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岩本順子 Junko Iwamoto

ドイツ在住/ ライター・翻訳家

ライター・翻訳家。ドイツ、ハンブルク在住。1999年にドイツの醸造所で研修。2013年にWSETディプロマ取得。現在ドイツの日本語新聞「ニュースダイジェスト」に「ドイツワイン・ナビゲーター」「ドイツ・ゼクト物語」を連載中。 http://www.junkoiwamoto.com

2022.04.20
column

シャンパーニュの地平に歩み寄り、独自の世界を表現し始めたドイツのゼクト ラウムラント後編」〜ドイツ・ハンブルク発 世界のワイン情報 vol.39

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ラウムラントでは長年、娘たちの名前をつけたゼクトをリリースしている。マリー=ルイーズとカタリーナだ。

このふたつのゼクトはまさに姉妹のようなゼクトで、似たところとそうでないところがある。マリー=ルイーズはピノ・ノワール単独のブラン・ド・ノワール、カタリーナはピノ・ノワールとムニエのブラン・ド・ノワールのアッサンブラージュだ。いずれも1990年代に、それぞれの生まれ年のベースワインでファースト・ヴィンテージがリリースされ、現在に至る。ふたつのゼクトは、トラディション(ピノ・ノワール主体)とともにベーシックなゼクトだが、いずれも瓶内熟成36カ月を経ている。

妻、ハイデ=ローゼに捧げるゼクトもある。「モン・ローゼ」だ。こちらはグラン・キュヴェで、瓶内熟成は120カ月以上。「トリウンヴィラート」(100カ月)を上回る。ピノ・ノワール、シャルドネ、ムニエのアッサンブラージュで、優れたヴィンテージに限って生産されている。

世界最大規模のワインとスピリッツの見本市、デュッセルドルフの「プロヴァイン(ProWein)」を訪れたことがある方なら、「伝統製法ゼクトメーカー協会(Verband traditioneller Sektmacher/VTS)」のグループスタンドをご存知かもしれない。以前は伝統・古典的瓶内発酵醸造所協会(Verband der traditionellen klassischen Flaschengärer/VTKF)という長い名称だった。

フォルカーは、88年に発足した「伝統製法ゼクトメーカー協会」の中心人物のひとりである。この団体は、伝統製法のゼクトの市場でのプレゼンスを高め、ドイツの「ゼクト」の名声を再び獲得することを目指している。2007年以降は、毎年「プロヴァイン」に出展しており、ラウムラントのコーナーでは、フォルカーとハイデ=ローゼ、そしてふたりの娘たちが試飲用ゼクトを注ぎ、解説をする姿があった。

コロナ災禍でプロ・ヴァインが2度にわたって中止になるなど、ワイン関連の催事の実施が困難になったが、一方でイベントや販売のオンライン化が急速に進んだ。ラウムラントも、この間にサイトを刷新。ソーシャルメディアを活用し、オンライン・ショップをオープンしている。

■世代交代するラウムラント

現在、ラウムラントでは、フランス人醸造家に続いて、日本人のベテラン醸造家、貝瀬和行がケラーマイスターとして活躍している。貝瀬は、東京農業大学短大部醸造学科卒、山梨のあさや葡萄酒で勤務したのち、97年に渡独、ラインガウのシュロス・ラインハルツハウゼンで働きながら、05年にケラーマイスターの資格を取得、09年にはガイゼンハイム大学飲料工学科を卒業。12年にラウムラントに転職した。「自らの理想ではなく、ラウムラントの理想を形にするのが僕の仕事」と裏方に徹し、すでに10年にわたってフォルカーを支えている。

フォルカーと貝瀬和行。


フォルカーのふたりの娘たちも、すでに醸造所で働いている。長女マリー=ルイーズは国際経営学を学び、在学中にカナダ、オーストラリア、アルゼンチンなど世界各地で研修、モンペリエ大学で醸造学を学び、ドイツと英国の醸造所で研修した。その後、複数の企業に勤務、19年からラウムラントの社員として働いていたが、20年12月付けで、フォルカーに代わって社長に就任した。

次女カタリーナも当初、国際経営学を学び、複数の企業で働いたが、その後、父の母校であるガイゼンハイム大学に入学し、まもなく卒業する。在学中は南アフリカ、英国、シャンパーニュの醸造所で経験を積み、19年からラウムラントで醸造の仕事に従事している。

マリー=ルイーズは、「父が40年近くかけて築いたものはあまりにも大きい。納得のいくまで時間をかけて、仕事を引き継ぎたい」と語る。フォルカーも、社長職を退いた後も挑戦したいことがまだいくつもあるという。

マリー=ルイーズ(左)とカタリーナ
/©Oliver Rüther


世代交代中のラウムラントが新たに取り組み始めたのは、ビオディナミ農法への挑戦だ。ラウムラントは02年にオーガニック認証を得ているが、より健康な土壌を維持し、気候変動に柔軟に対応していく方法を見つけるために、ビオディナミに挑戦してみようと考えた。

ラウムラントの所有畑は約10ヘクタールだが、ビオディナミはヴィラに隣接する計1ヘクタールの畑で試験的に行なわれている。一家が毎日のように行き来し、熟知している畑が、ビオディナミを学ぶ場所になっている。

姉妹は「所有畑の1割でビオディナミを実践することにより、ほかのオーガニックの畑との違いが必ず現れてくるだろうと思う。それを時間をかけて慎重に見極め、確信がもてる手法が見つかれば、今後の栽培方法に生かしたい」と意気込む。

このほか、ラウムラントでは、フォルカーのイニシアチブでピーヴィー種(カビ菌耐性品種)の導入を準備している。農薬散布がごくわずかで済むピーヴィー種は、オーガニックの造り手が注目している。

ラウムラントのヴィノテークの周囲には、すでに、カベルネ・ブラン、ソヴィニヤックなどのピーヴィー種が植えられているが、フォルカーがゼクトのために選択したのは、ソヴィニエ・グリ(注)。フライブルク・ワイン研究所で誕生したセイヴァル・ブラン(米国品種とのハイブリッド)とツェーリンガーの交配種だ。(注: 以前はカベルネ・ソーヴィニヨンとブロナーの交配種と言われていたが、DNA分析で異なることがわかった)。

「ソヴィニエ・グリはシャルドネを思わせる風味とクリスピーな酸味をもつので、単独でゼクトにすることも考えられるし、アッサンブラージュのパートナーにも向く。昨年、苗木栽培業者から収穫ブドウを入手できたので、試験的にベースワインを生産し、成熟の過程を追っているところだ。うちで栽培を開始したら、収穫は3年先になるからね」フォルカーは用意周到だ。

近々社内で、ソヴィニエ・グリを含めたベースワインのブラインド・テイスティングを行ない、スタッフの意見を聞きながら、導入方法を考えていくと言う。「環境保護や持続可能性の観点から、今後ますますオーガニック化に拍車がかかるはず。ブドウ栽培では銅剤の散布量をさらに減らす必要に迫られるだろう。ピーヴィー種は将来的に、避けて通れない品種になるはず」そうフォルカーは予測する。

このほか、世代交代を機に、ラウムラントはエティケットを一新した。学者によると、ラウムラントという苗字は16世紀ごろスカンジナビア半島からやってきた、騎士の家系ではないかとの説がある。そこで、旗を手にした騎士の姿を醸造所のシンボルマークとした。加えて、ミュズレに「時」を象徴する3種類のデザインを導入、エティケットにもそれをあしらい、ユニークなデザインが生まれた。

「父も、私たちも、以前からミュズレをコレクションしているの。一つひとつを眺めていると、いつ、誰と、どこで、何を一緒に味わったかという記憶が蘇ってくる」そうマリー=ルイーズは言う。

■注目度が高まるヴィンツァーゼクト

冒頭で言及した「伝統製法ゼクトメーカー協会」は、18年に組織を刷新、名称を現在のものに変更し、現在、フォルカーが会長職を務めている。会員には、約40醸造所が名を連ねている。同協会は、21年秋に、ゼクトメーカー・レゼルヴという、厳格な醸造基準をもつカテゴリーを新たに定めたところだ。その基準は、品種、手摘みであること、圧搾方法、搾汁量、ティラージュを加える時期、熟成期間など、多岐にわたる。

このほか、ラウムラントは20年にゼクト専門の醸造所として初めて、高品質のワインを生産する醸造所団体、VDP(ドイツ・プレディカーツワイン協会)の会員に迎えられた。これはドイツのゼクト界において歴史的な出来事だった。VDPは会員が所有するブドウ畑の格付けを行なっているが、21年には共同で、ゼクトの格付けルール(VDP.SEKT.STATUT)を定めたところだ。

これには、VDP.ゼクトとVDP.ゼクト・プレスティージのふたつのカテゴリーがあり、プレスティージでは、任意で畑名の表記が可能だ。ラウムラントはすでに、11年ヴィンテージのピノ・ノワール「キルヒェンシュトゥック」(ホーエン=ズルツェン)を市場に出している。

フォルカーはこのほか、おそらく1回限りのプロジェクトとして「ジェネレーション・キュヴェ」を準備中だ。90年代と今世紀の複数のリザーヴワインをアッサンブラージュしたもので、19年にボトリングを行ない、瓶内熟成は3年目を迎えている。「ジェネレーション・キュヴェ」においては、「トリウンヴィラート」とは異なる形で、ラインヘッセンのテロワールのボテンシャルが試される。彼は今後も、さまざまな挑戦を続け、ドイツのヴィンツァーゼクトを牽引していくことだろう。

ラウムラントのゼクトは、そのピュアさ、失われない若々しさ、
土壌を反映した味わいの複雑さ、焼きたてのブリオッシュを連想させる風味で、
味わう者を魅了する。/© Oliver Rüther


フォルカーが「現在のシャンパーニュは、かつてのバロックな味わいから脱し、少しずつ軽やかになってきている。もちろん全体の傾向ではないが、シャンパーニュがヴィンツァーゼクトに近づき、ヴィンツァーゼクトはシャンパーニュに近づこうとしているような動きがある」と語っていることも興味深い。

ラウムラントのゼクトを味わっていると、ヴィンツァーゼクトとシャンパーニュの、切り離すことのできない、歴史的なつながりに思いを馳せることになる。両者の間には、200年以上前から今日に至るまでの、あまりにも多くの交流の蓄積があるからだ。

Text:Junko Iwamoto