谷宏美
日本在住/フリーランス ライター
エディター/ライター。ファッション誌の美容エディターを経て、2017年よりフリーに。渋谷のワインバー「ローディ」で店の仕入れや現場でのサービスをやりつつ、ワイン&ビューティの分野で取材・執筆を行なう。J.S.A.認定ワインエキスパート。バタークリームとあんこは飲み物。
イングリッシュ・スパークリングワイン造りをリードする「ガズボーン」のあくなき挑戦
泡好きでなくとも注目すべきワイン生産地、英国。世界が注目する「イングリッシュ・スパークリングワイン」の生産を牽引する造り手のひとつ「ガズボーン」のオンラインセミナーが実現。当ワイナリーのグローバル・アンバサダーを務めるローラ・リースMS(マスター・ソムリエ)が、英国ワインの概要と展望、そしてブランドの理念と妥協なきワイン造りについてホットなレクチャーを行なった。
「イングリッシュ・スパークリングワイン」は、ワイン界のトレンドワードのひとつでもあり、シャンパーニュを凌ぐ品質のものがで始めたとされることから、飛躍的にそのプレゼンスを高めている。ローラ・リースMSがナビゲートした本セミナーでは、冷涼な英国でのワイン造りの歴史とスパークリングワイン生産の概況についてのレクチャーからスタートし、テイスティングを通してガズボーンの真髄に触れた。
■英国におけるワイン造りの歴史と気候変動
6世紀末には英国南東部でブドウ栽培とワイン醸造が行なわれていたとされており、1086年にウィリアム1世により編纂された世界最古の土地台帳ドゥームズデイブックには、修道院や地主が所有するブドウ畑の記録がある。
現代のワイン醸造が始まるのは1950年代に入ってからで、バッカスやライヒェンシュタイナーといった冷涼地域に適したドイツ系品種が植えられていた。この頃から気候変動の影響が顕著になり、 1960年代以降、10年ごとに0.28度の気温上昇が確認されている。
80年代後半にピノ・ノワールやムニエ、シャルドネなどシャンパーニュ品種の栽培が本格的に始まり、2000年代に入り、それまでフランス北部が北限だった生育期間「開花から収穫までの100日」がイギリス南部でも達成、ハングタイム(色付きから成熟まで)も長くなったことによって一定の収量を得ることができるようになった。この30年の間に、イギリス南東部の気候は1970〜90年代のシャンパーニュ地方のそれに酷似するようになったといえる。
■シャンパーニュ品種が育つ土壌
フランス北部で育てられていたブドウが英国南部で栽培されるのは、気候変動に加え、もうひとつの理由として土壌が挙げられる。
現在、英仏海峡で隔てられている英国とフランスは、数千年前は地続きの大陸であった。中生代ジュラ紀に形成された堆積層であるパリ盆地の土壌は英仏海峡の両岸に広がり、シャンパーニュ地方やブルゴーニュ地方のコート・ドールの石灰岩や砂礫、粘土質は、英国南東部にも見られるのである。
セミナーでは、英国南部に見られる典型的点な土壌として、石灰が表出したドーバーの断崖や、サウスダウンズ国立公園近くの白みがかった土壌の畑の写真が紹介され、改めてフランスの表土との類似性を確認。
■英国ワイン生産の概況
さらに英国のワイン生産についての解説が続く。
現在、英国のブドウ栽培面積は3800ヘクタールで、これはロワール地方のサンセールとプイィ・フュメを合わせたくらいの広さ。過去5年間で植樹が進んだことにより急激に増大し、過去10年間で194パーセントの伸び率。2040年には米国オレゴンと同規模の栽培面積に達する見込み。
エリア別に見ると、
・南東部 2189ha (76%)
・南西部 377ha (13%)
・イーストアングリア 126ha (4%)
・ウェールズ 26ha(1%)
・その他(スコットランドなど)171ha(6%)
※2019年データ
となり、ほとんどのワイン生産は、南東部(ケントやウェスト&イーストサセックス、ハンプシャーなど)で行なわれている。
英国のワイン生産のタイプ別の内訳は、スティルワイン 28パーセントに対し、スパークリングワインが72パーセント(2019年時点)。このうち99パーセントが瓶内二次発酵で造られており、イングリッシュ・スパークリングワインいかにプレミアムであるかを表している。
■ガズボーンの成り立ち
英国南東部のケント州アップルドアを拠点とするガズボーン。海から10キロほど内陸に入った沿岸で温暖な海風の恩恵を受け、英国でもっとも温暖で、日照量が多いエリアのひとつ。古くから果樹や植物が栽培され、イングランドの庭園とも称される風光明媚な地でもある。
15世紀に地元の貴族John de Goosbourne(ジョン・ド・グーズボーン)が所有していた143ヘクタールが起源とされ、Gusbourne(ガズボーン)はGoosbourne(グーズボーン)が訛ったものとされる。
現オーナー、アンドリュー・ウィーバー氏がこの地を購入し、20ヘクタールの畑に植樹したのが04年。10年に06年ヴィンテージのスパークリングワインを初めてリリースした。栽培はジョン・ポラード、醸造はチャーリー・ホランドが担当。IWSC(インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション)において、ガズボーンを英国最優秀生産者に史上最多である3度導いた手腕の持ち主。多くのワイナリーが生産を買いブドウに頼らざるを得ない英国において、すべて自社畑のみ、さらにブドウを売ることもしないガズボーンは、徹底して自らのスタイルを貫いている。
グーズボーン家の紋章に描かれていた3羽のガチョウ(グース)が、ワイナリーのシンボルとしてボトルやミュズレにあしらわれている。
北緯51° 2’ 49”
東経0° 47’ 51”
これがガズボーンの圃場のあるアップルドアの緯度経度。ワイン用ブドウ生産地域は、ベルトは南緯、北緯とも30度から50度とされているが、北緯51度のケントでいま、栽培が行なわれているわけである。ケントのほか、ケントから西に約100キロの距離のウェスト・サセックスに圃場を保有している。
■ケントとウェスト・サセックス 〜ふたつの圃場
2箇所の圃場に、ピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネの3品種を植樹。
・ケント/アップルドア 60ha/海抜2〜41m/粘土と砂礫土壌(2004年に購入、植樹)
・ウェスト・サセックス/グッドウッド近郊 30ha/標高45-98m/石灰や火打ち石土壌(2013年に購入)
ケントの粘土質土壌はブドウに凝縮感と重みを与え、ウェスト・サセックスのチョーク土壌はより精密で軽やかなワインに仕上がる。海風の影響による塩味や海のミネラルも特徴。
気候変動による春の霜害や雹害など予測不可能な事象も多く、英国ではどのワイナリーも安定した収量を確保できるとは言い難い現状。国内でもっとも気温が高く、非常に乾燥した地域に位置し、保温性の高い粘土質土壌に恵まれたガズボーンの畑は、不安定な気象条件の多くが緩和され、沿岸の海風も病害の危険や腐敗の問題を軽減するという。
■人的介入を極力避ける醸造スタイル
人為的な介入に頼らず、時間を惜しまないワイン造りに徹する。すべて手摘みで収穫し、小さいコンテナで運び丁寧に選果、全房でプレス。最上の果汁のみを使用し、温度管理されたステンレスタンクのほか複雑味をもたせるためにバリックとフードルも使用して発酵。
特筆すべきは、40種以上のクローン(その半量以上がブルゴーニュ・クローン)のみを使用し、区画ごとに細分化して管理、ステンレスタンクと樽で別々に発酵させることで200種以上のベースワインを造り分ける点だ。膨大なベースワインのバリエーションが、目指すワインのスタイルのための理想的なブレンドを可能にする。ブドウの比率は決めておらず、同じアイテムであっても年によって比率が異なるのも特徴的。
安定した収量を得るのが困難なため、その対策として多くのベースワインを仕込んでいるのかと思いきや、むしろ毎年の収量をコントロールしているという。ブドウの質を高めるためにグリーンハーベストや剪定を行ない、低収量で栽培することで毎年一定量のワインを生産することに成功しているのだそうだ。
■5種のスパークリングワインをテイスティング
1.
ブリュット・リザーヴ 2016
Brut Reserve 2016
シャルドネ40%、ムニエ33%、ピノ・ノワール27%(ケントとウェスト・サセックスのブドウ)
アルコール12%/ドザージュ9.0g/ ℓ/瓶熟成36カ月
淡いイエローから立ち上る緻密な泡、リンデンやアカシヤの白い花、ミツリンゴのニュアンス。フレッシュな果実味が伸びやかに広がる。
2.
ブリュット・リザーヴ 2015
Brut Reserve 2015
ピノ・ノワール53%、シャルドネ40%、ムニエ7%(すべてケント)
アルコール12%/ドザージュ8.5/ ℓ/瓶熟成36カ月
輝きのあるゴールド、ブラックチェリー、白桃や熟した洋梨、シフォンケーキのようにトースティなアロマ。ミネラルのニュアンスと緻密な酸。
ブリュット・リザーヴとして目指すスタイル:ガスボーンのハウススタイルを具現化したもので、栽培されている3種類のブドウをすべて使用。果実味が豊かで丸みを帯び、親しみやすく、バランスがとれている。(ローラ談)
ガズボーンの畑とヴィンテージを色濃く表現するというコンセプトで造られ、スタンダードキュヴェながら36カ月の長期熟成。しかしブドウの比率も違えば、味わいも大きく異なる。成育期間を通して温暖だった16年と、8月が冷涼だった15年、また1年の瓶熟期間の差。初めてチョーク土壌のウェスト・サセックスのブドウを20パーセント程度入れた16年ヴィンテージと、酸を保ちながらゆっくり成熟したピノ・ノワール比率の高い15年ヴィンテージ。対照的ともいえる仕上がりだ。
3.
ロゼ 2015
Rosé 2015
ピノ・ノワール54%、ムニエ32%、シャルドネ14%(すべてケント)
アルコール12%/ドザージュ7.5g/ ℓ/瓶熟成24カ月
フレッシュなイチゴや甘酸っぱいラズベリー、熟したクランベリーがカスタードの上にぎっしりとのったタルトを思わせる、華やかでグルマンなロゼ。
ロゼとして目指すスタイル:夏、そしてイギリスのサマーガーデンをイメージ。サマーベリーと赤果実を中心に、花の香りとよりシリアスなトーンをプラス。(ローラ談)
ロゼはピノ・ノワール100パーセントで造ることもあり、この年はシャルドネも加えてエレガントさを表現。英国では夏にベリー類が熟すため、イギリス人はベリーに夏を感じるそのだそう。熟成からくる堅固な感じもあり、ゴージャスなバカンスにぴったりな印象。
4.
ブラン・ド・ブラン 2015
Blanc de Blancs 2015
シャルドネ100%(ケント)
アルコール12%/ドザージュ8.2 g / ℓ//瓶熟成48カ月
レモンやオレンジのフレーバーに青リンゴ、ユリやジャスミンのフラワリーな華やかさ、豊かな酸と果実味、厚み。エレガントさが余すところなく表現されている。
5.
ブラン・ド・ブラン 2013
Blanc de Blancs 2013
シャルドネ100%(ケント)
アルコール12%/ドザージュ9g/ ℓ/瓶熟成28カ月
ゴールドの煌めきの中に微細な泡がなめらかに溶け込み、柔らかな口当たり。シトラスの爽やかさと熟れた白桃の甘やかさ、ブリオッシュの香ばしさが代わる代わる現れる。複雑でこなれた印象、余韻もたっぷり。
ブラン・ド・ブランとして目指すスタイル:私たちのシャルドネの最高の表現であり、私たちのテロワールをもっとも忠実に表現。ナチュラルなミネラル感、フィネスとエレガンス、そして熟成能力を備えたシャルドネの中から選ばれた最高のロット。(ローラ談)
バッキンガム宮殿御用達、ブラン・ド・ブランはガズボーンのフラッグシップ。ミネラルが豊富にあるものをベースワインとしてセレクトすると語るローラ。プレステージ級のシャルドネに昇華している。
■ヴィンテージスパークリングワインへの挑戦
ヴィンテージワインにこだわり、それぞれの年の個性の表現に成功しているガズボーン。「私たちはすべてのワインに一定のスタイルを求めている。年ごとの表現は少しずつ異なるものの、すべてに共通するものがあり、それはとてもエキサイティングなこと。生産者のスタイルもありながら村やクリュの品質を表現し、各ヴィンテージの特徴が現れるブルゴーニュと同様」とローラは語る。
英国がわずか30年で世界有数のクオリティスパークリングワインの産地に名を連ねるまでになった理由には、こうした気概あるワイナリーの努力と挑戦があった。気候が不安定な産地でヴィンテージのスパークリングワインを造り続けることは、ゆるぎない自信の現れであるともいえよう。
Text & Photo : Hiromi Tani