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山田マミ

日本在住/ワインフィッター®/
La coccinelle 代表

フランス留学をきっかけに、ワインとの出会い。フレンチレストラン店長、ワインインポーター、webワインショップのライターを経て独立、2013年よりワイン販売業を開始。これまでになかったワインの職業名【ワインフィッター®】を商標登録。企業向けワインイベントのプロデュースや、店舗をも持たず在庫を持たず、お一人おひとりのニーズに合わせた全く新しいシステムのワイン小売販売を行っている。自身の経験を生かし、ワインフィッター®という新しい働き方の普及にも力を注ぐ。 https://www.lacoccinelle-vin.com/

2019.12.19
column

人と土地が醸し出す心地よい空気感に包まれる、カーブドッチワイナリー 新オーベルジュ「WINERYSTAY TRAVIGNE」

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2019年11月1日、新潟の人気ワイナリーカーブドッチ内にオープンした新オーベルジュ「WINERYSTAY TRAVIGNE (ワイナリーステイ トラヴィーニュ)」。滞在中、つねに心地よい空気感が醸し出されている素敵な宿泊施設です。

「醸す」の本来の意味は、穀物や果実を発酵させて日本酒、醬油、そしてワインなどを造ること。しかし「物議を醸す」や「和やかな雰囲気を醸し出す」など、何もなかった状態から何かが生まれる様子を表現する言葉でもあります。そして、その生まれる様子も、急であったり大量であったりせず、じんわりと存在感を主張せずそこに広がるイメージ。

WINERYSTAY TRAVIGNEからじんわりと醸し出される空気感は一体なんでしょう? もちろんワイン以外のなにか。それを探るべく、この新オーベルジュプロジェクトを主導した代表取締役、掛川千恵子氏にお話を伺いました。

「ブドウ畑を抜けて」
という名の由来


「“TRAVIGNE”は、旅を意味する“TRAVEL”からの言葉ではなく、ラテン語が語源である“TRANS-“(=〜を越えて、抜けて)と“VINGE”(=ブドウ畑)を合わせた造語です。つまり、『ブドウ畑の抜けた先にある建物』という意味です。4年前、この土地にオーベルジュを建てる具体的な着工プランはまだない頃でしたが、建てるならば目の前にはアルバリーニョの畑を、というイメージだけは決まっていて、まずアルバリーニョの苗木を植樹しました」。(掛川千恵子氏、以下同)

このプロジェクトが具体的に始動したのは約3年前。それ以前にアルバリーニョの畑を臨むロケーションというコンセプトは明確で、さらにオーベルジュ建設用のこの土地はすでに6年前から用意されていたそう。その一貫した計画性に驚嘆しつつ、まさに満を辞してのオープンを迎えたいまの心情を伺うと、

「集大成的な感情はありますね。創業当時は、ワインを試飲して販売するだけの場所なのでお客様の滞在時間はものの30分でした。そこからレストランを作って、滞在時間は2時間に延び。ショップやバラ園を作ったりしてまた1時間延び。10年前に温泉ができてからはほぼ丸一日の滞在時間となり。そのあと必要なのは宿泊施設ですね。心地よく連泊もしていただけるオーベルジュは、『長くいてくだされば、この場所のよさをご理解いただける』その思いの集大成です」。

集大成と表現された掛川さんは、1992年のカーブドッチワイナリー創業メンバーのおひとり。さまざまな歴史を経た集大成として生まれた名称が「ブドウ畑を抜けて」。その名称からは、昔、国語の教科書で朗読した「あの坂をのぼれば、海がみえる」のフレーズが浮かびました。それは、おばあさんの話を信じて坂を登ってみたものの、いつまでも海にはたどり着けない少年のお話。でも最後には辿り着くことよりも、その過程のワクワク感を楽しむ少年の心情が描かれていますが、まさにこのアルバリーニョの畑は、建物に辿り着くまでの高揚感を演出し、純粋な少年の心と同じようなワクワクを感じさせてくれます。醸し出されているもののひとつは、名称からの期待感。さぁそれでは畑を抜けて、中へ入ってみましょう。

高級感より
「行き届いていたい」


天井の高い広々としたラウンジは、ここがワイナリーの施設内であることを忘れるほど都会的でシックな雰囲気。だからと言って東京の空気感でもなく、大ぶりで異国情緒漂う家具や照明の存在感は、ここが日本であることすら忘れてしまうほど。それを狙いすましたようにカウンター越しに見える時計の針が、ニューヨークとパリの時間を示しているのも粋な遊び心。

さらにその世界観は10部屋の客室にも。客室の名称は、「おうむ」「ふらみんご」「みつばち」……と、カーブドッチワイナリーの人気ワイン「どうぶつシリーズ」の名称がそれぞれの客室名になっていて、それらのどうぶつをイメージした家具、小物のデザインや配色にこだわっています。じつはこれらはすべて、掛川さんがパリで買い付けたもの。日本に販売代理店がないものばかりのため、ヨーロッパの港から自社輸入をしました。

壁にかけられたオブジェ、クッション、ランプ、引き出しの中のルーペに至るまで。同一ブランドではなく、さらに異素材なものの組み合わせながら、その調和と世界観の演出は見事です。こだわりはさらなる細部にも。肌なじみのよいふかふかのバスローブ、裏地がガーゼのとろけるようなパジャマ、バスルームのアメニティはすべて地球環境に配慮した製品づくりが人気の化粧品ブランドAVEDA、そしてベッドと枕は国内メーカーの最高クラスのもの。その上質でくつろぎの空間は「エフォートレス・シック」という言葉がぴったりです。

「高級なものより、行き届いたものをご提供したいと思っています。お客様が気づかないところで、くつろぎと楽しさを演出できたらいいですね」。(掛川氏)

自身が選んだもののなかでも掛川さんのいちばんのお気に入りは、1階と2階を繋ぐ階段上から吊るされたシャンデリアだそう。クリスタルの散りばめられたシャンデリアではなくオランダ製のシックなデザイン照明で、多角形のフレームが階段を一段一段登るたびにその表情を変えていきます。さらに、左官職人による手塗りの壁が自然な陰影と風合いを放ち、階段を登るという単純な移動動作中にも行き届いた感動の空間演出でした。

「思わず登ってみたくなる階段にしたかったんです。エレベーターの存在を忘れるくらいに! 笑 」と、いたずらっ子のような笑みを浮かべて語る掛川さん、専業主婦として3兄弟を育てあげ38歳で独立、その後カーブドッチワイナリー創業メンバーとして参画しました。WINERYSTAY TRAVIGNEは新潟の食材を活かしたこだわりのお料理が楽しめるレストランが併設されていますが、その料理監修は次男の掛川哲司シェフ。そして三男は言わずと知れたカーブドッチワイナリー醸造責任者である掛川史人氏です。女性として、母として、経営者として輝かしい経歴をおもちながら物腰柔らかく気配りにあふれ、まさに掛川さん自身がエフォートレス・シックな女性と感じました。

人が醸す
「ここがワイナリーであるということ」


自然な気配りは掛川さんからだけでなく、TRAVIGNEスタッフ、さらにはカーブドッチ施設内に従事する全員から醸し出るようにあちらこちらに散りばめられていました。WINERYSTAY TRAVIGNE館内は客室を含め、いわゆる「ワイナリーを匂わせるもの」が少ないことを感じましたが、ワイングッズを無駄に配置するなどのあからさまなワイナリー演出ではなく、ここがワイナリーであることを醸し出すのは「人」だと、掛川さんはおっしゃいました。

「全従業員約200名のうち、直接ワイン造りに携わっている者は10人いません。ですが、残りの190名もみな『ここはワイナリーで、ワイナリーにお客様をお迎えしている』という気持ちを共有しています。スタッフひとりひとりにとってのカーブドッチの魅力はそれぞれで、ワインも嗜好品だから答えはひとつじゃない。お客様もまたそれぞれだから、みなが違ったワイナリーの魅力を伝えてくれたらいいんです」。

親子、兄弟、夫婦で働いているスタッフが多いというのも特徴的。これほどまでにシックで洗練された宿泊施設ながら、どこかアットホームで家庭に招かれたような安心感はそのせいでしょうか。WINERYSTAY TRAVIGNEに醸し出されている心地よさの源は、スタッフひとりひとりの自社と自社のワインを愛して止まない気持ちであると感じました。

最後に掛川さんが一言。
「先日飲んだピノ・ノワール2016年が素晴らしかったんです。新潟の食材ともとてもよく合って。こういうワインは何年かに一度しかできないかもしれない。でも、それでも毎年飲んで欲しいのです。そして毎年でも、ここにいらして欲しいのです。そのためのワイナリーステイなのです」。


WINERYSTAY TRAVIGNE
住所:新潟県新潟市西蒲区角田浜1661
Tel:0256-77-5460(受付8:00〜22:00)
https://travigne.jp

Text & Photo:Mami Yamada