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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2020.02.17
column

「ドイツ・ゼクトから目が離せない! 注目の最新動向」 ~ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.024

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昨年の後半は、ドイツのゼクト・シーンから、エキサイティングなニュースがいくつも入ってきた。7月から8月にかけて飛び込んできたのが、ファルツ地方の名門、ライヒスラート・フォン・ブール醸造所の経営陣が再び入れ替わったというニュースだった。

ドイツでゼクト造りに挑む
フランス人


創業1849年の同醸造所は、1989年から13年まで日本のワイン商社、徳岡が経営し、高品質のワインとゼクトを生産、伝統ある醸造所の名声を守っていた。13年に経営陣が刷新され、マネージング・ディレクターにリヒャルト・グロシェ氏が、テクニカル・ディレクターにシャンパーニュメゾン、ボランジェの醸造責任者として活躍していたアルザス出身のマテュー・カウフマン氏が就任した。

フランス人醸造家がドイツで情熱を燃やして造り出すワインとゼクトは注目を浴びた。ところが、同年にオーナーのアヒム・ニーダーベルガー氏が死去。未亡人となったヤナ・ゼーガー氏の再婚相手、ペーター・ヒュフトライン=ゼーガー氏が、19年7月にマネージング・ディレクターのポストに就任し、グロシェ氏とカウフマン氏は相次いで辞職した。

フォン・ブール醸造所のゼクトは、グロシェ&カウフマン時代に買い取りブドウによるベーシックな製品で成功を収め、セラーには自社畑のブドウを使用した13年ヴィンテージ以降のプレスティージュ・ゼクト70万本が、デゴルジュマンの時を待っており、そのうちの13年産ロゼ・プレスティージュがようやくリリースされたばかりのことだった。

9月に入ると、同じくファルツ地方で新しい醸造所が立ち上がるというニュースが入った。

フリーとなったマテュー・カウフマン氏が、VDP(ドイツ・プレディカーツワイン生産者協会)会長で醸造所オーナーであるステフェン・クリストマン氏とその長女ソフィーさんとともに、ドイツ初のビオディナミ・ゼクトの醸造所を設立するという。クリストマン父娘はすでに、新醸造所のために19年ヴィンテージのベースワインを確保している。醸造所名は「ゼクトグート・クリストマン&カウフマン」となる予定で、プレミアムゼクトの生産を主軸にするという。

左からステフェン・クリストマン氏とソフィーさん、
マテュー・カウフマン氏。
/©Lucie Greiner/Büro Medienagenten



カウフマン氏とクリストマン氏は長年の友人同士。新醸造所は、クリストマン醸造所の拠点であるギンメルディンゲンに新たに建設され、ブドウ畑は12ヘクタールを長期的に賃借する。カウフマン氏はフォン・ブール醸造所時代の6年間に、ドイツのゼクト界に新風をもたらし大きな成果を上げた。今後もさらに磨きがかかったゼクトが期待できる。19年ヴィンテージは22年11月頃にリリースされる予定だ。

11月上旬にはマテュー・カウフマン氏が20年度のゴー・ミヨ・ドイツワインガイドの年間最優秀醸造家賞(Winzer des Jahres)を受賞したという知らせが届いた。19年2月のファルスタッフ・ワイントロフィー最優秀醸造家賞の受賞に次いでの栄誉は、氏の新たなスタートを祝福するかのようだ。

再出発した
「伝統製法ゼクトメーカー協会」


同じく11月中旬には、伝統製法のゼクト生産者の団体、「Verband der traditionellen klassischen Flaschengärer/VTKF」(伝統的・古典的瓶内発酵醸造所協会)が「Verband traditioneller Sektmacher/VTS」(伝統製法ゼクトメーカー協会)と組織名を変更し、今後は、より積極的にマーケティング活動に取り組むとのニュースが届いた。現会長は、ラインヘッセン地方に拠点を置くゼクト界の第一人者、ゼクトハウス・ラウムラントのフォルカー・ラウムラント氏。約40醸造所が会員となっている。

「伝統製法ゼクトメーカー協会」は88年に発足。07年以降は毎年ProWeinに出展しているが、情報が少なく、名称の複雑さもあって、ドイツにおいても知る人ぞ知る組織だった。名称変更に続いて2月に入ってから、初のロゴ・デザインも発表された。

初となる「伝統製法ゼクトメーカー協会」のロゴ。



同協会は、瓶内二次発酵による伝統製法のゼクトの市場でのプレゼンスを高め、20世紀初頭のドイツの「ゼクト」の名声を再び獲得することを目指している。ドイツ産のベースワインと伝統製法にこだわり、消費者に高品質の伝統製法のゼクトと、工業的に生産されるゼクトの違いを知ってもらうことを目的のひとつとしている。

と言うのも、ドイツの「ゼクト」という名称は伝統製法、シャルマ製法、トランスファー製法を包括しており、輸入ベースワインを使用していてもゼクトと言う。

国産のベースワインを使用する場合は「ドイチャー・ゼクト」、一生産地域のベースワインを使用すれば「ドイチャー・ゼクトb.A.」。自家醸造のベースワインのみを使用し、伝統的な瓶内二次発酵法で生産、二次発酵後は酵母の澱と最低9カ月接触させるなどの諸条件を満たせば「ヴィンツァー・ゼクト」と名乗れるが、この名称はまだ定着しておらず、シャンパーニュやクレマンより規定が緩やかだ。ドイツでも条件を満たせばクレマンの名称が使えるが、生産者はごく限られている。

同協会が、生産者たちの横顔と、彼らが生み出す高品質のゼクトをどのように印象づけていくのか、今後の活動が楽しみだ。

©Deutsches Weininstitut

VDP会員に
初のゼクト専門醸造所


12月中旬にはVDPから、上記の「伝統製法ゼクトメーカー協会」会長であるフォルカー・ラウムラント氏が運営するゼクトハウス・ラウムラントを、20年から新会員に迎えるとのニュースリリースが届いた。同醸造所はVDP初のゼクト専門醸造所メンバーである。

ゼクトハウス・ラウムラントは84年創業、90年からラインヘッセン地方のフレアスハイム=ダールスハイムに拠点を置く。創業者であり、オーナー醸造家であるフォルカー・ラウムラント氏は、ガイゼンハイム大学在学中にあらゆる品種でゼクトを実験的に生産、卒業後に少量生産を開始した。シャンパーニュ品種を使った伝統製法のゼクトに専心する一方で、ボトリングとデゴルジュマンの設備をトラックに積載し、各醸造所に出向くというモバイル・ゼクト生産業にも従事。500近い醸造所のゼクト生産をサポートするほか、コンサルタントも行なっていた。

氏は15年ほど前にモバイル・ゼクト業に終止符を打ち、以来、自らのゼクト造りに専念している。ダールスハイムのビュルゲルを始め、特級クラスの畑を所有、ガイドブックや専門誌の評価は極めて高い。02年にオーガニック認証取得。長女マリー=ルイーズさんはすでに父親とともに経営に取り組んでおり、次女カタリーナさんは現在ガイゼンハイム大学在学中。ケラーマイスターは12年以来、日本人醸造家、貝瀬和行さんが担当している。

VDP初のゼクト専門醸造所、ゼクトハウス・ラウムラント。
中央がオーナーのフォルカー・ラウムラント氏、
左が長女マリー=ルイーズさん、右が次女カタリーナさん。
/©Sekthaus Raumland



ラウムラント氏によれば、VDPのゼクトの格付けは現在準備段階にあり、話し合いが進められているという。VDP独自の格付けの枠組みの中で、VDP会員醸造所のゼクトがどのように展開されるのか、今後の動向から目が離せない。

***

いまから約150年前のドイツでは、ワインのみならずゼクト造りも盛んで、ドイツとシャンパーニュ地方との間にすでに技術交流があったため、ゼクトはシャンパーニュと同等のクオリティを維持していた。しかし、ドイツは戦後、大量生産主義に陥り、伝統的瓶内発酵法を忘れつつあった。近年になって、何百もの醸造所が新たに伝統製法によるゼクト造りに取り組みはじめている。ドイツのゼクト界はいま、大きな変動期に突入している。

Text:Junko Iwamoto