• Top
  • Column
  • FROM SCRATCH 〜ボクらのはじめて物語〜

山田マミ

日本在住/ワインフィッター®/
La coccinelle 代表

フランス留学をきっかけに、ワインとの出会い。フレンチレストラン店長、ワインインポーター、webワインショップのライターを経て独立、2013年よりワイン販売業を開始。これまでになかったワインの職業名【ワインフィッター®】を商標登録。企業向けワインイベントのプロデュースや、店舗をも持たず在庫を持たず、お一人おひとりのニーズに合わせた全く新しいシステムのワイン小売販売を行っている。自身の経験を生かし、ワインフィッター®という新しい働き方の普及にも力を注ぐ。 https://www.lacoccinelle-vin.com/

2023.12.07
column

FROM SCRATCH 〜ボクらのはじめて物語〜
第2回「はじめて陸前高田にワイナリーを創りました」

2020年からの未曾有のパンデミックを経て、すべての業種業態、企業、個人が新たな生きる道を模索するなかで生まれる“はじめて”。「ボクらがなぜ、それをはじめたのか」。その“はじめて”に宿る、当事者たちの純度の高い初心を取材し、シリーズでお伝えする。

  • facebook
  • twitter
  • line


■インタビュー:ドメーヌ・ミカヅキ 創業者 及川 恭平
〜 震災後の陸前高田に新たな産業を創る 〜

2011年3月11日、それは高校2年生の春だった。午前中で授業を終えて帰宅予定だったが、友人と話しをしていて1本電車を逃した。14時46分、とてつもなく大きな揺れが襲ってきた。予定通りに帰宅していたら、おそらく命はなかったであろう。高校に泊まってようやく帰宅できたのは3日後、住み慣れた町は跡形もなく消えていた。

21年、岩手県・陸前高田市でアルバリーニョという白ブドウ品種だけを主軸とするワイナリー、ドメーヌ・ミカヅキを創業した及川恭平。当時27歳、日本最年少でのワイナリー創業者となった。彼は何を思い、未曾有の大災害に見舞われた故郷でのワイナリー創業に至ったのか? その純度の高い初心を取材した。

■地域復興のための壮大な10カ年計画

「いま、17歳の自分にここでできることは何もない。10年間、外で力をつけて帰ってこよう」。

震災当時、及川は高校の生徒会長を務めていた。受験生活を控えた大事な時期だったが、震災関連のボランティアや地域活動などで自身の受験勉強どころではなくなった。しかしその経験によって彼のなかで強い決意が生まれた。及川の決意、それは大学、社会人経験を経たのちの10年後、故郷に戻り地域復興に携わるというものだった。

まずこの地で新たな産業を興すならならば食関係がよいと考えた及川は、生物科学と食に関する学部のある大学へ進学した。そしてとある授業でワインと出会う。

及川 ワインを学ぶと世界中を旅しているようでとてもワクワクしました。都会からは遠く閉鎖的な土地で生まれ育った反動からか、世界は広いなぁ! って感じましたね(笑)。僕自身も楽しいし、新たなまちづくりの産業としては可能性が大きい。これだ! と思いました。

陸前高田にワイナリーを創る。明確な目標を得た及川が卒業後の就職先として選んだのは東京にある某大手ワイン商社だった。なぜワイナリーに就職してワインの醸造技術を学ぶところからスタートしなかったのだろうか。その疑問に及川はこう答えた。

及川 まず販路について知りたかったからです。消費者がどんなワインを求めているのか、それを知らなければワイナリーを創ったところで売れないし、産業として持続もできない。生産者になる前にソムリエ資格も取得して、流通の現場を知ることに努めました。

都内の数店舗で販売、接客の経験を得て3年半で退社。10カ年計画の最終プロセスは海外経験と決めていた及川は、研修生として受け入れてくれる海外のワイナリーを探し始める。候補地は、ドイツ、シャブリ、アルザス。その理由を尋ねると、

及川 白ワインの銘醸産地だからです。産業を創るとなると高い技術を必要とすること、属人的なこと、コストがかかることはなるべく避けるべきだと考えました。あれこれ栽培して造るよりはひとつに絞り、絞るならば黒より白ブドウ品種です。そして世界の食のトレンドを考えても、造るならば白ワインだと思いました。

と答えた。

しかし、ドイツ、シャブリ、アルザスに彼を受け入れてくれるツテはまるでなかった。そこで及川は中小あらゆるワイナリーに直筆の手紙を送ったという。その数なんと100通以上。返事をくれたのはわずか2、3軒だったが、そのうちの1軒のアルザスのワイナリーに身を寄せることとなり19年に渡仏。コロナ禍で計画より少し早めの帰国となった21年、陸前高田に戻りワイナリーを創業。計画どおりあの日から10年、27歳のときだった。

及川の創業ストーリーは、またひとりの若者が昨今の日本ワインブームに乗ってワイナリーを立ち上げた、そんなストーリーではまったくない。震災当時17歳の彼が独自に描いた10カ年計画の軌道が、たまたま昨今の日本ワインブームの軌道と同じであっただけ。それとは重なることなく彼は10年間、独自の道を走っていただけなのだ。一答一答、迷いのない回答からもわかるとおり、この10年間の彼の行動にはすべて、未来から逆算した明確な理由があるのだ。

■アルザスにみた理想の風景

初めて海外の銘醸産地へ行き、ブドウやワインの品質に圧倒されたり、日本でのワイン造りを尻込みするような感覚はなかったのか。そんな意地悪な質問を投げかけても、彼は淡々とこう答えた。

及川 いえ全然!(笑) むしろ品質よりも地域みんなでワイン造りをしているシステムに感動しました。共同で使用できる醸造施設が充実していたり、瓶詰めトラックがワイナリーを巡回していたり。僕が陸前高田で実現したい風景でした。小ロットでワインを造りたい飲食店や小規模ワイナリーに、どうぞご自由にお使いくださいみたいな、そんな仕組みが理想ですね。

さらに、土地と品種の関連性については、長きに渡る論争とさまざまな思想が渦巻くアルザスという産地で、及川も深くそのことについて考えたという。帰国後、陸前高田の土壌について徹底的に調べた。どんな品種を植えるべきか。そしてひとつの品種にたどり着く。

■アルバリーニョだけと決めた理由

岩手県には約5億年前から現在に至るまであらゆる地質時代の地層や岩石が見られ、かつて地球上に生息したさまざまな生物の化石が産出する複雑な土壌といわれている。及川によると、陸前高田一帯には古い花崗岩の粗い砂地土壌が広がっているという。当初、花崗岩土壌に合うアルザス系の品種を候補にあげていた矢先、世界的なニュースが飛び込んで来た。

「21年1月、CIVB(ボルドーワイン委員会)は、温暖化対策の一環として6つの新たなブドウ品種の栽培を認めた。赤品種はトウリガ・ナシオナル、マルセラン、カステ、アリナルノアが、白品種はアルバリーニョとリリオリラがそれぞれブレンド用として承認」。

及川 リアス式海岸を有する岩手県で栽培する品種としてアルバリーニョはもちろん考えていなかったわけではありませんが、世界的にはまだ無名な品種。それがボルドーという絶対的な知名度のある産地の後ろ盾を得た。そしてアルバリーニョの本場スペイン・リアスバイシャス地区はおもに花崗岩土壌。もうこれしかない! と感じました。

日本ワイン界におけるアルバリーニョ人気の波を追随したのではなく、これも及川独自の才覚によるもの。しかしなぜ“アルバリーニョだけ”と単一品種にこだわるのだろうか。

及川 ワイン商社で得た流通の現場経験から、まず消費者にとってひとつだけというわかりやすさはとても重要です。生産者としても技術やコストをひとつに集中できます。そして何よりアルバリーニョという品種のもつ可能性の幅が広いこと。病害に強く栽培がしやすい。ワインはコンベンショナルなスタイルはもちろん、酸度が高いので亜硫酸を控えたナチュラルな造りまで幅広いラインナップが期待できます。また、仕立ても棚と垣根に対応できるので、その違いやさらにブレンドをすることで味わいの安定性、均一化を図ることもできます。たったひとつの品種でも、仕立て、畑、酵母、タンクなどさまざまな違いによって、異なる味わいの表現が可能だと考えています。

すべてはこの地域に産業として根付かせるための戦略。醸造家のこだわりではなく、ビジネスマンの野心でもなく、及川の軸はつねにそこにある。

■そしてこれから先の10年は?

現在、陸前高田市内に合計1.5ha、6カ所の畑でアルバリーニョを栽培している。標高や傾斜の違いでどのような違いとなるか調査中だという。それぞれの特徴をつかみ分散した畑の味わいをブレンドすることで、”陸前高田の味”が追求できればと考えている。

あまりにも鮮やかに10年間の伏線回収がなされている及川の創業ストーリーだが、この先の10年は? と聞くと、また興味深い答えが返ってきた。

及川 昔は閉鎖的に思えたこの町を早く出たかったけれど、震災がすべてを変えました。いまは町も、しがらみも、全部なくなったところに新たな産業を創るためにUターンして、地元出身である僕にしかできないことをプレイヤーとして、ゼロからイチを構築する過程を楽しんでいます。でもその基盤を創ったらその先のイチからジュウ、ジュウからヒャクにするプレイヤーは僕でなく、その頃には僕はまたここにはいないかも(笑)。日本のワイン業界で、栽培、醸造、流通、そして地方創生の一次情報を知る人間として、ジャーナリスト的な立場で正確な情報や評価を後進に伝える、そんな貢献もしてみたいですね。

及川にとっていまは過去10年間の伏線回収であり、次の未来への伏線を構築中なのだ。

お問い合わせ:
ドメーヌ・ミカヅキ(Domaine Mikazuki)
https://domaine-mikazuki.com/
https://www.instagram.com/domaine_mikazuki/

取材協力:
東京屋カフェ
https://www.takata-machinaka.com/shoptable/8/now