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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2020.12.25
column

「気候変動に備えるドイツワイン その2/ラインヘッセン/ラインヘッセン・スイス地域」〜ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.29

ラインヘッセン地方には、近年、おもに気候変動の恩恵を受けている醸造所もある。たとえばジーファースハイムの丘陵地帯に畑をもつヴァグナー・シュテンペル醸造所がそうだ。ジーファースハイムがある西部一帯は、高地が多いために「ラインヘッセン・スイス」と呼ばれている。ラインヘッセン地方ではもっとも冷涼で、1980年代まではおもにゼクトのベースワインの産地だった。しかし現在では、ドイツを代表する高品質のワインが生産されている。醸造家のダニエル・ヴァグナーさんに現地で話を伺った。

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ラインヘッセン最後の
クール・クライメイト地帯


到着後すぐ、ダニエルさんの案内でホルンと呼ばれる丘に向かった。標高は270メートル、ジーファースハイムでもっとも高い場所だ。

約3000万年前、ラインヘッセン地方がまだ海底に沈んでいた頃、ホルンの丘は島だったという。丘のふもとには波が打ち寄せた痕跡が見られるそうだ。当時は亜熱帯気候で、豊かな生態系があり、カキが沢山採れ、あたりにはサメなども生息していたらしい。平地の石灰岩土壌では、いまでも化石になったカキの殻が見つかる。

しかしジーファースハイムは石灰岩土壌ではない。ホルンの丘も、その北に広がるヘルベルクも、基底にあるのはポルフィール(斑岩)と呼ばれる火成岩土壌だ。すぐ南のヘアクレッツもポルフィール土壌に雲母が混じり、石がゴロゴロとしている。ヘアクレッツの西側のノイ・バンベルクは赤底統、その南のフュアフェルトは火成岩系のメラフィール土壌だ。

ホルンの丘の頂上には、荒地に咲くと言われるエリカの群生が見られる。ドイツ北部にはエリカの名所があるが、ラインヘッセンで見たのは初めてだった。いまでこそエリカは自然保護の対象になっているが、かつては不毛の地を象徴する花だった。

ジーファースハイムのホルンの丘の頂上。
8月末はエリカが満開だった。


「ラインヘッセン地方にこんなに広大なブドウ畑があるのは、600メートル級のフンスリュック山地が北西からやってくる悪天候のバリアになっているからなんだ。この山々が雨雲を遮り、雨が少なく、天気がよい。オーガニック栽培も実践しやすい」、そうダニエルさんは言う。ラインヘッセン地方でエコヴィンが発足し、オーガニック栽培が盛んなのは、この乾燥した気候と無関係ではないようだ。ダニエルさんも12年前にオーガニックに転向した。

ローターハングの畑を見てきたばかり(前回のvol.28「ラインヘッセン・ラインフロント地域」記事参照)だと言うと、「あそこはいま、栽培がとてもむずかしい地域だ。ブドウの成長はここよりさらに1週間早い」と返事があった。「ラインヘッセン・スイスでは幸い、気候変動はまだ、それほど切実な問題にはなっていない」。

ダニエルさんの実家は、代々複合農家を営み、おもに穀物やてん菜を生産、ワインはすべて樽売りしていた。父親の代までは、ジーファースハイムのリースリングはよいワインにならず、収穫のほぼすべてがゼクトのベースワインになっていたそうだ。「僕が醸造所を継いだ1992年以降、徐々によいブドウが収穫できるようになった」、 そうダニエルさんは言う。

ワインのピュリスト

醸造所が無名だった当初は、ワインが売れなかった。そこでダニエルさんは、長年の友人で、同じくラインヘッセン地方の醸造家であるハンス=オリバー・シュパニアさん、ファルツ地方の醸造家フィリップ・クーンさんらと情報交換するほか、ワイン関連のイベントに積極的に参加した。

02年にメッセージ・イン・ア・ボトル(17年に活動終了、メンバーは新団体マキシーメ・ヘアクンフトに移行)が発足し、ラインヘッセン地方に若手醸造家のゆるやかなネットワークができたことも幸いした。

ダニエル・ヴァグナーさん。ホルンの丘にて。
©Deutsches Weininstitut


「はじめの頃、みんなのワインは申し分なくおいしいのに、僕のワインだけがなんだか薄っぺらで、悔しくて仕方がなかったんだ。どうして僕のリースリングには、黄色い果実の風味や、複雑さや深さ、リッチさが出ないのだろうとずいぶん悩んだ。そこで、収穫期を遅らせたり、過熟気味の、ボトリティス・シネレアが1割くらい付いたブドウを収穫するなど、いろいろなことをやってみた。すると僕のリースリングもそれなりにリッチな味わいになったけれど、こういった経験を積んではじめて、僕が本当に造りたかったのはそんなワインではないことに気がついたんだ」。

現在のダニエルさんのリースリングは、極めてエレガントでありながら、土壌の個性を充分に表現している。ヘルベルクはもっとも暖かい土壌のせいか、温かみがあり、骨太で、ミネラリティを強く感じるワインに仕上がっている。ヘルクレッツはアッベルバッハという川が冷たい風を運んでくるため、夜間の気温が低く、果実味と酸味がきれいに表現され、塩っぽい味わいが加わる。アイヒェルベルクにはスパイシーさがあり、火打石のようなニュアンスが出る。

ダニエルさんは、自らのワインを表現するときに「ピュアな」という言葉を度々使うが、 確かに、どの畑のワインにも共通するのが、手仕事の丁寧さが反映した、ピュアな味わいだ。

2003年の猛暑を機に
気候変動に対応


冷涼なラインヘッセン・スイス地域においても、いまや気候変動の影響は避けられない問題となっている。ダニエルさんの対応は早く、猛暑に見舞われた03年から温暖化の問題に取り組んでいる。

ダニエルさんの畑は、ほとんどが傾斜地にある。もっとも乾燥がひどいヘルベルクでは、15年前から土壌に藁を撒いているそうだ。現在ではほとんどの所有畑に藁を撒いている。ダニエルさんがこの方法を導入したのは、お父さんが乾燥した年に藁を撒いていたことを覚えていたからだ。藁を撒くと、土壌の乾燥だけでなく、豪雨による侵食も防ぐことができる。

ヘルベルクの畑。
©Weingut Wagner Stempel


畑の緑化はブドウと競合するので行なわない方針だ。代わりにコンポストを撒くなどして腐植土を豊かにしている。撒いた藁も1年くらい経つとすべて土に還る。その頃になると、何もしなくても藁の間からハーブなどの下草が顔を出す。毎年藁を撒くようになってからは、畑が以前よりもイキイキとしているように感じるという。「うちの畑は藁と相性がよかったけれど、ローム土壌や粘土質土壌の畑だったら、雨後に土壌が湿りっぱなしになるので、導入はむずかしかったかもしれない」とのことだ。

除葉の方法も変えた。畑のフェンスはいずれも南北方向に設置されているので、朝日に照らされる東側をほんの少し除葉し、午後の日差しを浴びる西側は一切除葉を行なっていない。密植は行なわない主義で、1ヘクタール当り5000本という現在の状態を、今後も維持するつもりだという。「密植を行なうと水不足になり、乾燥がひどくなるはず。南フランスなどでは、栽培間隔を広く取っているが、ドイツも今後、密植はむずかしくなるのではないか」と予測する。

温暖化が顕著になっている現在、独自の水源をもつ醸造所は非常に有利だ。ダニエルさんは、20年前に醸造所の敷地内に井戸を掘り、地下25メートルのところに水源を見つけた。灌漑はいまのところ若木に限って、必要な年にだけ行なっているそうだ。導入しているのは点滴灌漑方式で、汲み上げた地下水を大型タンクでブドウ畑に運んで使用している。樹齢が15年くらいに達し、充分に根を張ったら、畑の灌漑設備は取り外しているそうだ。

忘れられていた畑
ヘアクレッツ


いまから20年前、ジーファースハイムのヘアクレッツは、寒冷で出来上がるワインの酸が高すぎること、急傾斜で畑仕事が困難なことなどが理由で、放棄された畑が多く、忘れられたような場所だったという。古いもので18世紀に造られたと言う石垣も、手入れされることなく荒れ果てていた。ダニエルさん当時、そのような畑に魅了されてしまったのである。

ヘアクレッツの畑。
©Weingut Wagner Stempel


「ヘアクレッツは辺りの木々や繁みが豊かで、直感的にいい畑だと思ったんだ」。00年に小さな畑を購入し、現在では計6ヘクタールを所有する。栽培しているのは、ほとんどが古木のリースリングだ。3年前からは飼育しているヤギと羊、合わせて15頭を放して除草を行なっている。

ヴァグナー・シュテンペル醸造所は04年にVDP(プレディカーツワイン生産者協会)に加盟、ヘアクレッツは同年にグローセ・ラーゲに認定された。充分な酸味をもつブドウが収穫できるヘアクレッツの畑は、いまや引っ張りだこだ。気候変動のまっただ中、20年前には誰も見向きもしなかった畑が、特級畑として名を馳せるようになっている。

ヴァグナー・シュテンペル醸造所のオルツワイン。
左から赤底統のノイ・バンベルク、メラフィール土壌のフュアフェルト、ポルフィール土壌のジーファースハイム。
VDPラインヘッセンはシンプルな3段階の格付けを採用。
エアステ・ラーゲ(1級畑)のブドウはオルツワイン(村名ワイン)に使用される。


収穫を直前に控えていたが、醸造所はリラックスした雰囲気だった。気候変動はラインヘッセン・スイス地域では、まだ緊急の問題ではない。しかしダニエルさんは準備万端で温暖化に備えている。「これからはスイスや南チロル地方の栽培事情を勉強したいと思っている。標高がブドウ栽培にどのような意味をもつのかをもっと知りたい。今後もできる限りピュアでエレガントなワインを造り続けたいからね」。

次回は……
バーデン地方の情報をお届けします。

Text:Junko Iwamoto