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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2022.04.15
column

シャンパーニュの地平に歩み寄り、独自の世界を表現し始めたドイツのゼクト ラウムラント中編」〜ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.38

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©Oliver Rüther

フォルカー・ラウムラントと初めて会ったのは1999年だった。ゼクトハウス・ラウムラントは、私が当時研修していたケラー醸造所の近くで、醸造家間の交流があった。この縁で、私は02年から03年にかけて、季節ごとに研修をさせてもらった。

フォルカーは当時、フランス人醸造家、カロル・ルフェヴレと自社ゼクトの生産に取り組んでおり、グラン・キュヴェ「トリウンヴィラート」(三頭政治)が産声をあげようとしていた。

カロルはランス大学で醸造学をおさめ、97年に3カ月の予定でラウムラントに研修にやってきた。当時シャンパーニュでは、女性が醸造の仕事に就くことはむずかしかったらしく、醸造家志望だった彼女は研修後、ラウムラントに就職する道を選び、04年まで勤めていた。フォルカーはカロルの意見を取り入れながら、栽培、醸造における最良の方法を探っていた。

フォルカーとカロルから学んだことは、どれも目からウロコが落ちることばかりだった。それまでの研修先では、偉大なワインがいかにして造られるかをつぶさに見てきたが、ゼクト造りにおいては、これまでに得た知識をいったんすべて忘れなければならなかった。

■シャンパーニュと繋がるラインヘッセン

ワイン造りとゼクト造りの決定的な違いのひとつは、収穫期の違いだ。ワイン造りにおいては、より熟したアロマ豊かなブドウを得るためにしばしば収穫期を遅らせるが、ゼクト用のブドウは、熟しすぎていてはいけない。極端な間引きを行なった凝縮したブドウも、ゼクト造りにはふさわしくない。偉大なワイン造りのノウハウは、ゼクト造りにおいてはあまり役に立たない。

ラウムラント邸と隣接するブドウ畑、ビュルゲル。


ゼクトのベースワイン用のブドウは、糖度75~85エクスレくらいで収穫する。収穫期は通常のワインより早いが、ブドウは熟していなければならず、酸度は1リットル当たり9グラムは必要だ。畑では7月中旬ごろから本格的にブドウの成熟を記録し始める。この時期は何度にもわたり、品種ごと、畑ごとにサンプルを100粒くらいずつ集め、果汁を搾って風味を味わい、糖度や酸度を計測し、収穫期を見極める。

収穫は手摘みでなければならない。畑では健康で完璧なブドウとそうでないものを選別する。とくに、ボトリティス・シネレアがついたブドウは完全に排除しなければならない。ベースワインに混入すれば、粘性が出て、ルミアージュの際に酵母が瓶口にうまく落ちていかないなどの問題が起こるのだそうだ。

数年前からは、野菜の洗浄機にヒントを得て、収穫ブドウを洗浄、乾燥させ、土埃や昆虫、オーガニック農法であっても残留する保護剤をすっかり洗い落とすという作業を導入し始めた。

醸造においては、シャンパーニュで行なわれている全房圧搾を導入している。圧搾前にブドウを破砕するドイツの従来の方法だと、モストのエキス分が濃厚になり、酸度が下がり、品質の低下を招くという。ブドウは房のまま、空気圧式の圧搾機を独自にプログラミングし、時間をかけて優しく圧搾する。搾汁量もシャンパーニュで実践されているように制限し、一番搾りである「キュヴェ」と二番搾りの「タイユ」を分けている。

瓶内二次発酵及び熟成期間は、シャンパーニュなら15カ月、ゼクトなら9カ月で製品化できるが、フォルカーは熟成期間をさらに長く取ることで、ゼクトの風味を最大限に開花させようとしている。現在では、ベーシックなゼクトでも36カ月以上、レゼルヴは90カ月以上、グラン・レゼルヴでは120カ月以上の熟成期間を経てからデゴルジュマンを行なっている。フォルカーは、瓶内二次発酵と続く熟成期間の長短は、ゼクトに決定的な影響を及ぼすという。

ラウムラントのゼクトは、シャンパーニュ・スタイルからドイツスタイルまで多岐に富む。「ワインジャーナリストたちは、シャンパーニュと、ヴィンツァーゼクトを厳格に区別したがる。でも僕はその壁を取っ払おうと思ってきた」そうフォルカーは語ったことがある。ジャーナリストの多くは、ゼクトはシャンパーニュを超えられないという確信のようなものをもっているが、彼はそれを破りたいと考えてきたのだ。

フォルカーのゼクトは、ブラインド・テイスティングでたびたびシャンパーニュと間違えられ、ワインのプロフェッショナルたちを驚かせてきた。シャンパーニュと彼のゼクトの間には、おそらくテロワールの差しかない。

「カロルがいた7年間は、とても有意義だった。歴史を振り返ると、シャンパーニュとドイツの間の技術者の往来はつねに盛んだったよね。それは、昔もいまも、とても自然なことなのかもしれない」。フォルカーにとっては、ドイツとフランスの間に国境はなく、ラインヘッセンはそのままシャンパーニュまで、すっと繫がっているかのようだった。

■グラン・キュヴェ「トリウンヴィラート」誕生

昨年、フォルカーに会ったとき、「トリウンヴィラート」誕生のいきさつを尋ねてみたら、こんな答えが返ってきた。

「カロルがスタッフに加わったとき、『うちには5つの品種がある。シャンパーニュの3品種とピノ・ブランとリースリングだ。これで、君がシャンパーニュで学んだ通りのものを造ってみよう』と提案した。それが始まりだったんだ」。

いまから20年前の、2002年の初春、フォルカーの初めてのシャンパーニュ・スタイルのゼクト、今日のグラン・キュヴェ「トリウンヴィラート」が生まれようとしていた。

2002年春に筆者が撮影したもの。
「トリウンヴィラート」1回目のアッサンブラージュの
打ち合わせ風景。右がカロル・ルフェヴレ。


その日、フォルカー、ハイデ=ローゼ、カロルと私の4人は、13種類のベースワインを前に テイスティングを開始した。ベースワインは、99年、00年、01年のもので、ピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネのほかに、ピノ・ブランもあり、シャルドネはステンレスタンクで醸造されたものと、バリック醸造のものとがあった。いずれのベースワインも「ビュルゲル」のものだ。

アッサンブラージュは、慎重に進められた。まず、それぞれがベースワインを試飲しメモを取る。ベースワインの試飲は、ワインの試飲と大きく異なる。フォルカーは「ベースワインのテイスティングは、通常のワインのテイスティングの経験をきれいさっぱり忘れてやるべき」と教えてくれた。カロルも「未来が見えるテイスティングをするのよ」と言っていた。

その後、カロルのアイディアで、13種類のベースワインをすべて、それぞれのワインの量に応じた比率でブレンドしたものを試飲した。そのブレンドには、個々のベースワインを個別に試飲したときには感じられなかったハーモニーが感じられた。

しかしフォルカーは「インパクトが足りない」と言い、カロルも「明瞭さに欠ける」とコメントした。続いてフォルカーは「バリック熟成のワインの量を減らした方がいい」と言い、カロルは「ピノ・ブランの量が多すぎるのでは」と続けた。私たちは ベースワインの足し算と引き算を繰り返し、夕方にとりあえずの結論が出た。それは、ピノ・ブランを含む8種類のベースワインのアッサンブラージュだった。

その後も、フォルカーとカロルは幾度にもわたってアッサンブラージュを検討し直した。時間が経つとベースワイン自体も変化し、結論も異なってくる。最終的に彼らはピノ・ブランを除き、シャンパーニュの3品種に限定することを決めた。さらにタイユをすべて除外し、キュヴェだけを使うことにした。ベースワインは、ほぼすべてが2001年産となった。

当時、ドイツのヴィンツァーゼクトにおいて、アッサンブラージュはごく例外だった。あったのは、ピノ・ノワールとシャルドネのブレンドくらいで、ムニエを加えるケースはなかった。シャンパーニュの3品種のアッサンブラージュに挑戦したのは、おそらくフォルカーが最初だろう。

「僕は、本来のシャンパーニュ・キュヴェを造ってみたかった。その際、単に3品種をアッサンブラージュするだけでなく、3品種がすべて、同じ畑のブドウであるというゼクトを世に出したかった。それが可能になったのは、91年に植え付けを行なったブドウが樹齢を重ね、高品質のブドウが収穫できるようになっていたからだ。若木のブドウは最初の5年くらいは、さほどいいワインにならない。古木をもてるようになったことは、とても重要なことなんだ」そうフォルカーは語る。

フォルカーは「本来のシャンパーニュ・キュヴェを造ってみたかった」と言ったが、「トリウンヴィラート」はシャンパーニュとは異なる。例外はあるものの、シャンパーニュはリザーヴワインを生かして、毎年同じ品質を維持しようとする。しかし、「トリウンヴィラート」は3品種のアッサンブラージュであり、ミレジメであり、しかも単一畑なのである。

ラウムラントのゼクトは、05年版「ゴー・ミヨ、ドイツワインガイド」 で初めて最優秀ゼクトに選ばれた。このとき受賞したのは、00年ヴィンテージのブラン・ド・ノワール、プレスティージだった。翌06年には、01年ヴィンテージの「トリウンヴィラートI」が最優秀ゼクトの座を獲得した。当初、瓶内熟成は36カ月だったが、現在では100カ月以上になっている。

フォルカーによると、100カ月以上経つと酵母の自己分解(オートリーズ)の効果がより発揮され、ブリオッシュの香りが増し、味わいにさらなる複雑味が加わるという。そのため、今後は一定量を数年後にセカンド・リリースとして市場に出すことを考えているという。ラウムラントの「トリウンヴィラート」はこれからも進化し、その個性でドイツのゼクト界を牽引していくことだろう。

■ラウムラントのゼクト

(ボトル左)
次女、カタリーナの名前が付けられたゼクト。これも トラディションと呼ばれるカテゴリーで、瓶内熟成は36カ月以上。ピノ・ノワールとムニエのアッサンブラージュ。

(ボトル中)
昨年9月にリリースされた「トリウンヴィラートXII 2012」。瓶内熟成100カ月以上。シャンパーニュの3品種のアッサンブラージュ。ムニエはドイツではシュヴァルツリースリング(黒いリースリング)あるいはミュラーレーベ(ミュラーはムニエと同じく粉挽きの意)とも呼ばれる。レゼルヴとグラン・レゼルヴは、カプセルに熟成月数が表示されている。

(ボトル右)
フォルカーが妻のハイデ=ローゼに捧げる「MonRose」もシャンパーニュの3品種のアッサンブラージュ。瓶内熟成は120カ月以上。優良年にだけリリースされる(2009年ヴィンテージはパーカー・ポイント96点)。

(後編に続く。)

Text:Junko Iwamoto