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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2018.01.29
column

ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.08「進化するアルコール・ゼロ・ワイン ライツ醸造所から『Eins Zwei Zero』登場!」

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ドイツでは、アルコールフリーのビールがスマートな選択肢としてすっかり定着し、味わいもよくなっているが、アルコールフリーのワインとスパークリングワインにおいても品質のよいものが登場しはじめた。

じつは、ドイツのワイン業界におけるアルコールフリー化への取り組みはビールよりも早く、1908年にはすでにアルコールフリーワインが生産されていた。ただ、本格的な商品開発が始まったのは、人々の健康意識が高まり、軽快なワインが求められるようになった近年のことだ。

アルコールフリーワインの公式統計はまだ存在しないが、推定で年間2000万本生産されているという。そのうちの大半をスパークリングワインが占めている。その理由は、ドイツではパーティやイヴェントの始まりに、とりあえずスパークリングワインで乾杯する習慣があるからだと言われるが、スパークリングワインのほうが、味覚的に受け入れやすいせいもあるだろう。

ドイツのスパークリングワイン大手は、競ってアルコールフリー製品を生産している。最初に登場したのがシュロス・ヴァッヘンハイム社の「ライト・ライヴ」。生産開始は1990年で、年間生産量は700万本に達している。続いてヘンケル社が01年に「カントーア・ アルコホールフライ」、06年に「ブリリアント・ アルコホールフライ」を商品化(生産量非公開)。業界トップのロートケプヒェン=ムム社は、08年に「プリッケルンダー・アルコホールフライ」をリリース。年間生産量は400万本を越えたと言う。

ライツ醸造所のオーナー、ヨハネス・ライツ。ドイツワインが危機的状況にあった1980年代半ば、母親が副業で維持していた2.5ヘクタールの畑から醸造所を興した。90年から英国、米国などへ進出し、早い時期からドイツワインが理解されにくい現実に直面。革新的なアイディアは海外市場に対峙することで生まれた。©Weingut Leitz

ワイン生産者もアルコールフリー市場に参入しはじめた。草分けはラインガウ地方でトップクラスのワインを生産しているライツ醸造所。オーナーのヨハネス・ライツは、17年にアルコールフリーのワインとスパークリングワイン(炭酸注入)をリリースしたばかり。ブランド名は「Eins Zwei Zero」(「1、2、0」の意)で、同醸造所が07年に販売を開始し、大成功をおさめている辛口リースリングのブランド名「Eins Zwei Dry」(「1、2、ドライ」の意)のバリエーション。「Eins Zwei Dry」は、ドイツワインのメインストリームが甘口ではなく、辛口であることを世界にアピールした人気商品だ。ドイツ語では「3」を「ドライ」(drei)と発音するので、辛口のドライとひっかけた。

ライツ醸造所のヒット商品「Eins Zwei Dry」。©Weingut Leitz

ここ数年ヨハネスは、一流レストランのシェフやソムリエから、さまざまな理由でアルコールを嗜まない顧客のために、ワイン以外の選択肢となる飲料について、相談を受けていたそうだ。すでに、ワイナリーなどが生産する高品質のブドウジュースや炭酸入りブドウジュースがもてはやされていたが、ヨハネスは、いずれも糖分が多すぎて、食事には必ずしも適切ではないと考えていたという。

そんなとき、ヨハネスは「真空蒸留器」に出会い、アルコールフリーワインの開発に取り組みはじめた。アルコールは通常の気圧下だと摂氏約80度で蒸発するが、高温にすると風味が失われる。しかし真空状態だと低温蒸留が可能だ。最新の設備では28度で蒸留でき、香り成分や味覚成分が充分に残る。試行錯誤を経て、昨秋、製品化に踏み切った。

「Eins Zwei Zero」。製造は、最新型の真空蒸留設備が整うラインヘッセン地方のアダム・トラウトヴァイン社が担当。スティルは7.90ユーロ、スパークリングは9.90ユーロで市販されている。

ベースワインはリースリングのグーツワイン(エステートワイン)。原料はすべてライツ醸造所が所有する畑のブドウだ。ビジネス開発マネジャー、ヤン・シュミットの話によると、アルコール100%排除も可能だが、残念ながら製品の味わいはよくないという。そこで、ワインらしい風味を保つため、ごく少量の抽出ワインを製品に戻すことにしたという。最終的なアルコール含有量は0.03g/ℓ、ボトリング後のアルコール度数は0.0038% vol.で、市販の果汁ジュースが含有する、表示の必要がないアルコール量のレベル。味わいは、残糖35g/ℓ相当分の凝縮ブドウ果汁を加えてバランスを取っている。ジュースよりはるかに辛口だ。

実際に両者を試飲したが、いずれもワインやゼクトを味わうような満足感が得られる。リースリングらしいリンゴや柑橘類の風味が感じられ、ワインらしい華やかさと余韻がある。アルコールは取り除かれているものの、オリジナルのラインガウ・リースリングの上質さがしっかりと感じられる。

現在「Eins Zwei Zero」はアルコールフリーワインが英国、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、カナダ、米国、ポーランドに、アルコールフリースパークリングがスウェーデン、デンマーク、米国に輸出されている。すでに、サウジアラビア、ドバイ、イランなど、公的に飲酒が禁じられていたり、飲酒に制約がある国々への輸出交渉が始まっている。

一流醸造所を率いるヨハネスにとって、アルコールフリーワインの生産は思い切った決断だったというが、レストランや専門店からのフィードバックはいずれも、非常にポジティブだそうだ。