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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2022.12.20
column

ドイツワインのいま。ピノの新しい地平/前編〜ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.40

リースリング大国ドイツのもうひとつの顔、それはブルグンダー種、すなわちピノ種の大国でもあることだ。シュペートブルグンダーの栽培史はリースリングよりも長く、グラウブルグンダー、ヴァイスブルグンダーとともに独自のスタイルを生み出してきた。8月下旬、収穫を間近に控えたファルツ地方とバーデン地方で、ドイツのピノの現在を取材した。

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©Weingut Neiss


ドイツにはピノ種のブドウの栽培に適した産地がいくつもある。古来から愛されてきたシュペートブルグンダー(以下ピノ・ノワール)は、884年にはドイツのバーデン地方とスイスの国境地域であるボーデン湖南岸で栽培されていたと言われる。かつてブドウ栽培の北限と言われた、北緯50度線が走るラインガウ地方には1470年の栽培記録が残り、アール地方でも30年戦争(1618-48年)後に栽培が始まっていたという。フランス品種ではあるものの、ドイツにおいても長い伝統がある。

ピノ・ノワールの突然変異種であるグラウブルグンダー(以下ピノ・グリ)、さらにその変異種であるヴァイスブルグンダー(以下ピノ・ブラン)は、いずれも14世紀に登場したと言われ、ピノ・ノワールと同様、ドイツワインを代表する品種である。近年ドイツでは、これら3品種をピノ・トリオと呼ぶこともある。

ピノ・グリはドイツにおいて、1711年以後、ファルツ地方を中心に栽培面積を広げた。同地方では、現在も、ピノ・グリ(2015ha)の方がピノ・ノワール(1706ha)よりも栽培面積が広い。ピノ・ブランはモーゼル地方の石灰岩土壌の畑などで栽培されてきた。

ドイツでは、ピノ・ノワールの別の変異種である、シュヴァルツリースリング(以下ピノ・ムニエ)とフリューブルグンダー(以下ピノ・ノワール・プレコレ)にも出会う。ピノ種とホイニッシュ(グーエブラン)の自然交配種に目を向けると、19世紀初頭以降、オーセロワが栽培されており、 1994年にはシャルドネの栽培が認可された。オーストリアほどではないが、ピノ・ノワール系のサン・ローランも見つかる。ピノ種のワインの全体像は、少なくともフランスとドイツ両国を俯瞰しないと見えてこない。

統計を見ると、ドイツがリースリング大国であると同時に、ピノ大国であることがよくわかる。ピノ種の栽培地域はすべてのワイン産地に及び、面積はトータル3万785ha(2021年)に達し、リースリング(2万4318ha)を超えている。世界的に見ても、ピノ・ブラン(6062ha)の栽培面積は第1位、ピノ・グリ(7698ha)はイタリア、米国に次いで第3位、ピノ・ノワール(1万1602ha)もフランス、米国に次いで第3位である。過去20年のピノ種の栽培面積の伸び率も著しく、ピノ・ノワールは25%増、ピノ・グリは278%増、ピノ・ブランは234%増、3品種トータルで74%増となっている。一方、リースリングの伸び率は約10%だ。

ドイツのピノ・ノワールは、大きく分けてステンレスタンクで醸造し、フルーティさを活かしたもの、伝統を継承し、オークの大樽で醸造するもの、ブルゴーニュの醸造法を踏襲し、オークの小樽で熟成させるものがあり、多様性ゆえにあらゆる嗜好に応えられる。複数の料理を交互に楽しむ日本の食卓には、ドイツの軽快なピノ・ノワールが活躍することも多い。例外もあるが、バーデン地方は重厚め、ファルツ地方以北はよりエレガントなスタイルだ。バーデン地方には古来ピノ・ノワールの栽培に適したスポットが多く、ドイツのピノ・ノワールのおよそ半分が栽培されている。

ピノ・グリはかつてルーレンダーと呼ばれ、甘口に仕立てるドイツならではのスタイルがあったが、現在ではほぼ姿を消し、辛口が主流となった。ドイツのピノ・グリは、イタリア北部の軽快なピノ・グリージョよりもややアルザススタイル寄りの凝縮感があるものが多い。

ドイツのピノ・ブランは軽快なものから、重厚なものまで幅広く、長期熟成する逸品も多い。ドイツ独自のシャルドネとのアッサンブラージュも造られている。

現在ドイツは伝統製法のゼクトに挑戦する醸造家が増加傾向にあるほか、ロゼやスティルワインのブラン・ド・ノワールの人気が高い。ピノ種はこれらのワインに使われる主要品種としても注目を集めている。

続いて、ピノ種の主要産地であるファルツ地方とバーデン地方の醸造所の現在をレポートする。

■ナイス醸造所
ファルツ地方北部、キンデンハイム


ナイス醸造所の拠点であるキンデンハイムは、ファルツ地方最北部、ラインヘッセン地方との境界地域にある村だ。オーナー醸造家、アクセル・ナイスの案内で、まずフォーゲルザングと呼ばれる見晴らしのよい畑に向かった。

標高200メートル、周囲に森がなく、風にさらされる畑は、いまや貴重な冷涼スポットだ。一帯の土壌は粘土が混じった石灰岩。石ころが多いグロッケンシュピールと呼ばれる区画からは、醸造所最高峰のピノ・ノワールが生まれる。フォーゲルザングでは、ピノ・ノワールより成熟が約2週間早いピノ・ノワール・プレコレも栽培され、ちょうど収穫が始まっていた。

1959年に両親が興した醸造所をアクセルが継いだのは97年のこと。当初からピノ・ノワールにもっとも力を入れてきた。ドイツのヴァインズベルク研究所が選別した、マリアフェルドを始めとするドイツ・クローンに加え、20年前からはディジョン・クローン(777)も栽培している。ディジョン・クローンに関しては、樹齢10年を超えた頃から、ようやく品質に自信がもてるようになったという。しかし彼は、近年の極端な気候変動に対処するには、従来のシングルクローンの畑では限界があると気づき、新たに入手した畑では、7種類のクローンを混在させている。「ドイツワインはかつて温暖化の勝ち組と言われたが、もう、そうは言えない状況だ」。

アクセルの畑は樹齢が高い。醸造所を継いだとき、自らが理想とする畑づくりに取り組み、まず畑に投資したのは正しい判断だった。70年代に父親が植えたブドウも状態がよく、3カ月も雨が降っていないとは思えないほど、畑は青々としている。

試飲した2017年と2016年のグロッケンシュピールのピノ・ノワールは、いずれも冷涼さを感じるエレガントなワインだ。単一畑フォーゲルザングの一区画であるグロッケンシュピールはそこだけ石が多く、際立ったワインができ上がる。

ドイツではいま、シャルドネが存在感を増しているという。アクセルは「シャルドネは天候に関わらず、収穫期のコンディションが非常によい。成熟のタイミングのよさを理由に、シャルドネの栽培が増えている。シャルドネ人気は実用的なアプローチゆえだと思う」と分析する。

アクセルはブルゴーニュスタイルの赤のほか、シャンパーニュで修業した経験から、伝統製法のゼクト、スティルワインのブラン・ド・ノワールを醸造し、ピノ・ノワールの持ち味をさまざまな形で表現しようとしていた。

■ベルクドルト醸造所
ファルツ地方中部 ノイシュタット=ドゥットヴァイラー


続いて、ファルツ地方の中央に位置する村、ドゥットヴァイラーのベルクドルト醸造所を訪れた。もと聖ランプレヒト修道院の醸造所で、1290年の古文書に修道院の名が登場するという。ベルクドルト家が修道院醸造所を継いだのは1754年。中庭で迎えてくれたライナー・ベルクドルトは8代目、現在ワイン造りに取り組んでいるのは、長女のカロリンだ。

ベルクドルト醸造所の個性は、ピノ・ブランにフォーカスしていることだ。VDP(ドイツ・プレディカーツワイン生産者協会)醸造所であり、エステートワインから、村名、一級畑、特級畑の4ランクのピノ・ブランを生産している。「僕の祖父のフリードリヒが、第二次大戦後に集中的にピノ・ブランを植えたんだ。ほかの醸造所はどこも、こぞってジルヴァーナーを植えていたというのにね」。ピノ・ブランは現在、同醸造所のブドウの30%を占める最重要品種となっている。フリードリヒは、石灰岩の堆積土壌であるレス土とピノ種の相性のよさを確信し、ファルツ地方はきっといつかピノ種の大地となるだろうと確信していたのだろう。

ライナーの話を聞きながら、2005年、10年、19年、20年の特級畑マンデルベルクのピノ・ブランを垂直試飲し、ピノ・ブランがかくも美しく熟成することを知った。ステンレスタンク醸造の05年と10年も、スパイシーさが感じられ、果実味はまだ生きていた。

ライナーは90年代にドイツ・バリック・フォーラムのメンバーとしてフレンチオーク樽を導入した、バリック使い手の草分けだ。4年前からはトノーも使い始めた。現在、マンデルベルクのピノ・ブランはおよそ3分の2をステンレスタンク、2分の1をトノーで熟成している。

この日はお目にかかれなかったが、カロリンはすでにワイン造り10年のキャリアをもつ。彼女はオーガニック認証を得て、フレンチクローンを導入するほか、伝統製法のゼクトにも力を入れている。15年産のフルクサス・ブリュット・ナチュールはシャルドネとピノ・ノワールのアッサンブラージュで、瓶熟5年を経てリリースされる。清冽な味わいのゼクトは、近年、専門誌などで高く評価されている。

Text & Photo : Junko Iwamoto