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山田マミ

日本在住/ワインフィッター®/
La coccinelle 代表

フランス留学をきっかけに、ワインとの出会い。フレンチレストラン店長、ワインインポーター、webワインショップのライターを経て独立、2013年よりワイン販売業を開始。これまでになかったワインの職業名【ワインフィッター®】を商標登録。企業向けワインイベントのプロデュースや、店舗をも持たず在庫を持たず、お一人おひとりのニーズに合わせた全く新しいシステムのワイン小売販売を行っている。自身の経験を生かし、ワインフィッター®という新しい働き方の普及にも力を注ぐ。 https://www.lacoccinelle-vin.com/

2020.04.20
column

【連載 第9回】CAVE D’OCCI 掛川 史人 × JULIA 本橋 健一郎 ゼロから挑むシードル造り 〜スライダーに捧ぐ味を求めて〜 『シードルを考える』プロフェッショナル座談会

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ついにこのプロジェクトにおける初めてのシードルが瓶詰めされたことは本誌98号誌面でもレポートしたとおり。醸造家 掛川史人とソムリエ 本橋健一郎が出した答えは、プロジェクトスタート当初は誰も予想しなかった「スティル」、つまり泡なしのシードルの完成だった。

瓶詰めをしたのが1月。そこから数カ月間の瓶内熟成を経てリリースを待つわけだが、スパークリングタイプに比べて瓶内での状態変化も大きいと思われるスティルタイプ。さて、リリースの頃にはどんな味わいへと変化しているのか? ふたりが完成の安心感に浸るのはまだまだ先になりそうだ。

掛川と本橋にとってはリリース後の市場の反応が気になるところ。そこで現在のシードル市場を最前線で担う専門家たちと「日本におけるシードル市場のいまと未来」について意見交換の場を設けたいと考えた。迎えたのは各方面で活躍するプロフェッショナルたちばかり。

【Virtus Wine(ウィルトス ワイン) オーナー 中尾 有】
東京・神宮前のワインショップ。一般向けにワイン、シードルの小売販売業とレストラン向けの酒類卸業を行なう。シードルの取り扱い種類は都内でも随一。自身も大のシードル好きを公言する。
https://www.virtus-wine.com/

【株式会社カンマッセいいづな 執行役員 福田恵美】
数々の有名洋菓子の商品開発、ブランディングの経験を生かし、長野県飯綱町で地域商社を立ち上げる。リンゴ農家やメーカーと連携してりんごスイーツコンクールを開催するなど地域創生に努める。2020年4月より株式会社サンクゼール勤務。

【inCiderJapan合同会社 代表 リー・リーブ】
イギリス出身、日本在住18年。日本初のシードルフリーマガジン「inCiderJapan」を発行。世界中のシードル事情に精通し、各国で開催されるシードルカンファレンスへの出席も多数。今年シードルの自社輸入もスタート。公私ともにパートナーである真依子氏が通訳を務める。
https://www.japancidermarket.com

【Book Road 〜葡蔵人〜ワイナリー 醸造家 須合美智子】
東京4軒目のワイナリーとして2017年11月にオープン。国産ブドウ100%にこだわり日本各地からブドウを買い付け台東区の一角で醸造する都市型ワイナリーの醸造責任者。シードル造りは今年3回目の挑戦。
http://bookroad.tokyo/

(順不同・敬称略)

上記4名のゲストと、掛川、本橋、そして本橋の経営するレストランJULIAからシェフのnaoとソムリエの渡辺陸が加わり、農家と地域創生コンサルタント、ワイナリー、小売業と卸業、輸入業とメディア、料理人、ソムリエと、じつにさまざまな分野の専門家たちによる座談会がスタートした。

日本のシードルは
みな同じ味?

まずは誰もが気になる「シードルって売れますか?」という直球のテーマから議論が始まった。

中尾 シードル好きはともかく、ワインを買いに来た人にシードルを売るには正直努力が必要ですね。とくに日本のシードルは造り手の違い以外のバリエーションがあまりないので、僕らは売り分けにくいですね。

リー まさに僕が自社で輸入を始めた理由もそこにあります。日本の市場にあるシードルには味のバリエーションが少ない。海外のシードル関係者に日本のシードルを試飲してもらうと「上品だね」と品質的にはおおむね高評価を受けるものの「みな同じような味わいだね」というコメントはよく耳にします。

掛川 ワイナリーがシードルを造る理由のひとつとして、ワイン製造だけではむずかしい国税庁の定める最低製造数量の規定をクリアするためということもあり、こだわり抜いた個性的な味わいというより一般的に好まれる無難な味わいに仕上げる傾向があるのかもしれません。結果、差別化がむずかしくなりますよね。

中尾 たとえば甘口・辛口の違いはもちろん、ロゼ仕立てや一次発酵と二次発酵の違い、収穫時期の違いでシードルを造り分けている国内の生産者もいます。むずかしい違いじゃなくてもおもしろいコンセプトや日本ならではという着眼点が見えれば売りやすいですね。

リー 海外のシードル関係者に「日本のシードルに足りないところはなんですか?」と聞くと、シードル自体の品質や原料リンゴの品質、醸造技術が劣っているという回答は皆無で、足りないものは「経験」だと言います。経験が増えることでワイナリー、クラフトビール醸造所、シードル専門醸造所がそれぞれ「らしい」シードル造りに辿り着き、結果バラエティー豊かな市場になるのだと僕は予想しています。

須合 私は造り手としていまのお話しを伺って、今年はあれこれ挑戦してみようと思いました。そして「自分が飲みたいもの」を造り続けたいと思っています。

リー それがいちばんですね!

日本のリンゴは
シードル造りに向かない?

国産シードルの原料は「ふじ」や「シナノゴールド」など生食用のリンゴが主流である一方、海外産のものは品種改良を加えていない原種に近い品種が多い。ではシードル造りに向く品種というものが存在するのだろうか? という議論も白熱した。

福田 英国王立園芸協会とご縁のあった長野県飯綱町には、さまざまな外国品種のリンゴの樹があります。生食よりも加工用に向くものもあり、どれがシードルに向くか農家さんも知りたがっていると思います。

生食用リンゴの畑作業は手間がかかり、高齢化が進むリンゴ農家は後継者がいなくて廃業する例も出てきています。新規就農でもリンゴよりシャインマスカットのような販売単価の高い作物を志向したり。もし、手間をかけずに栽培できる加工用リンゴの需要があり、それなりの取引額で経済的な安定が見込めるならばリンゴ農家の存続につなげることができるのではと感じています。

掛川 でも仮にシードルに向く品種が分かって「さぁそれを植えよう!」としてもその成果が10年後ではむずかしいですよね。たとえば僕らがこのプロジェクトのはじめに農家訪問で出会った「摘果」は廃棄されるリンゴを利用しようというアイディアですが、逆に生食用リンゴの摘果の手間すらかけない「無摘果リンゴ」はほどよい大きさで成長が止まり、その酸と糖度のバランスはシードル造りに向くかもしれない。つまりはいまあるもので即時、短期的に変えられる要素を見つけて挑戦して、実際に利益を生み出す可能性を追求することが大切だと思います。

農家さんが潤う、廃棄が減る、手間とリスクが減る、造り手も嬉しい、お客様も嬉しい、という理想的な仕組みがいまあるものの工夫から得られるかもしれないのが、このシードルプロジェクトのおもしろさでもあります。

リー 掛川さんの意見に大いに賛同します。まさにカリフォルニアがそうでした。40〜50年前まで広がっていたリンゴ畑は当時ワインブームの訪れによって伐採されピノ・ノワールなどのブドウ畑に変わりました。

そして近年シードルブームが訪れてシードル造りに向くとされるイギリス系のリンゴの樹が再び植えられましたが10年後、思うような結果は得られませんでした。そののち試行錯誤の結果、グラベンシュタインというその土地の古来品種を見つけ、非常に高品質でローカルな味わいのシードル造りに成功しています。

世界的にみてもローカル品種でシードル造りというのは潮流です。僕はイギリス出身なので、長らくシードル造りには本場であるイギリス系のリンゴ品種が最適な原料だと思い込んでいましたが、いまその考えはまったくありません。

もっとシードルを
知ってもらうには?

ワインやクラフトビールに比べてまだまだ未開拓なシードル市場。さらに消費者の認知度アップを目指すならば、こだわり抜いたリンゴ果汁100パーセントの高品質なものを造るべきか、はたまたほかのフルーツ果汁を混ぜるなどキャッチーなシードルを造るべきか? 座談会の後半はこの議題に多くの意見が飛び交った。

中尾 ワインのように品種の違いなどの理解が消費者に深まるには時間がかかるしむずかしい。フレーバーの違いなどのわかりやすい商品はありだと思います。造り手さんには本格的なものと同時に自由なイマジネーションでポップなものも造ってもらって、いろんなカテゴリーが生まれたらおもしろいですね。

渡辺 日本酒もいままで「純米吟醸」「辛口」など本格的なイメージがあったなか、飲みやすいヒット商品が出てきたことによって認知が広がった瞬間がありました。ソムリエとして消費者にそういう入り口商品を提供することは大切かもしれませんね。

掛川 海外ではほかの原料の添加はどれくらい認められているのですか?

リー シードル造りにおける添加物の比率は世界でも盛んに議論されていて、リンゴ果汁100パーセントであるべきと訴える生産者団体もありますが、いま世界的には51パーセント以上のリンゴ果汁というのが主流です。また、たとえばアメリカではホップを使っているものは「ホップサイダー(シードル)」であってリアルサイダーとは分けていますがそのカテゴライズにも10年くらいかかりました。さまざまな商品が生まれて、その都度議論されていくことで市場が成熟するのだと思います。

中尾 掛川さんと本橋さんが造ったスティル(泡なし)シードルも、海外ではあるカテゴリーだけどまだ日本だと「これ、泡がないですよ!」って最初はクレームになるかもしれませんね(笑)。

本橋 僕は絶対スティルにしたかったんですよ! 食中酒として楽しんでもらいたいから泡がない方がよいと考えましたが、何より大事にしたのはやっぱりインパクトです。「え? 泡ないの?」という驚き。レストランで非日常を演出する僕たちソムリエは、その商品のストーリー、驚き、感動の伝え手です。それによっていままでシードルを手に取ったことのない人が興味をもってくれた嬉しい。

Nao このスティルシードルなら白ワインのようにどんなお料理にも合うかと思います。家庭料理との相性もよいし、気軽に飲む人が増えたらいいですね。

10年前の
日本ワイン市場に似ている?

最後に、掛川はこう締めくくった。

掛川 現在のシードル市場は、いろいろな意味で10〜15年前の日本ワインの黎明期に似ていると感じています。摘果、無摘果、品種、カテゴライズなどさまざまな視点から議論がなされたり、クリティカルなヒットが生まれたりすることでたくさんの人の幸せが生まれたらいいですね。
自分たちがモノづくりをすることで、新たな常識や可能性の扉が開いたらおもしろいと思いませんか!? 2年目のシードルプロジェクトにはここにいる皆さんはもう巻き込みましたからね、一緒に楽しいことやりましょう!(笑)

ふたりの純粋な情熱とやんちゃな好奇心はさらに多くの心強い協力者たちを巻き込んで、シードルプロジェクト2年目はまた誰も予想しない結果を迎えるに違いない。

【お詫び】
4月21日(火)に開催予定の「シードル完成! お披露目試飲会 & 掛川史人 ✖️ 本橋健一郎トークLIVEイベント」は、新型コロナウイルス感染防止策による東京都の緊急事態宣言を受け、無期限の延期という決定をいたしました。

また、完成したシードルにつきましても盛大な乾杯のときまでリリース自体も延期とさせていただきます。中止ではなく、感染収束の頃合いをみて必ず開催をいたします。それまで、まずは何より皆様のお健やかな日常を心から祈念いたしますとともに、最高の笑顔で乾杯のときを迎えられる日を心から楽しみにしております。

シードルプロジェクトメンバー 一同

Text & Photo : Mami Yamada