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山田マミ

日本在住/ワインフィッター®/
La coccinelle 代表

フランス留学をきっかけに、ワインとの出会い。フレンチレストラン店長、ワインインポーター、webワインショップのライターを経て独立、2013年よりワイン販売業を開始。これまでになかったワインの職業名【ワインフィッター®】を商標登録。企業向けワインイベントのプロデュースや、店舗をも持たず在庫を持たず、お一人おひとりのニーズに合わせた全く新しいシステムのワイン小売販売を行っている。自身の経験を生かし、ワインフィッター®という新しい働き方の普及にも力を注ぐ。 https://www.lacoccinelle-vin.com/

2024.07.10
column

FROM SCRATCH 〜ボクらのはじめて物語〜
第3回「はじめて上山に町中ワイナリーを創りました」

2020年からの未曾有のパンデミックを経て、すべての業種業態、企業、個人が新たな生きる道を模索するなかで生まれる“はじめて”。「ボクらがなぜ、それをはじめたのか」。その“はじめて”に宿る、当事者たちの純度の高い初心を取材し、シリーズでお伝えする。

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インタビュー:DROP 創業者/栽培・醸造家 出来 正光
〜 地域の調和を醸すワインスタンド 〜

東京駅から直通の新幹線で約2時間半、山形県上山市にある「かみのやま温泉駅」で下車、駅から徒歩わずか10分の都市型ワイナリーならぬ町中ワイナリー「DROP(ドロップ)」。創業者は出来正光。企業からの資金援助は一切なく、完全なる個人でのワイナリー創業。個人名義での融資と補助金の活用、そしてクラウドファンディングによる資金調達によって2023年7月に醸造所が完成した。

■出来正光という醸造家

出来の出身地は上山市ではなく、1987年大阪府生まれ。飲食店に就職したのをきっかけに、ワインの世界にのめり込む。

出来 当時、お客さんが店に持ち込んだワインを試飲させてもらって衝撃を受けたんです。それはメゾン・ルロワのシャルムシャンベルタン 1985でした。自分より年上のワインがフランスから来て時を経ていま、大阪にいる僕が飲んでいるという奇跡に、20歳を超えたばかりの僕は感動を覚えました。人生で初めてのめり込みたいと思えるものに出会った瞬間でした。

その後、ワインバー勤務やインポーターの営業職を経て、海外経験も得ようとモナコでソムリエ職、オーストラリアでワイナリー研修を経験する。オーストラリアで出会った日本人醸造家に憧れ、帰国後は彼を頼って山梨のワイナリーに就職した。

初めてワインに感動した日から約10年が経とうとするころ、自身のワイン造りのスタイルを模索していた出来は、山形県南陽市に当時設立されたばかりのワイナリー「グレープリパブリック」との縁があり、2017年、山形への移住を決意した。

当時、生食用ブドウ原料による日本ワイン人気の先駆け、ともいうべき存在だったグレープリパブリックで、出来正光の醸造家としての技量の高さに注目していた日本ワイン愛好家は多く、知る人ぞ知る存在となっていた。19年に独立準備を始めたころからすでに応援の気運は高まっていて、20年にワイナリー創業が正式発表されクラウドファンディングが立ち上がると、瞬く間に245%の目標金額を達成。ワイン業界内で一躍話題となった。

22年まで近隣のワイナリーで委託醸造を続け、同年末にワイナリーの建設着工、23年7月に満を持して醸造免許交付となった。

年間約9トン、8000本の生産を目安に設計された醸造所は約80平方メートル。基本的にひとりで管理できる作業効率を考え、メインの作業場と、発酵・熟成庫、そして15度以下まで管理できる保冷庫の3温度帯のスペースが設けられている。

出来 でも初年度からいきなりジャン・マルク・ブリニョ氏とのコラボワインを6トンも仕込んじゃって、すでにキャパオーバーです・笑。

と、出来は苦笑いする。

ジャン・マルク・ブリニョは、フランスから佐渡島へ移住したフランス人醸造家。かつてフランス・ジュラ地方でワイナリーを営み、世界中のナチュラルワイン愛好家には知られた存在。日本在住はすでに10年となるが、その間、日本ワインの有望な醸造家とのコラボワインを幾度となくリリースし、毎回入手困難な話題作となっていた。

そんなジャン・マルク・ブリニョが23年のコラボパートナーとして白羽の矢を立てたのが出来だった。自社醸造所が建設されて初めて仕込むファーストヴィンテージで、話題のコラボワインを造るというなんとも華々しいスタートを切ったわけだが、それは決して運に恵まれただけのことではない。出来の醸造家としてのすでに豊富な経験と高い醸造技術の賜物であろう。

■“偉大なる日常ワイン”を目指して

19年に植樹を始めた自園の白ブドウはデラウェア、ソーヴィニヨン・ブラン、ケルナー、アルバリーニョ、黒ブドウはシラー、カベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨンで合計約1ヘクタール。今年24年はアルバリーニョの初収穫が期待でき、さらに赤・白それぞれ1樽ずつほど、初めて自園のヴィニフェラ種だけで商品ができそうだという。

もっとも栽培面積が広いデラウェアはDROPのフラッグシップワインとなるが、その味わいに出来を応援する多くのファンが惚れ込む。デラウェア特有の華やかさと酸味に加えて、独特な果実味の肉厚感と見え隠れするミルキーなニュアンス。その絶妙なバランス感覚にセンスが光る。ワインの名はフランス語で“偉大なる日常ワイン”を意味する「Grand Ordinaire(グラン・オルディネール)」。フランス・ブルゴーニュ地方の原産地呼称にも使用される表現で、やや大げさでありながら洒落の効いた気品を感じるフランス人らしい言い回しは、出来の醸すワインのセンスを的確に表現している。

出来 特別な日だからワインを飲むのではなく、ワインを飲むときはいつだって特別な日。Grand Ordinaire(グラン・オルディネール)は、そんな日常を楽しむ智慧の詰まった言葉で、自分にとっては、最初にリリースしたワインに付けた大切な言葉です。

契約農家から買い付けたブドウで造るいわゆるネゴスレンジのワインは4種類。春の萌芽(bourgeonement)をイメージしたオレンジワイン、夏の開花(inflorescence)をイメージしたロゼワイン、秋の収穫(vendange)をイメージした赤ワイン、冬の休眠(dormance)をイメージした白スパークリング。ワイナリー名のDROPは自然の恵みである果汁の雫でありワインの雫、4種はそれらをもたらすブドウ畑の四季を表すフランス語がそれぞれのワイン名となっている。

まもなく始まる2年目の仕込み、出来が醸す24年の四季はどんな味わいか、期待が膨らむ。

■地域の調和を醸すワインスタンド

東京駅から乗り換えがなく一本の新幹線でアクセスできる立地というのは、地方都市でワイナリーを創業するには好条件だ。そして下車したかみのやま温泉駅から徒歩わずか10分、「歓迎・かみのやま温泉 新湯通り」 のアーケードをくぐるとすぐ左手、温泉宿よりも先にDROPのワインスタンドが観光客を迎える。

出来がワイナリー建設にあたり併設を熱望していたワインスタンド。80平方メートルの醸造所に併設して20平方メートルほどの広さ、10人も入ればいっぱいになる空間で、DROPのワインのみならず出来が最近注目している海外のワインや、今後の仕込みのヒントになりそうなワインが夜な夜な開けられている。

大阪出身の出来が縁あって移住した上山市。山形県内では比較的雪が少ないという、ワイン造りにとって有利な気候条件も決め手のひとつだったが、行政のサポート体制が整っていたことが理由として大きかった。安心感をもって創業準備を進められ、この土地に好意的に受け入れられた出来にとっては「この町をもっとよくしたい」という思いが強い。

「よくする」ために、誰が、何を、どのように、そんなさまざまな議題を行政や町の有力者たちだけが会議室で話し合うのでなく、彼らも交えた町中の老若男女、周辺ワイナリーと農家、県外からの訪問者など、あらゆる人々がワインを囲んで気軽に集い、語らう場所を創ることで貢献する。立場の違う者同士が同じ目線でグラスを交し合い弾む会話、偶然の出会いや雑談からひらめくアイディアなど、それらがまるでワインが醸されるように自然発生的に生まれる場。それが、出来が上山に町中ワイナリーを創った真意だった。

出来 マーティンボロへ研修に行ったとき、ワイナリーの作業が終わるとほぼ毎晩、自転車で10分くらいの町のワインバーに繰り出してたんです。小さな町なので、その周辺のワインメーカー、農家、サラリーマン風の人も年配の夫婦も若者カップルも、そして観光客も、町に数少ないそのワインバーにいつも集まって、みんな一緒にワインを飲んでる。そういう風景を上山に創りたかったんです。

日本のワイナリー数はついに500軒を超え、個人でのワイナリー創業ももはや珍しくはない。個性的で良質なワインを生産するだけでは差別化がむずかしいフェーズに突入することは必至。市場に求められ、産地に求められるワイナリーの価値が必須となるなか、地域の調和を醸すDROPワインスタンドのような場所の存在意義は大きい。

DROP winery and winestand
住所:山形県上山市沢丁2-17
OPEN:金・土 16:00〜22:00(L.O.)

https://www.instagram.com/drop_yamagata/
https://www.instagram.com/winestand_drop/