山田マミ
日本在住/ワインフィッター®/La coccinelle 代表
フランス留学をきっかけに、ワインとの出会い。フレンチレストラン店長、ワインインポーター、webワインショップのライターを経て独立、2013年よりワイン販売業を開始。これまでになかったワインの職業名【ワインフィッター®】を商標登録。企業向けワインイベントのプロデュースや、店舗をも持たず在庫を持たず、お一人おひとりのニーズに合わせた全く新しいシステムのワイン小売販売を行っている。自身の経験を生かし、ワインフィッター®という新しい働き方の普及にも力を注ぐ。 https://www.lacoccinelle-vin.com/
【連載 第7回】CAVE D’OCCI 掛川 史人 × JULIA 本橋 健一郎 ゼロから挑むシードル造り 〜スライダーに捧ぐ味を求めて〜 商品化へ向けて、ブレンドを決める
10月某日、無事に本番の仕込みを終えたことは本誌97号でも紹介した通り。そしてその約1カ月後、それら数種類をサンプルとしてボトルに詰め、本橋健一郎の経営する都内のレストランJULIAに新潟から持ち込んだ掛川史人。
この日は商品化へ向けて味を決定するブレンドミーティング、のはずだった。
しかし……。
ここで、冒頭から衝撃的な事実をお伝えしよう。
このミーティングのあと、掛川は新潟へ帰るなり新しい原料リンゴを使ってすべてのロットをイチから造り直した!
つまり、これからお伝えするブレンドミーティングによって、初仕込みの反省点と改善点が顕在化し、それらを生かして再びイチからすべてを造り直した、というわけだ。
どこまでも妥協を許さない職人気質のふたり、まさかのオールリセットに至ったこの日のブレンドミーティング、一体何があったのか?
納得のいかない試飲
この日掛川が持参したのは、発酵を終えたメイポール、秋映、シナノゴールドのスティル(泡立っていないもの)と、それぞれをベースにした秋映とシナノゴールドの2気圧スパークリング、そして秋映のリンゴ果汁の6種類。まずはそれぞれのロットを試飲して、秋映とシナノゴールドは「何対何にする?」など具体的なブレンド比率を話し合う予定だった。もちろん、すべてを造り直すことなどこの時点ではふたりも考えてはいなかった。
掛川 まずは秋映から開けますか。
本橋 んん? だいぶ還元臭だね。
掛川 そうですね。でもそれは時間経つと飛ぶか、鼻が慣れるかなって感じだけど……、液体自体にリンゴ感がないですよね、香りも味も。
本橋 ストラクチャーはあるね。空白になりがちなミドルもちゃんとあるけど……。
続いて、シナノゴールドの試飲。
本橋 だいぶ苦いなこれ!
掛川 今回デブルバージュ(果汁清澄)は24時間だったんですが、ブドウの場合はもっと透明度は高くなります。デブルバージュをしっかりしないと雑味が邪魔して香りが出ないことがあるのですが、リンゴの場合はなかなかキレイに沈まなくて……。でももっとしっかりした方がいいと思いました。海外の文献では10日くらいやっているという情報もありましたから。
本橋 確かに、舌の真ん中に雑味と苦みが残るね。
試飲するごとに表情が険しくなるふたり。
スティルタイプの最後はメイポールの試飲。メイポールとは、前回本誌97号で仕込みの様子をレポートした小粒で果肉まで赤いリンゴ。本来受粉用の品種で生食用ではないため、強烈な酸味を感じるリンゴだ。
掛川 メイポールは小粒で果汁に対する固形物の比率が高いからか、発酵後の濁りが激しくて……。沈殿した半分くらい廃棄になりました(苦笑)。
本橋 でもその分澄んでいるね! 香りもすごくいいし。
掛川 煮詰めたカラメルとかコンポートみたいな濃縮感ありますけど、真ん中にちゃんと酸がギュッとしてますね。
本橋 うん、おいしい!
しかし、今年買い付けた原料リンゴの大半は秋映とシナノゴールドであり、メイポールはそれらの30分の1程度の少量のみ。メイポールの出来に満足したところでその個性がブレンドで表現されるかどうかは疑問だ。
本橋 ……これ、今日はブレンド決められなくない?(苦笑)。
とはいえ、ブレンド試作開始
納得のいかない様子のふたり。とはいえやはりブレンドを試みることに。掛川がまず彼の思うブレンドのイメージを図に描き、実際にそのブレンドをグラスに作る。
掛川 トップから最後まで一番外側にリンゴジュース感が出る感じ。その内側は上方が秋映、下方がシナノゴールド、そのちょっと後ろにメイポールの酸味という構成。
そう言いながらグラスを本橋に差し出す。しかしこれはあくまでも一つひとつの原料の特徴を生かした醸造家目線のブレンド。今年のこのプロジェクトの着地点はJULIAの看板メニューである小さなハンバーガー「スライダー」に合うシードルを造る、にある。その視点からの本橋の感想はこうだ。
「このブレンドだと全体的に酸が足らない感じ。その分苦みが突出している。スライダーはハンバーガーだけど、ジャンクフードをレストランメニューに昇華させたいという思いがある。だから、雑味や苦みよりもっとキレイなリンゴ感が欲しい」。
その後も比率を変えた数回のブレンドが繰り返されたが、ふたりの表情は晴れぬまま。最終的に掛川がこう言った。
「わかりました。すべて造り直しましょう!!」。
掛川の提示した第2ロットの改善点は、デブルバージュ(果汁清澄)の時間を長くすること、そして発酵中の窒素不足を改善することで、できる限りクリアで健全なリンゴ感を表現すること。そして秋映、シナノゴールドをベースにより細分化したロットを造ること。それは酵母違い、添加量違いなどによって「香り担当」「酸味担当」「中心核担当」など明確な役割をもたせた複数ロットを造りブレンドの選択肢を増やすことだった。
掛川 もっと丁寧に、削って削って、きっちりそれぞれの要素を出す。
ワイン醸造歴20年の掛川の頭の中には、ここに記述したい以上の我々素人には想像もつかない感覚的な改善点が無数に浮かんでいるに違いなかった。「削る」という表現は彼独特の言い回しだが、掛川にとって醸造とは大きな原料の塊から繊細な彫刻作品を削り出していく作業に似ているのだろう。
商品化へ向けての最終ブレンドは年明けに持ち越された。
「泡」は必要か、否か?
この日、ブレンド比率は決めることができなかったがもうひとつ重要なことを決めなければならなかった。それは「気圧」について。「泡」が必要か否か、必要であれば何気圧くらいの発泡性が望ましいか、ということ。
掛川 秋映2気圧とシナノゴールド2気圧、開けますね。
本橋 泡、すっげ〜(笑)。
掛川 とりあえずの試作ですからね(苦笑)。
掛川 泡があると苦みは比較的気にならなくなりますね。
本橋 でもなんかやっぱり、泡があると味がぼやける感じ。発泡性が強くて泡が粗いと、スライダーとの相性はハンバーガーとコカコーラみたいなイメージから抜け出せずレストランメニューにはなれない気がするんだよね。
「ジャンクフード」から「レストランメニュー」への昇華。あくまでもそのこだわりは譲れない本橋。妻であるシェフのnaoは調理師学校卒業でもなければ有名店での修行経験もない。それでも夫婦二人三脚でレストラン経営7年、今や都内の注目すべきペアリングレストランとして名を馳せるまでになった。場所や店名が変わっても唯一変わらず提供し続けている看板メニューがこの「スライダー」である。「ミシュランで星を」。そんな壮大な夢をも掲げるふたりにとって洗練されたレストランメニューとペアリングへのこだわりは人一倍だ。
掛川 泡は頼りになるんですけどね(苦笑)。でもシードルでシャンパーニュのような繊細な泡立ちはむずかしいとすれば、本橋さんの望むテイストはそもそも何気圧かということじゃなさそうですね。
泡があることによって苦みや雑味が感じにくくなったり、ベースに足らないボディーの膨らみを補う利点があることは間違いなく、「無発泡」となると醸造家にとってはさらなる品質が求められるプレッシャーとなることは否めない。なおさら、掛川はオールリセットして第2ロットを造り直すという決断に至ったわけである。
泡が必要か否か。それも第2ロットのベースを最終的にブレンドしてみてから決定、ということになった。
さぁ果たして、完成品の味わいはいかに?
そして、泡はアリか? ナシか?
次回は……
「ついに商品化へ! 最終ブレンドは果たしてどんな味わいに!?」
2020年3月5日発売 ワイナートNo.98誌面にて。
そして、
【シードル完成! お披露目試飲会&掛川×本橋トークイベント】
開催決定!!
2020年4月21日(火)19:00〜21:00
@日比谷ミッドタウン内「Varmen」
※近日予約開始!
取材協力:
JULIA
東京都渋谷区神宮前3-1-25-1F
Tel:03-5843-1982
Open:18:00〜22:00
火休
https://juliaebisu.wixsite.com/julia
Text & Photo:Mami Yamada