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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2021.12.23
column

大洪水に襲われたシュペートブルグンダーの理想郷 ドイツ・アール地方はいま/後編 〜ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.36

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10月のアールヴァイラー。

守られた2021年の収穫

9月中旬から10月下旬にかけて、デルナウのベルトラム・バルテス醸造所の収穫を支援する活動「10人のボランティア」が行なわれた。ドイツ国内のWSETディプロマ取得者らが中心となって企画し、収穫期間中の約40日間にわたり毎日最低10人の収穫スタッフを送り込むもので、私はこのプロジェクトに参加した。2021年の収穫はアール地方の醸造家たちの復興の基盤となる大切なもの。今年は多くの醸造所にこのような収穫ボランティアが駆けつけた。

ベルトラム・バルテス醸造所は、デルナウのベルトラム醸造所の5代目、ユリア・ベルトラムさんとマイショス出身のベネディクト・バルテスさん夫妻が運営する醸造所だ。ユリアさんは17年に実家の醸造所を継ぎ、18年に結婚。19年にはフランケン地方で醸造所を運営していた夫のベネディクトさんがアール地方に戻り、ふたりで新しいスタートを切ったばかりだった。

ユリアさん&ベネディクトさん。


低地の畑を失い、醸造所と倉庫、設備の大半が使えなくなったが、運よく仮の醸造所とする物件を賃借でき、修理したタンクや寄付された木樽、購入した中古の醸造機器を揃えて収穫期に臨んだ。トラクターを始め農耕器具の倉庫は幸い被害を免れたが、自宅が被災したため、一家は休暇用の貸アパートで暮らしている。

仮設の醸造所。


デルナウには公共交通機関だけで辿り着くことができた。デルナウに最寄りで、通常通り機能しているレーマーゲン駅近くのホテルを拠点とした。そこから代替バスに乗れば、45分ほどで現地に到着する。

デルナウの代替バス臨時停留所。


デルナウまでの道のりには、信じがたい風景が広がっていた。災害から3カ月、瓦礫のほとんどは撤去されていたが、あったはずの建物や樹木がすっかり失われ、泥で黄土色に染まった道路が続く。辛うじて全壊を免れた家屋や醸造所は、浸水した1階部分ががらんどうのようになっていた。

洪水直後のデルナウ。(写真提供/坂田千枝)


朝7時半、指定の場所に10人を超えるボランティアが集まった。この日は近郊のケルンやボンのほか、遠方のシュトゥットガルトからやって来た人もいた。前の週にはベルギーなど隣国からもボランティアが集まったという。ボランティア日数は、1日から多い人で1週間ほど。シュトゥットガルトのふたりは、今夜はデルナウの仮設テントに宿泊すると言っていた。遠方からのボランティアは、その多くが宿泊施設が見つかりやすいボンに滞在し、車を相乗りしてやって来ているという。

収穫スタッフとボランティアたち。


この日はまず、もっとも傾斜が急なマリエンタールのトロッツェンベルクのシュペートブルグンダーを収穫した。おもにグレーワッケの風化土壌から成る斜面を登りながらブドウを摘んでいく。その後は、アールヴァイラーのフォルストベルクに移動して収穫を続けた。こちらの畑のシュペートブルグンダーはシュトゥーバー・クローンと呼ばれる、低収量のローカルクローンだ。

トロッツェンベルクの畑。


ベネディクトさんの指揮で、畑においても厳しい選別作業を行ない、除梗後もスイスから取り寄せた中古の選果台で手作業による粒の選別を行なった。「醸造設備はどれもギリギリで間に合った。今年は収穫期が例年よりやや遅かったのが幸いしたのよ」そうユリアさんは語る。

中古を取り寄せた選果台。


ベルトラム・バルテス醸造所の収穫に参加したボランティアの総数は最終的に120人を超えた。そのうちの半数近くが、来年も参加する予定だという。

収穫期が過ぎたある日、前編でも被災状況をお知らせしたマイヤー・ネーケル醸造所のドルテさんに、やっと電話で話を伺うことができた。

洪水が起こった日、姉妹は醸造所で濁流にのまれ、樹の上で一夜を過ごしたという。恐怖と興奮の中で自問自答した。「マイケとふたりで、これからもワインを造っていくか、あるいはもうやめてしまうか、そんな話をしていたの。でも答えははっきりしていた。どんなに大変でもこれからもワインを造っていこうと、ふたりで心を決めたのよ」そうドルテさんは語る。

マイケさん(右)とドルテさん。(写真提供/Weingut Meyer-Näkel)


一夜明けて、ふたりは被害の壮絶さに直面した。醸造所では、圧搾機もタンクも樽も農業機械も、何もかもが破壊されたり、流されたりしていた。おもに20年ヴィンテージが熟成中だったバリック400樽は、ほぼすべてが流失した。中には国境を越えてオランダまで流された樽もあったという。かろうじて取り戻すことができたのは、たったの8樽だけだった。オフィスも天井まで浸水し、事務機器を始め何もかもが使えなくなった。ふたりは畑以外のほぼすべてを失ったのだった。

ドルテさんによると、災害の翌日から、驚くほど多くの人々の援助の手が次々に差し伸べられたという。ワイン関係者だけでなく、未知の人々が瓦礫の撤去や清掃に力を貸してくれたそうだ。ふたりはできることから順番に手をつけ、21年の収穫を失わないようにと準備を進めた。醸造設備だけでなく、収穫用のハサミやバケツさえない状態だったが、あちこちから機材の提供を受け、無事に収穫を終えたとのことだった。21年は天候不順で収量は少なめだが、幸いにも長年一緒に収穫を行なっているスタッフが揃い、高品質のブドウが確保できたという。

アール地方では、災害直後の段階では収穫自体が危ぶまれていたほどだったが、数多くの無償の支援により、収穫は無事に終わった。アール地方全体では、最終的に長期的平均をやや上回る収量が確保できたとのことだ。21年産はアール地方のどの醸造所にとっても復興の基盤を作る、かけがえのないヴィンテージとなる。

大反響があったチャリティー活動 

アール地方の醸造家たちに寄せられた民間の支援は膨大で、とりわけドイツ全土の同業者、ワイン関係者のスピーディなサポートには目をみはるものがあった。多くの醸造家を輩出しているガイゼンハイム大学は、早い時期から学生や卒業生、職員を適材適所に派遣していた。 農業機械や醸造設備の修理工も現地に出向いた。洪水直後の道路混雑が激しい時期には、地元の起業家がシャトルサービスを立ち上げ、何千人ものボランディアの移動の便宜を図った。 一般のボランティアの来訪も後を絶たず、チャリティーワインの販売にも大きな反響があった。

義援金口座は、ドイツ・ワインインスティトゥート(DWI)、VDP・プレディカーツワイン生産者協会、専門誌出版社を始め、ソムリエ、外食産業、ホテル関連などの数多くの団体が開設している。VDPは、21年の収穫を守ることに焦点を当て、アール地方のすべての醸造所を対象に現地の醸造家団体と情報交換し、もっとも必要とされるところに義援金が届けられるよう、キメ細かい支援を行なってきた。DWIは世界各地のネットワークを活かして、インターナショナルに支援を募っている。

チャリティーワインの販売を通して大きく貢献したのが、 ザンクト・アントニー醸造所のマネジャー、ディルク・ヴュルツ氏が始動した「solidAHRität」というアクションだった。 Solidalität(団結)の語にAHRのHを加え、プロジェクトの名称としている。SNSを活用した彼のアクションにはたちまち反響があり、 国内外の醸造所やワイン商から続々とワインの寄付が 届いた。

「solidAHRität」では、集まったワインを品質別に分類し、それらを均等に取り混ぜた6本セットを65ユーロ(約8600円)で販売した。最終的に約4000の醸造所やワイン商から合計20万本を超えるワインの寄付があり、約3万4000セットを販売。金額にしておよそ220万ユーロ(約2億9000万円)を達成、全額がVDPの義援金口座に寄付された。このアクションには、場所の提供、梱包材の調達、梱包作業、輸送などにもさまざまな企業からの援助があり 多くのボランティアが参加した。

このほかに注目を集めているのが「Flutwein(洪水ワイン)」の販売だ。洪水で泥をかぶったものの、破損を免れたアール地方の醸造所のワインの販売である。個々の醸造所やさまざまな団体がそれぞれに展開しており、醸造所のサイトから購入できる場合もある。ワインは検査機関によりサンプルの品質検査が行なわれ、安全性が確認された上で販売されているとのことだ。

洪水ワインの一例(写真はネレス醸造所のワイン)。


収益の全部、あるいは一部をアール地方の醸造家たちに届けるチャリティーワインの販売やチャリティーイベントは、現在もさまざまな形で行なわれている。

◎日本国内からアール地方の醸造所に義援金を送付する場合は、以下のふたつの口座が利用可能。

1 「DWI(ドイツ・ワインインスティトゥート)義援金口座」

義援金受付口座(field 59)
受取人名義:Deutsches Weininstitut GmbH
IBAN:DE14 5519 0000 0619 7860 15
受取銀行情報(field 57a)
BIC:GENO DE FF
受取銀行:DZ Bank AG, Frankfurt / Germany
Bank-to-Bank-Information (field 72)
/acc/Mainzer Volksbank e.G, Mainz/Germany
送金目的:Donation Ahr Flooding と明記
(海外送金手数料はDWIが負担。銀行手数料は送金者が負担)

2 「For AHR Project-アール地方洪水被害・復興支援委員会 義援金口座」

受取人名義:カブシキガイシャニックファンズ
受取銀行情報:住信SBIネット銀行法人第一支店 普通口座 1095943
送金目的:「アール募金」と明記
(銀行手数料は送金者が負担。義援金は定期的にDWIの義援金口座へ一括送金)

Text:Junko Iwamoto