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相田冬二

日本在住/ライター・ノベライザー

ライター・ノベライザー。映画を中心に、雑誌、ネット、劇場用パンフレットなどに、レビウやインタビュー記事を寄稿。ワイナートでは「WINE CULTURE REVIEW」の映画欄を担当。映画・ドラマのノベライズも手がけ、最新作は『さよならくちびる』(徳間書店)。ワインは白が好き。

2023.09.09
column

Huluオリジナル「神の雫/Drops of God」
2023年9月15日よりHuluにて独占配信開始

2004年から10年にわたって連載され、日本のみならず、海外でも反響を巻き起こした漫画『神の雫』。我が国では、ワインのポピュラリティ向上に大きく貢献した。連載開始から20年。今度は全8話の国際連続ドラマ「神の雫/Drops of God」として生まれ変わり、Huluにて9月15日より配信される。

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プロデューサーはドイツ出身、監督はイスラエル生まれ。原作では男性の主人公は、フランス人女性に置き換えられている。つまり、センセーションを巻き起こした日本のワイン漫画へのヨーロッパからの返答と言えるかもしれない。フランスと日本を行き来し、やがてイタリアにも広がる撮影は、映画のような奥行きある映像。重厚にして軽快な物語展開は、ワインの本場ならではの自由闊達な余裕があり、ラストまで一気に見せきる。

世界的権威のワイン評論家が亡くなり、その遺産=ワインセラーに眠る膨大なお宝ワインの相続を巡って、ある決闘が行なわれる。故人に選ばれたチャレンジャーはふたり。ひとりは、絶縁状態だった娘。もうひとりは、評論家の愛弟子。彼は日本人である。かくして、仏日の威信をかけた前代未聞のワイン・バトルが繰り広げられることになる。

原作に馴染みのある方なら、大きな改変に気づくだろう。ポイントとなるのは、原作では主人公のライバルである遠峰一青がメインキャラクターとしてフィーチャーされていること。彼を山下智久が演じ、カミーユ・レジェ(原作では神咲雫)に扮したフレール・ジェフリエとともにW主演を担っている。

©️Hulu Japan_WEB

単なるブラインドテイスティングに留まらない対決=テストは全3回にわたる。ある時は詳細に、ある時は詩的にイマジネーションを喚起する両者の対峙は、ワイン文化に魅了されている人なら誰も愉しめるし、ときめきと佳き緊張感を味わえるだろう。一杯のワインには、芸術性もエンタテインメント性も、ともに宿っている。これは、その真実を鮮烈に追体験するドラマでもある。

カミーユと一青が、性別のみならず対照的な人物として描かれていることが、作品に深みを与えている。カミーユはブランクを経て奇跡的に復活した、天性のワイン勘を有するジーニアスなフランス人女性。引き篭もりがちでもあった彼女の苦悩と再生を、フレール・ジェフリエが妙演。シーンごとにまったく異なる表情を見せる変幻自在な演技は、まるで抜栓後、刻一刻と味わいを変えていく一本のワインのよう。

©️Hulu Japan_WEB

ジェフリエは、映画デビュー作「エンジェル、見えない恋人」で盲目女性の恋を見事に体現した才女。そんな彼女がブラインドに挑み、ワインを通して脳内でさまざまなイマジネーションを爆発させていく様には力強い説得力がある。また、内向的な役どころをあえて解放的に表現している点も見逃せない。ワイン同様、人間もポイントの当て方で印象が変わる。

対して遠峰一青は、緻密にワインへの造詣を深めてきた頭脳派。富豪の御曹司だが、性格は叩き上げ。カミーユとの共通項は、非社交的だということぐらいかもしれない。実家の後継ぎを拒否し、ワインの道を邁進する一青を、山下智久は、感情の起伏を極力抑えた芝居で見せる、魅せる。クールに見えて、シャイ。無表情に思えて、チャーミング。口をあまり大きく開けず、仄かに香らせるアロマティックなアプローチが、一青という人物に興味を抱かせる。ワインなら、絶妙な配分のアッサンブラージュに相当するかもしれない。

©️Hulu Japan_WEB

単一品種の醍醐味が味わえるフレール・ジェフリエとは、演じ手としても好対照。特筆すべきは、大半を占める英語台詞にも山下智久ならでは節回しがあること。つまり、言語に支配されず、自身と英語を解け合わせている。このことによって、日本語台詞の際も、独特のニュアンスが生まれる。

日本人俳優が海外のドラマや映画に取り組んだとき、よく生まれる不満点は英語の再現に囚われるあまり、役者としての持ち味を失ってしまうこと。山下智久は、まずこのハードルをクリアし、遠峰一青というキャラクターを興味深く仕立て上げた。あえてワインにたとえるなら、ニュージーランドでワイン造りをしている日本人醸造家のワインが、どこか日本らしさを残していることに似ている。絶妙。

登場するワインのほとんどは赤だが、あえてキャラ分けするなら、カミーユが赤で、一青が白と言える。ワインは、赤だけでも、白だけでもないからおもしろい。双方のよさが、互いを引き立てる文化だ。そんなことも感じさせる。

ヨーロッパからの返答と書いたが、人物の背景にはかなり日本的な情緒が加味されており、さり気ないリスペクトがある。和洋折衷は日本の概念だが、和洋のいいとこ取りは、文化的な映像フィクションの醸成に確実につながっている。

印象的な台詞がある。

「ワインは誰かと分かち合ったほうがいい。相手と場所とのその一瞬が、ワインの記憶となる」

玄人にとっても、ビギナーにとっても、高級な余韻をもたらす一編。深まりゆく秋の夜長に、ぜひ。