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谷宏美

日本在住/フリーランス ライター

エディター/ライター。ファッション誌の美容エディターを経て、2017年よりフリーに。渋谷のワインバー「ローディ」で店の仕入れや現場でのサービスをやりつつ、ワイン&ビューティの分野で取材・執筆を行なう。J.S.A.認定ワインエキスパート。バタークリームとあんこは飲み物。

2021.06.23
column

ニューヨークワインの時代がやってきた!

「ニューヨークでワインを造っているの?」と驚く読者はもはやいないだろう。ワインのプロはもとより、感度の高い愛好家たちもいまこぞって、ニューヨークワインに熱いまなざしを寄せる。その理由は? 土壌は? 品質は? 勤務するホテルのレストランでも彼の地のワインをオンリストしはじめたという森覚ソムリエがニューヨークワインのセミナーに登壇、その真価に迫る。

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消費地でもあり生産地でもあるニューヨーク

「ニューヨーク」は都市部のマンハッタンを想起させると同時に、北海道と九州を合わせたほどの面積をもつ州名。ニューヨーク州は400年以上にわたるワイン造りの歴史をもち、北緯41度〜43度に位置し気候変動の影響を受けにくいクールリージョンだ。生産量はアメリカ国内ではカリフォルニア州、ワシントン州に次いで第3位。主要産地であるフィンガー・レイクスとロングアイランドを含め11のAVA に470のワイナリーがある一大ワイン産地である。

世界トップクラスのレストランが軒を連ね、世界最優秀ソムリエに輝いたアーヴィッド・ローゼングレンやフランスMOFも取得するパスカリーヌ・ルペルティエといったスターソムリエが活躍する大消費地で、地元のワインが扱いやすいのは歴然。実際にそのユニークネスとクオリティの高さで各国のプロや愛好家の間でかねてより注目されていた。日本でもレストランのペアリングで使うソムリエが増えたことなどから知名度が高まり、去る3月に開かれた都内百貨店のワインイベントでは、ニューヨークワインのブースが盛況を呈し、売り切れるアイテムが続出したという。

そんな折、コンラッド東京エグゼクティヴソムリエの森覚氏をモデレーターに迎え、「ニューヨークワインの最新トレンド」と題したセミナーをニューヨークワイン&グレープ財団が主催。冒頭では、ニューヨーク専門ワインインポーター、GO-TO WINE代表の後藤芳輝氏がニューヨークワインの概要を解説した。

品質の向上とともに時代が後押し

まず挙げられるのは、品質の飛躍的な向上。州内にあるアイビーリーグのひとつ、コーネル大学との産学協同の研究によるところは大きく、加えて同校で学んだソムリエのPR的な働き、大都市ニューヨークには世界中から集まるトレードや生産者、プレス間の情報交換も盛んであったことも起因するという。

加えて、ワインシーンでのトレンドの変化。ロバート・パーカーの影響力も影を潜め、パワフルで果実味たっぷりのタイプから、洗練されたモダンキュイジーヌに寄り添うエレガントなスタイルへ流れは移行している。各ジャンルにおいて台頭するミレニアル世代は、ベビーブーマー世代である親たちが飲んでいたかつてのワインは“ダサい”と捉える傾向にあるという(親世代に近い筆者としては耳の痛い話である)。さらに、リーマンショックから続くクラフトブームメントを経て、現代社会の大きなキーワードであるサステナブルな潮流が後押し。都市部の富裕層が支えるローカルや地産地消が推奨される昨今の流れに合致したのが、ニューヨークワインだといえる。

2大産地、フィンガー・レイクスとロングアイランド比較

2大産地であるフィンガー・レイクスAVAとロングアイランドAVAについての後藤氏の考察も興味深い。内陸に位置し、ニューヨーク州産ワインの約90%を産するニューヨーク最大の生産地フィンガー・レイクスと、マンハッタンからほど近い沿岸部のロングアイランドAVAでは、そのテロワールも趣きも対照的だと分析。

〔フィンガー・レイクスAVA〕
・大陸性気候
・おもに頁岩土壌
・生産ワインは白70%、赤30%
・品種はリースリングが主体、シャルドネやゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリなど
・トレンドはカベルネ・フランやスパークリングワイン

〔ロングアイランドAVA〕
・海洋性気候
・砂や砂利の多いローム土壌
・生産ワインは赤70%、白30%
・赤はメルロやカベルネ・フラン、白はシャルドネ
・トレンドはロゼやアンオークのシャルドネ

上記の比較とともにフィンガー・レイクスはテロワールとしてドイツに近く、ロングアイランドはボルドーに似た雰囲気を呈すと示唆。

地理的特性からくる両産地のマーケットの相違にも触れる。フィンガー・レイクスは、カナダ国境に近い雄大な自然の中にあり、地価も安価。ワイン造りの歴史は古く、ヴィニフェラ栽培を成功させたのも、この地を拠点としたコンスタンティン博士だ。いまでも革新的な若い生産者が参入しやすく、テロワールを重視したワイン造りをしようという機運があるという。ニューヨークシティからは車で5時間かかるが、イサカやロチェスターなど近くの空港からならレンタカーで1時間程度の距離。水と緑にあふれるネイチャーエリアでキャンプやウォータースポーツを楽しみながら、ワイナリーを散策するワインツーリズムのディスティネーションとして全米から人が訪れるという。

一方、マンハッタンの東に伸びた半島ロングアイランドは都市部から至近で、ニューヨーカーたちが日帰りでビジットができる距離。NYソーシャライツと呼ばれる富裕層の避暑地ザ・ハンプトンズAVAも抱合する。当然地価も安くはなく、ワイナリーオーナーはリタイアした実業家やビジネスマン。資産がないとワイナリーを構えることはむずかしい。だからこそプロモーションも盛んなプレステージ感が特徴。洒落たテイスティングルームのあるナパさながらのワイナリーに感度の高いニューヨーカーが集まり、浜辺でロゼワインのグラスを傾けるシニアが広告写真になる。ワインがファッションとして語られるラグジュアリーマーケット、それがロングアイランドなのだ。

商材としてのポテンシャルも語られたテイスティングセッション

続いて森ソムリエによる試飲セッション。「ニューヨークでのサービス経験はないが、ソムリエとしてのスタートはパークハイアット東京のニューヨークグリルだし、学生時代にかつての赤坂プリンスホテルのザ・ニューヨークでのアルバイト経験もあり、ニューヨークと名のつくレストランには縁が深い」と場を和ませる。

森氏いわく、世界の産地の中で、ニューヨーク産ワインの優位性は非常に高い。ブルゴーニュやボルドー、ピエモンテの地名を知らない人はいてもニューヨークを知らない人はいない。各国からゲストが訪れるホテルにおいては「ニューヨーク産のワインがあるのか?」という驚きを逆手に取り、説明をするチャンスが得られる。

ペアリングに使いやすいのもポイント。冷涼産地ゆえにアルコール度数を抑え、果実味を全面に出さずキレイな酸とのバランスで奥行きを感じさせる洗練されたスタイルは、ライトでヘルシー志向の食のトレンドとパーフェクトにマッチする。勤務するコンラッド東京内での反応も概ねポジティブで、森氏が技術部長を務める日本ソムリエ協会でもセミナーなどでニューヨークワインをテーマに取り上げていくという。

本セミナーで供された8種のワインの中から、6種を比較対照しながら紹介する(ワイン輸入元はいずれもGO-TO WINE)。

▼フィンガー・レイクス2018年ヴィンテージのリースリング2種

1(左).
ドクター・コンスタンティン・フランク ドライ・リースリング2018
Dr.Konstantin Frank Dry Riesling 2018

2(右).
ハーマン・J・ウィーマー ドライ・リースリング 2018
Hermann J.Wiemer Dry Riesling 2018

いずれも冷涼地ならではの美しい酸とフルーティな果実味をもったリースリング。アルコール度数は11.9%、12%と抑えめ。

1は柑橘の果実や皮のニュアンスとキレのある酸味、TDNのアロマとともに滓からくるスモーキーなニュアンスを合わせもつインパクトのある味わい。和食なら天ぷら、油を多用する中華にも負けない強さがある。

かたや、2は香りの重心が低く控えめだが温度の上昇とともに黄色いフルーツが熟したトーンが現れ、口中全体に広がる酸とミドルから後半にかけて広がる果実味がバランスし、柔らかくてジューシーな印象。ホワイトアスパラに添えるオランデーズソースにオレンジなどフルーツのフレーバーをプラスした前菜や、ホタテ貝のポワレにレモンバターソースといったフレンチにも合う。

1は最初からキャッチー、さまざまな産地のリースリングを知る上級者なら2が好まれるかもしれない。

▼フィンガー・レイクスとロングアイランドのシャルドネ

3(左).
オズモート・ワイン シャルドネ 2017
Osmote Wine Chardonnay 2017

4(右).
ウォルファー・エステート シャルドネ 2017
Wölffer Estate Chardonnay 2017

3はフィンガー・レイクスの第3世代といわれる新進気鋭の生産者、4はNYのビジネスシーンで成功を収めた実業家が創業したワイナリー。そんなバックグラウンドが味わいにも現れる。
アップルタルトや白桃、フレッシュな洋梨の中にトースティでミネラリーな質の高い果実感、穏やかな樽香を酸とほろ苦いアフターが引き締め、ブルゴーニュの単一畑のような複雑さと美しさを感じさせるのが3。

一方、4は熟した黄色いフルーツとフローラルな印象とカリンのキャンディのように濃密なフレーバー。ボルドーに似た優雅さと格式を思わせ、ゆったりと楽しめる。

3はサシの入った和牛のしゃぶしゃぶやサーロインステーキ、4はトマトとルッコラのサラダを添えた仔牛のカツレツなど、シンプルな素材を生かした料理が合う。

▼フィンガー・レイクスのカベルネ・フラン vs ロングアイランドのカベルネ・フラン主体のボルドーブレンド

5(左).
ラモロー・ランディング T23 カベルネ・フラン 2017
Lamoreaux Landing T23 Unoaked Cabernet Franc 2017

6(右).
ウォルファー・エステート カヤ カベルネ・フラン 2016
Wölffer Estate Caya Cabernet Franc 2016

より洗練されたスタイルが求められるいま、ニューヨークの代表的な黒ブドウ品種といえばカベルネ・フランだ。

5は、ブドウ栽培農家からスタートし、いまも高品質な原料を提供し続ける造り手。明るい色調や控えめなアロマ、ベジタルな印象に鮮烈なグリーンペッパーがアクセント。アタックは穏やかながらダシのような後味を残す。トレンドを反映しながらも実直さを思わせるワイン。醤油ベースの料理や野菜が主役のひと皿、またレストランのペアリングにおいては前半のオードブルに合わせられる汎用性の高い赤ワイン。家庭料理との相性も抜群だ。

カベルネ・フラン80%、メルロ19%、プティ・ヴェルド1%というセパージュから成る6は、ボルドー右岸スタイルさながらの柔らかな重厚感。フルーツやオールスパイスの甘やかな香りと、タンニンが溶け込んだキメの細かいテクスチャーは複雑で特別なオケージョンに最適。クラシックなフレンチやグランメゾンのガストロノミーで出番があるだろう。

森氏は「同じ品種でも造り手によって方向性が違い、同じ産地の中でも香りや味わいの出方に多様性がある。飲食の場ではさまざまなシーンでの提案が可能で、消費者としても選ぶ楽しみが広がる」と締めくくった。

ニューヨークワインのウェーブが到来しているが、ニューヨーク産のワイン自体は造りやスタイルを変えているわけでない。品質が高めながら、テロワールを表現するものを粛々と造り続ける中でトレンドが移り変わり、時勢がニューヨークワインに追いついたというほうが正しいだろう。サービスパーソンにとって、また消費者にとって、ニューヨーク産のワインを深く知ることで、ワインシーンが格段にランクアップするに違いない。

Text & Photo:Hiromi Tani