山田マミ
日本在住/ワインフィッター®/La coccinelle 代表
フランス留学をきっかけに、ワインとの出会い。フレンチレストラン店長、ワインインポーター、webワインショップのライターを経て独立、2013年よりワイン販売業を開始。これまでになかったワインの職業名【ワインフィッター®】を商標登録。企業向けワインイベントのプロデュースや、店舗をも持たず在庫を持たず、お一人おひとりのニーズに合わせた全く新しいシステムのワイン小売販売を行っている。自身の経験を生かし、ワインフィッター®という新しい働き方の普及にも力を注ぐ。 https://www.lacoccinelle-vin.com/
FROM SCRATCH 〜ボクらのはじめて物語〜第4回「はじめてオランダに日本ワインの輸入会社を創りました」
GUBI GUBI 2周年記念イベント。
(Yuta Sawamura Photography)
インタビュー:GUBI GUBI 代表 岡 徳之
〜 EU諸国に日本ワインが羽ばたくハブを目指して 〜
いまや500軒を越える日本のワイナリー。その品質の向上は目覚ましく、近年新たなチャレンジとして海外輸出を目指すワイナリーも少なくない。オーストラリアやアジア諸国にすでに販路を確立しているワイナリーもあるが、ワイン産地の旧世界といわれるヨーロッパ諸国への輸出となると、さらにもう一段階高い挑戦であろう。日本側から見る「EUへのワイン輸出」は高い壁に感じるが、EU側からその壁を臆せず超えた日本人がいる。しかも彼は日本のワイン業界関係者ではなく、オランダ在住のワイン愛飲家だった。
「ヨーロッパのナチュラルワインにハマるうちに、日本ワインでもナチュラルなアプローチをしているワイナリーのワインが飲みたくなったんです」。
ビジネススタート当初の動機は商売というより愛飲家精神。その純度の高い初心を取材した。
■ワイン業未経験からの一念発起
彼の名は、岡 徳之。シンガポールを拠点にデジタルクリエイティブ関連のライターとして活動していたが、アジアのみならずヨーロッパからも、日本に向けて海外のビジネスやテクノロジーの情報を発信することを目的として、2015年にオランダへ移住。編集プロダクションを立ち上げた。ここまでの岡の経歴にワインの文字はひとつもない。日本ワイン輸入のきっかけはコロナ禍、じつは至極プライベートな動機だったという。
「アムステルダムで家族をもって子育てがはじまったことで、今後オランダの生活が長くなると思ったんです。そこで、この地域とつながる手段をより意識するようになりました。それは仕事でなくてもよかったのですが、何か新しく始めるなら自分の好きなものでインターナショナルな交流ができるもの、他人からみて僕というアイデンティティが表現でき、僕がやる意味があること。ビジネスとして考えるならマーケットがあって、持続の可能性があるものがいいと思いました」。
アムステルダムに移住して以来、岡はヨーロッパのナチュラルワインに魅了されていた。そしてコロナ禍の当時、アムステルダムでも廃業を余儀なくされる飲食店が多いなか、ナチュラルワインに特化したワインバーは比較的安定した経営をし、それを支持する20〜30代の飲み手がいわゆる「ナチュラルワインネイティブ」と呼ばれ、そこにはマーケットがあることを感じたという。
日本人である岡が自身のアイデンティティを表現できるものとするならば、それはやはり日本ワインで、かつマーケットの可能性があるナチュラルな造りにアプローチしていること。まずは日本からワインを取り寄せてみよう、そう思い立った岡は、複数の日本のワイナリーにメールを送った。しかし、そのようなワイナリーの特徴として比較的小規模経営であることから、手間のかかる海外への商品の発送を快諾されることは皆無だった。個人への発送が不可能であっても、法人としての輸入であれば可能かもしれない。その可能性に賭けて、ワイン業未経験ながら日本ワインの輸入計画がスタートした。
すべての準備が手探りではあったものの、EUと日本をつなぐ輸出入専門会社との縁にも恵まれて、2022年初夏には日本から2パレット(約960本)の待望の第1便が到着。同時に小売り向けのオンラインショップも立ち上げ、「GUBI GUBI(グビグビ)」と名付けた。親しみやすく覚えやすい響きの日本語で、日本ワインがヨーロッパの人々の暮らしに自然な形で花を添えられるように、と願いを込めた。
その後、22年末に第2便が到着。23年も2回輸入し、これまで合計11ワイナリー48銘柄、本数にして約2500本という販売実績を築いた。24年は計3回の輸入を計画しており、ワイナリーは14軒65銘柄まで増え、輸入本数は今年だけで約5000本になる予定だという。
GUBI GUBIの顧客比率は個人が5割、飲食店などの業務卸が5割。日本人、または日本人経営者の割合は、それぞれそのうちの2割程度にとどまり、大半はEUの顧客。飲食店は日本の食材などを取り入れているフュージョン系レストランが多いが、最近では日本の要素がまったくない形態の飲食店からも問い合わせが増えているという。順調に販売数を伸ばしているようにみえるが、「日本ワインは国内人気と同様に、輸入してみたらヨーロッパでも需要があった」という単純なことでは決してない。この実績は岡の地道な営業活動と、ゆずれない信念を貫いた結果だ。
■ゆずれない信念と変化する信念
岡のゆずれない信念、そのひとつは価格設定。おそらく日本ワインの海外輸出で誰もが懸念する点であるが、岡の戦略はこうだ。
「正直、輸入のコストは安くありません。だからといって、それを販売価格にのせて日本での価格の数倍の値づけをするとなれば、もちろん飲み手の目は厳しくなります。だったらシャンパーニュを買うわよ、という意見はもっともですし、そもそもその土俵で比較評価されることを日本の造り手さんたちは望んではいないでしょう。為替の状況にもよりますが、僕はあくまでも適正でフェアな価格設定、たとえば日本の小売価格3,500円くらいであれば、EUでの小売価格は約30ユーロほどを目安にしています。
採算度外視のボランティアで始めたつもりは決してありませんが、現時点では僕を通じて初めて日本ワインに触れる人も多く、その原体験はとても重要ですし、適正な価格でおいしい! となれば、個人も飲食店もおのずとそれを広めてくれることでしょう。いまは僕ひとりがEUを飛び回って営業活動をしていますが、そのうちだんだんと評判が広まることで、僕のアムステルダムの拠点はEUにおける日本ワインの出荷倉庫として、ここから日本ワインが羽ばたくのを見守るだけの玄関口となると考えています。それが理想です。そうなったときに事業として利益を見据えた次のステージを目指せると思うのです」。
そもそも岡の輸入ビジネススタートの動機が愛飲家精神であり、そしてワイン輸入業以外の事業をすでにもつ、彼ならではの考え方だ。
その戦略の成果は見えつつある。現在、ドイツの大手ディストリビューターとの契約が進行中で、実現すれば、岡ひとりの営業力では成し得なかったであろう、ドイツでの日本ワインの販路拡大につながる可能性を秘めている。
ゆずれない信念がある一方、変化しつつある信念もあるという。それは、輸入するのは「ナチュラルなアプローチをしている日本ワイン」という選定の基準だ。もともと海外産ナチュラルワインの愛飲家である岡は、ナチュラルワイン先進国のEUのマーケットの状況からしてみても、その基準にこだわることを信念としていた。しかし、「日本ワインにおいて、そもそもその基準とはなんだろうか?」と、多くの日本ワインの造り手たちと直に対話を重ねるうちに、深く考えるようになったという。
大きな転機となったのは、昨年11月にフランス・ブルゴーニュ地方で開催された日本ワイン大試飲会だと語る。彼は輸入している取引先ワイナリーの出展ブースに立ち、来場者の対応をしていた。
「必ずしもナチュラルなアプローチでなくとも、すばらしいワインを造る日本の生産者さんはたくさんいる、という当たり前のことに気づくきっかけとなりました。それ以来、自分たちが取り扱うワインの定義や基準がより柔軟になり、日本ワインの生産者さんにとって、自分たちが力になれることはなんだろう? とよりフラットに考えられるようになりました」。
このイベントの成功をきっかけに、それまで輸出に消極的だった日本のワイナリーとの交渉も円滑に進みはじめ、今年に入ってからの飛躍的な輸入数量の増加にもつながったという。
■EU諸国に日本ワインが羽ばたくハブを目指して
ワイナリーの増加傾向が続く日本ワイン界において、EU諸国への輸出の扉を開いた岡に期待を寄せる造り手は、今後も少なくはないであろう。彼の実績を見る限り、EU市場における日本ワインの可能性を大いに感じるが、輸出は決してすべてのワイナリーにとって新たな活路になるとは限らない。たとえば、岡個人としては柔軟に変化した日本ワインのナチュラルなアプローチに対する定義も、厳格なワイン法をもつEU市場からはその曖昧さを指摘される場面があるかもしれない。岡自身は「ヒト」にも視野を広げたことで日本ワインに対する新たな価値観が生まれたが、EU市場では往々にして「モノ」への評価がシビアに優先される。
「僕なりの信念はあるものの、僕自身の判断でそのワインが海外に出ていけるかどうかを決めてしまうのは本意ではありません。最近では縁が広がって密に対話ができる造り手さんも増えたので、お互いの思いに共感できたところでまずは少量輸入し、こちらのレストランや個人のお客様に飲んでもらい、市場の意見を参考に今後の輸入計画を立てるようにしています」。
オランダはヨーロッパの中心に位置し、アムステルダムにあるスキポール空港は欧州の代表的なハブ空港のひとつに数えられるなど、世界でもトップクラスの物流インフラを備える。また英語も広く通じるため、国際的なビジネスコミュニケーションが容易な貿易大国でもある。ワインの主要生産国ではないが、むしろワインビジネスの拠点としては最適地ともいえる。この地で創業して2年、岡はEU諸国に日本ワインが羽ばたくハブとしての役割を、着実に築きつつある。
GUBI GUBI
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