身がどう思っているかはわかりませんが、これは千帆さんの変化なのかもしれません。

たとえば、海苔を使っても、磯っぽい香りにはならない。それが特色です。
ミラズールのあるマントンは、フランスとイタリアの国境近く。地中海もそばにあり、海鮮にも恵まれています。むしろ、お料理は磯っぽくなったほうが、ゲストには喜ばれると思います。でも、マウロさんのアプローチはそうではなかった。お魚料理も、まったく磯っぽさがないのです。

千帆さんのお料理に接して、あらためてそのことに気づきました。
それは「フランス料理であること」への意識なのかもしれません。イタリアではなく、あくまでもフランス。そのことを感じます。「フランスで料理をしている」という自負のようなものを、千帆さんのお料理にも感じます。だから、和の要素を入れても、決して日本的にならない。

そして、中がふわっふわのブリオッシュ。これもミラズールのパンと似ています。違うのは、このかたち。きっとバラをイメージされていますね。ほかにはないオリジナルのパンだと思います。
(※このパンは、2018年秋のVirtusで供されていたものです。)

Text:Toji Aida
Photo: Marie Akiyama/Toji Aida

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