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柳忠之

日本在住/ワインジャーナリスト

ワインジャーナリスト。ワイン専門誌記者を経て、1997年からフリー。専門誌のほか、ライフスタイル誌にもワイン関連の記事を寄稿する。ワイナート本誌ではおもにフランス現地取材を担当。

2020.07.03
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岩の原葡萄園 創業130周年記念トークLIVE 岩の原、登美の丘、塩尻 3ワイナリーの造り手がマスカット・ベーリーAの魅力を語る

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日本におけるワイン用ブドウの父、川上善兵衛が越後高田(新潟県上越市)に「岩の原葡萄園」を拓き、今年でちょうど130年が経つ。これを記念して、サントリー傘下の3つのワイナリー「岩の原葡萄園」(新潟)、「サントリー登美の丘ワイナリー」(山梨)、「サントリー塩尻ワイナリー」(長野)の造り手によるトークLIVEが、5月30日、facebookのライブ配信機能を使って行なわれた。

川上善兵衛といえばマスカット・ベーリーA(以下、ベーリーA)。冬は雪深く、夏は雨の多い越後高田では、欧州系のワイン用ブドウはうまく育たない。そこで日本の気候風土にあったブドウを生み出すべく、善兵衛はメンデルの遺伝法を応用し、1922年からブドウの品種改良に着手した。5年後の1927年、ベーリーを母、マスカット・ハンブルグを父として交雑の試みられた品種がマスカット・ベーリーAだ(初の結実は1931年)。

今回のトークLIVEは、3ワイナリーの造り手がベーリーAをテーマに語り合う内容だが、その前に、岩の原葡萄園の広報PR担当・今井圭介氏が岩の原葡萄園の概要を解説。その中で驚くべき事実が発覚した。

善兵衛はその生涯で1万を超える品種交雑を行なったとされ、そのうち22の品種を優良として世に送り出している。ベーリーAはもちろん優良22品種のひとつで、その中にはベーリーBも含まれており、実際にワインを味わったことはなくとも、Bの存在までなら知る人も少なくない。ところがじつは、マスカット・ベーリーC、ベーリーD、ベーリーEまで、善兵衛は交雑を試みていたそうな。栽培がむずかしかったのか、品質が劣ったためか、C、D、Eはついに日の目を見るに至らなかったという。

さて、トークLIVEに登場したのは、岩の原葡萄園から製造部技師長の上野翔、登美の丘ワイナリー栽培技師長の大山弘平、塩尻ワイナリー所長の篠田健太郎の3氏。それぞれブドウ畑やワイナリーの状況を説明のうえ、産地ごとのベーリーAの特徴について語ってくれた。

まずは岩の原の上野氏。「気温が高く、すくすく育っています。開花も間近です」と、ブドウ畑を見せながら第一声。岩の原のベーリーAは雪害対策もあり、背の高い棚仕立て。「(雪が降るので)寒いイメージですが、夏は40℃を超えることもあります。山梨のベーリーAは果肉がゼリー状ですが、岩の原は皮が厚く、果肉は固い羊かん状。ブドウの粒は大きめなのに、決して色が薄くはありません」。

LIVEトーク前に撮影した畑のビデオを見せたくれたのは、登美の丘ワイナリーの大山氏。9年前に植えられた、垣根仕立てのベーリーAの畑だ。「展葉10枚の状態。あと1週間くらいで開花が始まります」。ここでは凝縮感を高めるため、ひと房の大きさを300g程度まで抑える房作りも行なうという。「8月、9月の気温が高いので、明るく、爽やかなベーリーAができます。登美の丘は山梨でも生育が遅めで収穫は10月。収穫が遅いほどフラネオール(イチゴの芳香成分)が顕著に出るので、遅摘みの傾向です」。

塩尻ワイナリーの篠田氏は醸造施設を公開。3000ℓ、5000ℓの発酵タンクに熟成用のオーク樽も。「ベーリーAは樽との相性がよい」と篠田氏。フレンチオークの小樽(225ℓ)のほか、ここではミズナラ樽でもベーリーAを熟成させている。この樽はウイスキー用とは大きさも形状も内面の焼き方も異なる、ワイン用の特注品だそうだ。「塩尻は気温が低く、雨が少なく、日照時間は長い。粒が小さく、色が濃く、糖度は高い反面、夜温の低さからキレイな酸の残るベーリーAになります」。

続いて、3ワイナリーのベーリーAベースのワインを試飲。岩の原葡萄園は「有機栽培ぶどう100% マスカット・ベーリーA 2017」、登美の丘ワイナリーは「登美の丘ブラック・クイーン&マスカット・ベーリーA 2018」、塩尻ワイナリーは「塩尻マスカット・ベーリーA 2017」だ。

岩の原のワインはその名の通り、有機JISの認証を取得したベーリーA100%のワイン。一空き、二空き樽に、若干の新樽も使用して熟成させた。登美の丘の大山氏が、「自然発酵由来の複雑な余韻が感じられます。適切なグラス、温度でゆっくりと味わいたい」とコメント。塩尻の篠田氏は、「テクスチャーが柔らかく、優しい味わい。うま味があって、余韻が長い」と述べた。

登美の丘のワインは、ベーリーAと同じ川上品種のブラック・クイーン57%にベーリーAを43%ブレンドの上、樽熟成を施したワイン。大山氏によれば、ベーリーAは開花から収穫まで120~130日もの日数を数えたそうだ。「ブラック・クイーンの影響か、複雑でスパイシーな味わい。色調もかなり濃く、酸の厚みも充実」と印象を述べたのは岩の原の上野氏。塩尻の篠田氏は、「ジャムっぽいプラムのニュアンスに、きりっと締まる酸。すごく興味深い」とコメントした。

最後に塩尻のベーリーA。一部は全房で発酵させ、ガメイのように赤い果実の香りを引き出すのが特徴。樽熟成をしているが新樽はほとんど使っていないという。上野氏が「スパイシーですね」と一言。樽の影響を気にしていたが、スパイシーさは全房によるものかも。2017年に塩尻にいたという大山氏は、「ストーリーのある、リズムのあるワイン」とコメントした。

柔らかくチャーミングで、若いうちから楽しめる岩の原、ブラック・クイーンとのブレンドで、複雑さと酸のバランスがとれた登美の丘、ピュアな酸が輪郭を際立たせ、骨格もしっかりした塩尻と、三者三様のベーリーA。善兵衛が苦心の末に開発した日本固有の赤ワイン用品種は、産地ならではの特性を備えながら、日本各地ですくすくと育っている。

Text & Photo : Tadayuki Yanagi