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山田マミ

日本在住/ワインフィッター®/
La coccinelle 代表

フランス留学をきっかけに、ワインとの出会い。フレンチレストラン店長、ワインインポーター、webワインショップのライターを経て独立、2013年よりワイン販売業を開始。これまでになかったワインの職業名【ワインフィッター®】を商標登録。企業向けワインイベントのプロデュースや、店舗をも持たず在庫を持たず、お一人おひとりのニーズに合わせた全く新しいシステムのワイン小売販売を行っている。自身の経験を生かし、ワインフィッター®という新しい働き方の普及にも力を注ぐ。 https://www.lacoccinelle-vin.com/

2020.08.18
column

【連載 第12回】CAVE D’OCCI 掛川 史人 × JULIA 本橋 健一郎 ゼロから挑むシードル造り Season2  新たな挑戦のはじまり 掛川 史人、リンゴ農家を訪ねる

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シードルプロジェクト2年目がいよいよ始動。

新潟の人気ワイナリー「カーブドッチワイナリー」の醸造長である掛川史人と、ペアリングの名店として知られる東京・神宮前のレストラン「JULIA」のオーナーソムリエ本橋健一郎が、

『一緒にシードル、造っちゃおうか?』

というなかば軽いノリでスタートした1年目、案の定ノリでは済まないシードル造りの奥深さを目の当たりにした。掛川が醸造をし、本橋がブレンドの決定をした最終的な出来に一定の満足感を得たふたりではあったが、2年目は最終的な味わいの満足度以上にもっと本質的に意味のある、流通に携わる人々の意識や生活に変化をもたらすような活動に挑みたいとふたりは考えていた。

何がシードルの原料リンゴとして良質で、その収穫時期はいつが最適で、どんな醸造法が有効で、そして流通はどうあるべきか。ワイン以上に未開拓なシードル市場においてチャレンジの機会はあふれている。そのなかでふたりの挑戦はまったく意味をなさないものに終わるかもしれないが、後世に名を残すほどの先例となる可能性もある。

1年目に引き続き、決して成功は約束されていないドキュメンタリーとして、2年目もこのプロジェクトを追う。非常識が常識に、オセロが鮮やかに裏返るような瞬間を目撃するかもしれない。

もっと本質的に
意味のあること


長年ワイナリーの醸造長を務める掛川にとって、シードルもワイン造りと同じく、本質的なことといえばやはり「原料」だ。シードル造りのための理想的な原料リンゴとは?

このプロジェクトでたびたび掛川が口にする「いまのシードル造りの現状は、日本ワインの初期の頃に似ている」という言葉。原料に関していえば、かつて生食用ブドウとしてはじかれた原料が加工用として多くワイン造りに利用されていた当時を思っているのであろう。現在では良質のワインを造るための専用ブドウが丁寧な畑仕事によって作られることは珍しくないが、シードル造りの現場ではいまだその光景を目にすることはないに等しい。

だからといって、日本ワインの歴史が辿ってきたように数十年もかけて、シードル用に良質なリンゴ品種の研究、植樹、栽培に取り組むのか? 掛川はこうも言う、「いまあるもので即時、短期的に変えられる要素を見つけて挑戦して、実際に利益を生み出す可能性を追求することが大切」。

いまあるものの工夫から農家が潤う、造り手も嬉しい、お客様も嬉しい、という理想的な仕組み作り。掛川が1年目のシードル造りを通して感じたこのプロジェクトの可能性と2年目のテーマはそれだった。

農家の理解と
連携の強化

「原料」にこだわる2年目に必要なのは、さらなる農家の理解とコミュニケーション。6月初旬、コロナ禍ではあったが電話やメールではなく訪問を切望した掛川は、大人数の移動は避け新潟からひとり車で長野へ向かった。訪問したのは1年目にも原料を提供してくれた小林果樹園。

昨年も訪れた畑にはイチジクほどの大きさのリンゴが青々となっていた。昨年の訪問は7月後半だったため、摘果で落とされた小さなリンゴたちが地面を覆い尽くしていたが、まだその光景は見られなかった。

掛川 この畑の摘果作業はまだですか? どれくらいのリンゴがこれからの摘果で落とされるんですか?

小林 摘果作業自体はほかの畑からすでに始まっています。リンゴは6月から7月あたりまでに来年の養分が決まるので、それまでにいかに実を落としておくかが重要になってきます。摘果は、ひと株に5つずつなる幼果のうち基本的には中心のひとつだけを残してあと4つは落とします。これが1番摘果。さらにその後、2番摘果、3番摘果と傷んでいるものや形の悪いものが落とされるので、最終的に約9割の実は落とすことになります。

掛川 そんなに……。残された1割のリンゴは糖分と水分が多く生食用としては「甘くてジューシー」なおいしいリンゴになると思いますが、醸造用と考えたとき糖分はアルコールに変わってしまうのでむしろ糖分以外の成分がどれだけ含まれているか、そしてその成分の濃度のためにも水分は少なく実は小さい方がシードル用には向くと思うんですよね。そう考えると、むしろ僕は捨てられる9割の方に興味があって。とくに1番摘果段階で捨てられる小さな実が。

小林 でも1番摘果で落とす実は全然甘くはないですよ! むしろ出荷時期の青玉(色づきの悪い実)ではダメなのですか?

掛川 出荷時期までなっているということは、それはもう摘果でセレクションされた実なので、水分量が多い状態ですよね。僕がこだわりたいのはサイズ。摘果で人工的に集中させて膨らませた実ではないリンゴをシードル原料として使ってみたいんです。

小林 なるほどね。リンゴ栽培の過程で摘果作業は6〜7割くらいを占めるメインの作業なんです。その作業でこれまで捨てていた摘果果がシードル用として販売できるのであれば、農家としてもそれは興味がありますね。

掛川 それだけの重労働である摘果作業ならば僕はもうひとつ提案があって、「無摘果」というリンゴも試してみたいです。摘果作業すらしない、ひと株に5つ実がなるなら5つともそのまま収穫時期までならせておく方法です。海外のシードルの原料になるリンゴは、おそらく日本のように数回の摘果なんて丁寧な栽培はされていないですよね。その分、実は小さめで甘さも控えめだけどそのほかの味わいの要素が多い気がするのです。

小林 全部ならしておくと、来年の養分に影響するので考えられませんが、いままで捨てていた摘果果を販売できるとなれば、栽培に工夫ができるかもしれません。たとえば、加工用リンゴを主体にした手間のかけない摘果作業を1番摘果だけして早期に収穫するとか、園地ごとや樹ごとで摘果作業に強弱をつけて、さらに早期収穫をするとか……。いままでの生食用だけにこだわった栽培だけではなく、加工用も含めた栽培も取り入れていくなど、地域の農家さんも巻き込んで一度その可能性を考えてみます。

掛川 ありがとうございます!!

農家にとってこれまでの栽培の慣習を覆すことは容易ではない。しかし成功の確証もない未来に向かって「じゃあ、やってみましょう!」という前向きな農家の理解が何よりも嬉しかった掛川。この喜びを分かち合うべく、東京の本橋ともオンラインで繋ぐ。

本橋 小林さん、お久しぶりです! 2年目もお世話になります。そして来月は僕も伺いますので、楽しみにしています!



次回は……
9月4日発売 本誌100号
連載 第13回「早くも訪れた試練、摘果リンゴが手に入らない?!」

Text & Photo:Mami Yamada