• Top
  • Column
  • ドイツワインのいま。ピノの新しい地平/後編〜ドイツ・ハンブル…

岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2022.12.23
column

ドイツワインのいま。ピノの新しい地平/後編〜ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.41

  • facebook
  • twitter
  • line

©Deutsches Weininstitut


■ドクター・ヘーガー醸造所
バーデン地方南部カイザーシュトゥール地域 イーリンゲン

ファルツ地方の南は、ドイツのワイン産地で唯一Bゾーンに属するバーデン地方だ。中でもヴォージュ山脈とシュヴァルツヴァルト(黒い森)に挟まれたカイザーシュトゥール(皇帝の椅子、の意)一帯はもっとも温暖だと言われる。もと火山地帯で、標高550メートルを超える山があり、ライン川沿いの平野にぽっかり浮かぶ島のようだ。ドクター・ヘーガー醸造所はこの島の南端のイーリンゲンという村にある。

創業は1935年。開業医だったマックス・ヘーガーが趣味で始めたワイン造りだったが、息子のヴォルフガングがドイツのトップクラスの醸造所に育てた。92年からは3代目のヨアヒムが品質に磨きをかけ、畑を拡張、商業ベースに乗せた。3年前からは長女レベッカとともに、さらなる品質の向上に努めている。

右からヨアヒム、レベッカ、カタリーナ。

カイザーシュトゥール地域のワインの個性は、ドイツではまれなレス土の混在する火山岩土壌の畑に由来する。中でもイーリンゲン村のヴィンクラーベルクと北側に接するアッハカレン村のシュロスベルクのふたつの畑は、岩が多く急傾斜で、地形的にも太陽の恵みを存分に享受する。

もと火山だったヴィンクラーベルクはVDPの一級畑、南西端にはヴィンケルンを始めとする特級畑が列を成す。石造りのテラス畑を眺望する戸外で、まず2019年産のピノ・ノワールを味わった。「ピノ・ノワールはピノ・グリとピノ・ブランの母のような存在」、と言うヨアヒム。彼にとっては何よりも大切な品種だ。彼の父ヴォルフガングは、ピノ・ノワールに比類なき情熱を傾け、1956年にブルゴーニュ、クロ・ド・ヴージョの複数のクローンをこの地に植えた。それはドイツにおける初めての、ブルゴーニュ・クローンのマッサール・セレクションの植樹だった。

特級畑のフォルダラー・ヴィンケルベルク、ヴァンネ、ヴィンケルン、シュロスベルクの4種類のピノ・ノワールは、各々の畑のミクロクリマを反映し、その個性を明瞭に表現している。樹齢60年以上のブルゴーニュ・クローンがもたらすヴァンネの研ぎ澄まされた味わい、ヴィンケルンに感じられるスパイシーさ、シュロスベルクの凝縮感など、いずれも感銘深い。続いて味わった19年産のピノ・ブランとピノ・グリもそれぞれの畑の個性を細やかに表現している。苗から樽まで、2世代が60年以上にわたって、徹底的にピノ種を探求してきた成果がボトルに込められていた。

■ベルンハルト・フーバー醸造所
バーデン地方南部ブライスガウ地域 マルターディンゲン


醸造所がある村、マルターディンゲンは特別な場所だ。この地にシトー会修道士がピノ・ノワールの苗を持ち込んだのは、700年以上も昔のことだった。かつて修道士が営んでいた醸造所があったという、まさにその場所にベルンハルト・フーバー醸造所はある。一帯は貝殻石灰岩の風化土壌にレス土と粘土が混ざる。ブルゴーニュと酷似する土壌にはフレンチクローンが多く植えられている。この地では長年、ピノ・ノワールは「マルターディンガー」と呼ばれていた。

創業者であり、卓越した醸造家だったベルンハルト・フーバーは、一代でトップクラスの醸造所としての名声を手中にしたが、2014年に55歳の若さで逝去した。今日なお、協同組合醸造所が支配的なバーデン地方で、勇気をもって組合を飛び出し、自らの信念をワインに表現したベルンハルトは、同地方の後続の醸造家たちにとって、天に輝く星のような存在だ。彼が1987年から30年近くかけて積み重ねた偉業は、現在息子のユリアンに引き継がれ、さらに磨き上げられている。

ユリアンとスタッフのイケム・フィーハウザー。

90年代に、ベルンハルトを何度か訪ねたことがあるが、あの頃もいまも、畑ではブドウの一房一房が宝石のような輝きをもって成熟の時を迎えている。完璧なブドウは彼らのワインの有り様を語っている。

今回試飲したのは、2020年産のピノ・ノワール。そのいずれにも引き込まれた。樹齢45年だというアルテ・レーベン(古樹の意)のスパイシーさ、20年前にベルンハルトが植えたという、ケンドリンゲンにあるVDP一級畑アルテ・ブルクは品のよいベリーとカカオのニュアンスが魅力的。

特級畑では、マルターディンゲン村のビーネンベルクの果実味と酸味、タンニンの精緻なバランスに魅了される。ヘックリンゲン村のシュロスベルクは傾斜度70%。陽光にさらされるため、清涼感を出すためにキャノピーを低めにしているという。森に近いボンバッハ村のゾマーハルデは標高300メートル。土壌に鉄分が多く、夜間は冷涼。硬質で研ぎすまされた味わいだ。

最後に試飲した20年産シャルドネのアルテ・レーベンは、豊かな果実味とスモーキーな鉱物感をもつ骨格のあるワインだった。

「パンデミック中は、各々の畑の性格をさらに詳しく知るためのチャンスだった。それは学びの期間だった」と語るユリアン。21年にはオーガニック認証も受けた。さらに土壌に精通した彼が将来、飲み手にどのような世界を見せてくれるのか、目が離せない醸造所だ。

■ライネッカー醸造所
バーデン地方マルクグレーフラーラント地域 アウゲン


バーデン地方をさらに南下し、フランス、スイスの両国と国境を接するマルクグレーフラーラント地域にある村、アウゲンに向かった。一帯はドイツではグートエーデル(シャスラ)の産地として名高いが、ピノ種は同地域の基幹となる品種だ。

1987年創業のライネッカー醸造所は伝統製法のゼクトに特化した造り手だ。アウゲン村のシェーフとレッテン、フォイアーバッハ村のシュタインゲッスレ、イシュタイン村のキルヒベルク、バーデンヴァイラー村のレーマーベルクの5つの畑を所有する。まだあまり広くは知られていない畑だが、ポテンシャルは非常に高い。 ピノ・ノワールとシャルドネを中心に、ムニエ、ピノ・ブラン、ソーヴィニヨン・ブランなどを栽培している。

創業者のヘルベルト・ライネッカーは、ゼクトの生産設備をもたない小規模の醸造所のために、ベースワインをゼクトに仕上げる工程を請け負う委託生産の醸造所を設立、約150醸造所を顧客にもつ。各醸造所の委託本数は400本~2万本だ。ヘルベルトは顧客のゼクトを生産する一方で自社ゼクトにも取り組み、試行錯誤を繰り返していた。

彼が「自信をもって市場に出せる」と思えるゼクトができるようになったのは、創業から30年以上経ってからのこと。マーケティングを担当する長女のカトリンは「2014年産が、私たちのファーストヴィンテージだと言える」と語る。以来、ヘルベルトのゼクトは評価が高まる一方だ。現在では長男のステフェンとともに高品質のゼクト造りに取り組んでいる。

ヘルベルトは、すべてのゼクトを、通常のヴィンツアーゼクトより基準の厳しいドイツ式クレマンの基準で醸造している。オリジナルゼクトは5種類。バーデン・クレマン・ブリュットはピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・ブラン、ソーヴィニヨン・ブランのブレンド。ライネッカーらしいハウスブレンドだ。瓶熟は1年でフレッシュさ、フルーティさを生かした。

ロゼ・ブリュットを構成するのはピノ・ノワールとシャルドネ。ほのかなロゼ色は1、2%のメルロを加えて出した。風味が重くならないように、スキンコンタクトによる色素の抽出を避けたのだ。

ブラン・ド・ブランはシャルドネ100%。ヘルベルトは1999年以降、シャンパーニュ、アイ村の業者から苗木を取り寄せ、アウゲン村のもっとも優れた区画で栽培している。

シュタインゲッスレ・ピノ・ノワール・エクストラ・ブリュットは単一畑のゼクト。ピノ・ノワール100%のベースワインはすべてバリックで醸造、瓶熟は2年半。火山土壌の個性が生かされた深みのある味わいだ。

キュヴェ・レゼルヴ・ブリュットはシャンパーニュの3品種のブレンドでこれもベースワインはすべてバリックで醸造。リザーヴワインも20〜30%使用し、瓶熟は最低3年。清冽な風味に感銘を受けた。

■ツィアアイゼン醸造所
バーデン地方マルクグレーフラーラント地域 エフリンゲン=キルヒェン


アウゲン村からさらに南下し、エフリンゲン=キルヒェン村に向かった。ピノ・ノワールの聖地ブルゴーニュまでの距離はさらに短くなる。

ハンスペーター・ツィアアイゼンの経歴はユニークだ。両親は農業と畜産業を営み、協同組合にブドウを卸していた。彼自身は木工職人になり、工房を運営していたが、あるときニューワールドのワインに出会ってのめり込み、醸造家に転身、新たなスタートを切ったのは1991年だった。彼は、地域特有のグートエーデルとピノ・ノワールにとくに情熱を注いできた。いまやハンスペーターは、存在感のある魅力的なワインを生み出す優れた造り手として、世界的に知られている。

ツィアアイゼン家の畑のほとんどが南向きの傾斜のある単一畑エールベルクにあり、分散する区画の大部分を所有する。土壌はジュラ紀オックスフォーディアン期の石灰岩でレス土と粘土が混在、標高は500メートルに達する。ワインは各区画の位置、標高、樹齢、土壌の性質など、あらゆる条件を考慮し、彼自身が考えた格付けに基づいて醸造され、多彩で深遠な表情を引き出すことに成功している。格付けは品種名を冠した日常向けのワイン、区画別のプレミアム・ワイン、そしてヤスピスの3段階。ヤスピスとは畑でときおり見つかる碧玉(ジャスパー)のことで、優良年だけに造られる特別なワインをそう名付けている。

訪れた日は、2019年産のピノ・ノワールのプレミアムワインとヤスピスを中心に試飲した。プレミアム・ワインは区画名から名付けられたチュッペン、タールライン、シューレン、リニの4種類。イチゴやラズベリーのニュアンスが感じられるチュッペン、スパイシーで濃密なタールライン、果実味が濃厚で印象的なシューレン、骨格のしっかりしたリニという風に、それぞれが異なる表情を見せてくれる。

ブドウの状態を見ながら、全房圧搾の比率を変え、発酵にも熟成にも充分すぎる時間をかける。中でも、シュヴァルツヴァルトにもっとも近いタールラインは地層が特殊で、秀でた畑だという。続いてヤスピスの19年、17年を味わった。プレミアムよりも凝縮感がありながら、凛とした冷涼感ある味わいはテロワールの恵みだろう。

ハンスペーターはすべてのワインにおいて、 品質保証番号(AP番号)を取得せず、ラントヴァインとしてリリースしている。検査機関がいまなお、地域の典型的なワインだけを合格させているからだ。彼のワインはスケールが大きく、ブルゴーニュやニューワールドのワインと対等に語られる。彼は制約よりも、表現の自由を選択したのだ。

Text & Photo : Junko Iwamoto