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相田冬二

日本在住/ライター・ノベライザー

ライター・ノベライザー。映画を中心に、雑誌、ネット、劇場用パンフレットなどに、レビウやインタビュー記事を寄稿。ワイナートでは「WINE CULTURE REVIEW」の映画欄を担当。映画・ドラマのノベライズも手がけ、最新作は『さよならくちびる』(徳間書店)。ワインは白が好き。

2019.11.06
column

映画『スペインは呼んでいる』ーーイギリス人による極めてイギリス的シリーズ第3弾は、哀愁漂うスペイン編

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マイケル・ウィンターボトムというイギリス人の映画監督がいる。作家性と職人性を兼ね備え、どんなジャンルの作品もモノにしてしまう才人だ。
言ってみればオールラウンドプレイヤー。泡も白も赤も貴腐ワインも。全部造っていて全部美味しい。そんな醸造家と形容してもいい。
そんな彼が、キャリアの中で唯一継続しているシリーズがある。
それぞれ、映画の演じ手にとどまらず多彩なキャリアを誇るスティーヴ・クーガンとロブ・ブライドンのコンビが、ワインとグルメの道中を繰り広げるロードムービーだ。
映画『スペインが呼んでいる』は、その第3作。前作『イタリアは呼んでいる』に続き、今回はタイトル通り、スペイン横断の行方が一週間にわたって展開する。

これが、実に味わい深く、じわじわと胸に迫る。ワインで言えば「余韻が続く」という表現にもなるかもしれない。
プライベートでも仲のよいスティーヴとロブが、自分たちの現実に即した設定を、アドリブをふんだんに交えながら体現していることもあり、ドキュメンタリーとフィクションのあいのり状態がまずある。そのことによって、観客は彼らと一緒に旅をしているような親密感を得るのだ。
食事中は常に饒舌。止まらないおしゃべり中年男たちの姿を、スパニッシュワイン&伝統と革新が交錯する料理の数々が、テンポよく盛り上げていく。
悪乗り、脱線は当たり前。無礼講そのものの情景が連打される。ところが、英国人気質のせいか、あるいはスペイン効果なのか、どこか、清冽なエレガンスがある。決して、下品にはならないのだ。
ミック・ジャガーの物真似が、これでもか、というほどリフレインされる。映画「007」シリーズのネタも多く、ウソかホントか判別できない与太話も多数。だが、ほとんどが、なんらかのかたちで英国がらみで、その誇りと自虐が綯い交ぜになった諧謔の精神が、大人の男たちの気骨をあらわにする。

つまり、この悪ふざけは、ただの悪ふざけではない。悪ガキの時代はとうに過ぎ去った、50代も半ばを迎えようとしている男たちは、それぞれに満たされない現実と想いを抱えており、各自がひとりになったとき、沈黙の情緒がこぼれ落ちる。
終わらないおしゃべりがないように、終わらない旅もない。どんなに美味しいワインも一本のボトルの量は限られているように、人生だって当然無限ではない。
我が身の黄昏どきを前にして、ふたりはアタフタしているだけなのかもしれない。だが、しみったれた郷愁はここにはないし、ノスタルジーを笑い飛ばす気概だってある。そこがいい。
旅という限定された時間と場所が、ワインや料理をかけがえのないものにしてくれることを、わたしたちは知っている。
気のおけない親友相手だからこそ、本音は冗談にくるんで差し出すし、肝心な話はあえてしないままでいる。そのことが、あれよあれよという間に始まり、また終わっていく映画の波間に、浮かんでは消え、消えては浮かぶ。

自分は特別と誰もが思っている。スティーヴもロブも表現者だから、一際、そうした願いはある。だが、年齢を重ねることによって、人は己の凡庸さに気づかざるをえない局面を迎える。それが人生という旅だ。
ショウビズの世界に生き、何不自由なく優雅で気ままななトリップを続けているかに思える(映画で描かれるグルメ旅は一見、そう映る)男たちの肖像が、映画が終わったとき、どのように変化しているか。
もう一度言おう。
佳い映画もまた、佳いワインと同じで、余韻が深い。
『スペインが呼んでいる』を通して、この永遠の普遍を、どうか味わっていただきたい。

『スペインが呼んでいる』
監督:マイケル・ウィンターボトム
出演:スティーヴ・クーガン、ロブ・ブライトン
2017年/イギリス/108分 配給:ハーク
2019年11月8日(金)より、東京・渋谷 Bunkamuraル・シネマほか、全国順次公開
http://hark3.com/trip-to-spain/
©SKY UK LIMITED 2017.

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