岩本順子 Junko Iwamoto
ドイツ在住/ ライター・翻訳家
ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com
「オーストリアの個性派ワイン1 ウーフードラー」〜ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.26
日本やブラジルでは、ヨーロッパ系品種以外に、米国系品種やハイブリッド品種のブドウからもワインが生産されているが、欧州でもわずかながらそのような例がある。ドイツでは現在、ピーヴィー(PiWi)と呼ばれるカビ菌に耐性があるハイブリッド品種がオーガニックワインの生産者の間で浸透し始めているし、オーストリアには150年前から造られている「ウーフードラー(Uhudler)」というワインの伝統がある。2011年にスローフード協会のプロジェクト「Ark of Taste」が「絶滅」の恐れがある「味わい」に認定し、保護しているワインだ。
ウーフードラーの産地は、高品質のブラウフレンキッシュを生み出している南部ブルゲンラント地方だ。同地は09年にアイゼンベルクDAC(515ha)に指定され、グリーンスレート、千枚岩、蛇紋岩など土壌が多岐に富むことでも知られる。アイゼンベルク地域の南端のギュッシング、イエナースドルン、ハイリゲンブルン、モッシェンドルフなどの村々がウーフードラーの故郷だ。
ウーフードラー用の品種はドイツ語ではまとめて「自根・ハイブリッド種(Direktträger-Hybrid)」と呼ばれる。赤ワイン用品種にはコンコード、リポテラ(コンコードと同一とされることも)、イザベラ、デラウェアなどが、白ワイン用にはノア、エルヴィラなどがある。通常リリースされるものの多くはゲミッシュター・ザッツ(混植混醸)なので、できあがるワインはさまざまな色調をもち、カシスなどのベリー系の香りと、マスカットなどの食用ブドウを連想させるみずみずしい風味にあふれている。
さまざまな文献に、ウーフードラーは米国系品種由来の「フォックス香」「フォクシーな香り」をもつと書いてあり、その特有の香りをネガティブに捉える傾向があるが、後述する今回試飲した5種類はどれも、摘みたてのラズベリーなどのベリー類、搾りたてのブドウジュースのような爽やかな香りが支配的で、ネガティブな印象はなかった。ウーフードラーは、ヨーロッパ品種のワインと比べたりせず、単独で味わえば充分に楽しめるワインだ。いずれの品種もフィロキセラに耐性があるだけでなく、ペロノスポラ(ベト病)やオイディウム(ウドンコ病)にも強く、オーガニック栽培どころか、無農薬栽培も可能だ。
歴史に翻弄されたワイン
オーストリアにフィロキセラが来襲したのは1869年、接ぎ木法が実践されるようになったのは20世紀に入ってからだった。醸造家たちは当初、ブラックカラント(黒スグリ)でワインを造ってみたり、フィロキセラに耐性のある米国品種やハイブリッド種を導入してワインを生産し始めた。これがウーフードラーの始まりだ。
造り手たちは当初、米国系品種にヨーロッパ系品種と同等のおいしさを求め、両者の交配がいくつも試みられた。しかし成果は見られず、ウーフードラーは1936年に販売禁止となり、米国系品種の畑を段階的に減らすという政策がとられた。37年にはヨーロッパ系品種のワインとのブレンドも禁じられてしまった。
60年代に入り、ウーフードラーは「自家消費飲料」として限定的に認可されるようになったが、70年代になると生産量の上限が設けられ、80年代半ばには、法律上「ワインに類似する飲料」と定義され、品質検査に合格しなかった質の悪いワインと同等の扱いを受けた。やがて「自家消費飲料」としての生産も禁じられ、大量のウーフードラーが廃棄処分された。
しかし89年に発足した「ウーフードラー友の会」の活動が功を奏し、ウーフードラーは92年から再び生産が可能になり、法的にもワインとして認可された。歴史に翻弄されたものの、ウーフードラーの150年の伝統は守られたのである。
ウーフードラー・
フリザンテが人気
昨年の秋、ライタベルクDACとアイゼンベルクDACの合同試飲会の会場で、アイゼンベルクの造り手たちと話をしていたとき、話題がウーフードラーへと発展し、最近ウーフードラーがずいぶんおいしくなっていること、中でもスパークリングワインが好評であることを知った。この日のテイスティングで、ブラウフレンキッシュのおいしさが印象的だったヤリッツ醸造所(Weingut Jalits)、グロッス醸造所(Weingut Grosz)そしてポラー醸造所(Weingut Poller)から、後日それぞれのウーフードラーを取り寄せてみた。
アイゼンベルクの北西、バーダースドルフにあるヤリッツ醸造所では、00年から5代目のマティアスがワイン造りに取り組んでいる。マティアスはホテル専門学校を卒業後、外食産業の分野で働いていたが、アイゼンシュタットの醸造専門学校で学び、それまで副業として営まれていた実家の醸造所を継ぎ、専業化した。
マティアスが造るアイゼンベルクDACのブラウフレンキッシュはいずれも、凝縮感がありながら繊細な品のよさをもつ。中でもスレート土壌のサパリー(Szapary)は繊細な果実の風味とスパイシーな風味が融合し、味わい豊かなワインだ。
ウーフードラーはフリザンテ(パールワイン)だけをリリース。使用品種は樹齢25~50年の無農薬栽培のリパテラのみ。もぎたてのブドウの爽やかな風味とハーブの風味が漂い、清涼感あふれる味わいだ。
アイゼンベルクの南、ガースにあるグロッス醸造所の3代目アンドレアスは当初、金融関係の仕事に従事していたが、13年に醸造家になることを決意、17年にウイーンの専門大学で醸造学を修め、19年に実家の醸造所を継いだばかりだ。
グロッス家では、アンドレアスの両親が醸造所元詰めを始めていた。彼のブラウフレンキッシュ、アイゼンベルクDACとアイゼンベルクDACリゼルヴァはいずれも直線的な味わいで好印象だ。彼のウーフードラーはグロッセッコ(Groszecco)と名付けられたフリザンテとスティルの2タイプ。いずれもコンコードを主体に、エルヴィラ、デラウエアを少量ブレンド。樹齢は8~40年でやはり無農薬栽培だ。
グロッセッコはハーブ系の涼しげな風味、ウーフードラーはベリー系の風味と清々しいハーブ系の風味が重なる爽やかな味わいのワインだ。
アンドレアスの父親はウーフードラー友の会の設立メンバーのひとり。友の会会員のウーフードラーは、ラズベリーやワイルドベリーなどの典型的な風味をもち、官能検査と化学分析検査に合格すれば、伝統的な素焼きのピッチャーを模したロゴの使用が認められる。
アイゼンベルクの南隣にあるドイチュ・シュッツェンのポラー醸造所を率いる8代目のヘルムートは、注目の若手醸造家のひとりだ。アイゼンシュタットの専門大学で栽培と醸造を学び、02年から実家のワイン造りに従事、10年に醸造所を継いだ。
彼のアイゼンベルクDACのブラウフレンキッシュは果実味にあふれ、しなやかだ。ヘルムートのウーフードラー2種(フリザンテとスティル)はいずれもリパテラ100%。樹齢は25年。
フリザンテは爽やかなチェリーやグーズベリー、レッドカラントのピュアな風味がイキイキと表現されている。スティルもチェリーやレッドカラントなどの果実味が豊かで、引き締まった味わいだ。
試飲したウーフードラーはいずれも生の果実を感じる、気軽に楽しめる軽快な夏向きのワインだ。フリザンテの登場、完全無農薬栽培が可能であるなど、歓迎すべき要素もある。最近ではメディアにおいても「カルトワイン」と言われ、再発見され始めているところだ。
<ワイナリー>
Weingut Jalits / Badersdorf
Mathias Jalits
www.jalits.at
Weingut Grosz / Gaas
Andreas Grosz
www.weingut-grosz.at
Weingut Poller / Deutsch-Schützen
Helmut Poller
www.weingut-poller.at
<ウーフードラー友の会>
Verein der Freunde des Uhudlers
www.uhudlerverein.at/de/uhudler/verein/
Text : Junko Iwamoto