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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2020.12.15
column

短期連載/その1「気候変動に備えるドイツワイン ラインヘッセン・ラインフロント地域」〜ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.28

これまで典型的な冷涼気候だと言われてきたドイツのワイン産地は、もはや冷涼地ではない。醸造家たちはすでに1990年代ごろから、気候変動の微かな兆候を敏感に察知しながら、ワイン造りに取り組んできた。そしていま、温暖化は紛れもない事実、避けることのできない現実であり、造り手たちはそれぞれに方向転換を余儀なくされている。 秋口からコロナ第二波に翻弄されているドイツだが、感染状況が比較的落ち着いていた8月下旬にラインヘッセン地方とラインガウ地方を、10月上旬にはバーデン地方を訪れることができた。まずはラインヘッセン地方からお届けする。

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クール・クライメイトから
ホット・クライメイトへ


ドイツ最大のワイン産地、ラインヘッセン地方(約2万7000ヘクタール)の年間日照時間は、現在1970時間もある。過去30年で400時間近く増えたそうだ。年間降水量は約530ミリでドイツの中ではもっとも乾燥した産地のひとつである。ただし広大な産地なので地域差は大きい。

日照りや乾燥にもっとも悩まされている一帯が、ライン川沿いのラインフロント地域にあるローターハング(赤い斜面)と呼ばれる急斜面の畑だ。約2億8000万年前に形成された赤底統と呼ばれる土壌が、全長5キロにわたって続く。赤底統は鉄分を豊かに含む赤色粘土が混じったスレート(粘板岩)土壌で、ラインヘッセン地方の中ほどにあるアルツァイ近郊にも同様の土壌が見られる。

ローターハングの南向きの急斜面は、冷涼だった頃には、太陽の恵みを最大限に享受できる優良畑だった。しかしいまでは、条件がよいはずのこの畑で、栽培がむずかしくなり始めている。乾燥がひどく、ブドウが枯死した区画もある。

ドイツは現在、クール・クライメイトからホット・クライメイトへの転換期にあると言われる。年間平均気温は約130年前と比べると1.5度くらい上昇しているそうだ。1.5度の上昇は、北半球の場合、約450キロの南下にたとえられるという。するとラインヘッセンは、ブルゴーニュあたりまで南下していることになる。当然、栽培方法の再検討が必要になってくる。

現地では、醸造家のシュテファン・ラデックさん、カイ・シェッツエルさんの案内で畑を歩いた。いずれもオーガニックを実践する醸造所で、カイさんはビオディナミに移行している。訪れたのは、偉大なリースリングを生み出すことで知られるローターハングのペッテンタールという畑だ。猛暑が一段落した後の畑の様子は、区画により極端に異なっていた。

「1960年代、70年代は畑の条件がよくないとブドウは完熟せず、高品質のワインができなかった。でも現在は、毎ヴィンテージがほぼ優良ヴィンテージであり、僕たちはその恩恵にあずかっている。気候変動は突然にではなく、時間をかけてゆっくりと起こっている。だから人間の力である程度まで対処することができる」、そうシュテファンさんは言う。カイさんも「ドイツのワイン造りにおいて、温暖化はいまのところポジティブな影響が多い。僕たちは日々のこの変化に対して、迅速かつスマートにアダプトしていくだけだ」とつけ加える。

ローターハングの岩石とペッテンタールのラーゲンワイン(右は樽試飲)。


彼らをはじめ地元の醸造家たちの目標は、ローターハング特有のイキイキとした輝きと踊るような軽やかさ、そして味わい深さをもつリースリング、長期熟成し、年を経るごとに内に秘めた風味を現前させてくれるリースリングを今後も造り続けることだ。彼らは、このような気候変動の真っ只中でも、こうしたクール・クライメイトのワインのスタイルを維持し続けることは可能だと考えている。思えば南国のワインに時おり北国のニュアンスを感じることはある。ただ、そのためには栽培上の工夫が必要となる。

細やかなチューニングを行なう
ラデック醸造所


気候変動は、いまのところはポジティブ効果が大きいようだが、手放しで歓迎できる状況ではなさそうだ。自然が相手のワイン造りにおいて、課題はつねに山積している。具体的にどんな対策がとられているのだろうか? 

シュテファン・ラデックさん。
©Deutsches Weininstitut


シュテファンさんは、ブドウ畑の活力のバランスが何よりも大事だと考え、土中の腐植土を充分に保つようにしている。すると雨天の際に土壌が雨水をより早く吸収し、長期間にわたって水分を蓄えることができる。

除葉作業においては、日照りが厳しい畑では、ブドウの日焼けを防ぐために、日なたの葉をすべて残し、日陰がわの葉だけを少量取り除くようにしている。収穫作業は2段階、あるいは3段階に分け、理想的な成熟度に達したものから順に摘み取ることでブドウの過熟を避け、出来上がるワインのアルコール度数を12.5〜13.0度程度に抑えている。醸造においても、暑いエリアのブドウは、スキンコンタクトの時間を減らすなど、細やかなチューニングを行なっている。

ラデック醸造所の藁を敷き詰めた畑。


ペッテンタールの南南東の向きの斜面は、ラデック醸造所が所有するもっとも温暖な畑だ。近年、夏場の乾燥が問題化している区画で、18年の猛暑を契機に土壌を藁で覆うことにした。こうすると土の温度が下がり、水分の蒸発を防ぐことができる。ライン川の強烈な反射光も緩和されるのだそうだ。ただ、急斜面の畑に藁を撒くと滑りやすく危険なので、1列おきに撒いて作業に支障がないようにしている。撒いた藁が土に還ると、冬の間に新しい藁を撒いて夏に備える。藁を撒かない列は緑化している。

同じローターハングの畑でも、北向きと南向きの斜面では、気候変動の影響は随分異なる。シュテファンさんは、将来的には、とくに若木の畑を守るために、灌漑の導入が必要になるだろうという。しかし、どこから水を引いてくるのか、それをどうやって畑に撒くのか、いかに環境負荷をかけずに灌漑を実現するか、回答はまだ出ていない。

実験畑で今後の栽培法に考えを巡らす
シェッツェル醸造所


シェッツェル醸造所では、気候変動の影響で、近年、出来上がるワインのアルコール度数が14度まで上がっていた。現在ではさまざまな方法を駆使して10度前後に下げ、クール・クライメイトらしいスタイルを維持しようとしている。

対策のひとつがブドウを這わせるフェンスを低くすることだ。ドイツのフェンスは冷涼気候に対応しており、高いものだと2メートルくらいある。従来は、光合成が順調にすすみ、ブドウが充分に熟すためには多くの葉が必要で、それに応じてフェンスも幅広でなければならなかった。現在では、葉の数は以前より少なくてすむが、葉を減らすと今度は日陰が減り、ブドウを日焼けなどから守れない。シェッツェル醸造所では、理想的な垣根栽培のスタイルを模索中だ。

シェッツェル醸造所の「実験畑」。


「実験畑」はやや北向きの区画だ。前方に見える南向き斜面は乾燥が激しく、赤茶色の土壌を晒している。カイさんの畑は青々としたジャングルのようで、茂みをかき分けないと進めないが、そのおかげで猛暑の日も畑は涼しく居心地がよい。「ジャングル」の地面には野イチゴやさまざまなハーブが自生し、この区画の場合は自然に緑化されている。これらの下草は、夜露や朝露を集めて土中の水不足を補い、土の温度を下げている。

緑化についてはいろいろな意見がある。ブドウと下草がわずかな水分を奪い合うので、しない方がよいという造り手もいる。カイさんは、いかなる方策も畑の環境次第では正しいという考えだ。緑化が効果的な畑もあれば、そうでない畑もある。だからこそ造り手は、オープンでフレキシブルであることが大切だと言う。ローターハングでも、条件はそれぞれの区画で異なり、ある区画で機能する方法が100メートル先の別の区画では機能しないこともある。造り手は区画ごとの対策を見つけなければならないのだ。

カイ・シェッツェルさん。


「実験畑」では蔓を伸びるに任せており、除葉も一切行なわれていない。カイさんは蔓の先端をフェンスの高さに合わせてカットする、ドイツ語で「ギプフェルン」と呼ばれる作業を、成長するブドウへの攻撃にたとえる。蔓の先端を切られたブドウは、残る房を守ろうと防衛するので、房や粒が大きめになる。しかし、蔓を伸びるがままにしておくと、ブドウは均衡を保ち、あるべき大きさの房が無理なく成熟する。「ブドウは考えている」そうカイさんは言う。

「実験畑」は1ヘクタール当り1万2000本の密植畑でもある。ドイツでも古くから密植が行なわれていたが、日陰ができないようにしたり、トラクターが導入できるようにしたため、いつしか畝の間隔が広くなっていった。密植畑では日陰が確保でき、土中の水分の蒸発を防ぐことができるほか、ブドウの根が水分を求めて、競い合って地中深くまで伸びるため、極度の乾燥にも耐えられるようになる。根がどんどん伸びて、地中の根の体積が増えてくると、ここでもブドウは均衡を保つので、房の数が自然に減ってくるという。

カイさんは、ジャングルのようなブドウ畑を注意深く観察しながら、将来どうするべきかを考えている。「伝統的なラインヘッセンの栽培法とは違う、新しいやり方が必要になっているのかもしれない。その答えは、こうやってブドウを成長するがままにし、ブドウ本来の特性を知るとことでしか見つからないように思う。そうやって得た答えも、この実験区画だけでしかうまくいかない可能性が大だけれどね」。

シェッツェル醸造所のオルツワイン。


ところで、シェッツェル醸造所が栽培しているジルヴァーナーは、クローン選別の専門家だったカイさんの曽祖父が選別したものだ。冷涼気候だった当時の需要に応えた、比較的早熟で糖度が上がりやすいクローンで、シェッツエル・ジルヴァーナーと名付けられている。生理的成熟に達するのも早く、温暖化の過程にある現在、日焼けなどの被害からブドウを守るために早めに収穫しても、充分に熟しており、高品質のワインができるという。先代が冷涼気候を克服するために選別したブドウが、当面の温暖化の問題を解決してくれている。

「ブドウは考える」とカイさんは言ったが、確かにブドウは環境への適応能力に優れた植物であり、自らが気候変動に適応しようとしている。造り手たちも、それぞれの畑で柔軟かつクリエイティブに、この変化に立ち向かっているところだ。

次回は……
ラインヘッセンスイス地域の状況、取り組みをお届けします。

Text & Photo:Junko Iwamoto