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谷宏美

日本在住/フリーランス ライター

エディター/ライター。ファッション誌の美容エディターを経て、2017年よりフリーに。渋谷のワインバー「ローディ」で店の仕入れや現場でのサービスをやりつつ、ワイン&ビューティの分野で取材・執筆を行なう。J.S.A.認定ワインエキスパート。バタークリームとあんこは飲み物。

2022.09.15
column

西ギリシャの地理的表示にみるブドウとテロワールのユニークネス

ギリシャワイン・オフィシャル・アンバサダーの青山敦子氏を講師に、ソムリエの井黒卓氏をコメンテーターに迎えた西ギリシャのワインを紐解くセミナーに参加。ギリシャの中でもペロポネソス半島の北西部のアハイアとイリア地域に限定し、そのPDO(原産地表示保護)とPGI(地理的表示保護)からワインの特徴を探る趣旨で、じつに情報量の多いセミナーだった。

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世界のワイン史において根幹に関わるギリシャ。ブドウ栽培と醸造を体系的に記し、世界に流布させた功績は大きい。中でも、ペロポネソス半島の北西部に位置するアハイア、イリア地域は3000年以上のワイン造りの歴史をもつエリア。紀元前750年のブドウの種や、古代オリンピアの遺跡内でのブドウ圧搾用の小屋といった考古学上の証拠が、脈々と続く歴史と伝統を物語る。

講師の青山敦子氏(Dip WSET)とコメンテーターの井黒卓氏(2020年全日本最優秀ソムリエコンクール優勝)
を迎えて開かれたウェビナー。



■アハイアとイリアの地形と概要

アハイア、イリヤの両産地を合わせてギリシャワインの全生産量の8%を占める。この地域の魅力は、その特異なテロワールが生むワインの多様性と、個性的な土着品種の数々だ。

地中海性気候のもと、わずか数キロの間に海岸線と山岳のコンビネーションという変化に富んだ多様な地形。平地から1000m以上の高い標高にブドウ畑が点在し、さまざまな標高や傾斜、土壌を呈す。そんな地形と海風との組み合わせがミクロクリマを生み、樹齢の高いブドウ樹も存在する。さらにはほとんど忘れられていた品種の再発見もある上、国際品種も共存する興味深い産地。

また、この産地では新進系の生産者が誕生し、唯一無二のセンス・オブ・プレースを表現するような自然回帰的なワイン造りを行なっているのも近年のムーブメントとして興味深い。

〔アハイア〕
ブドウ栽培面積は2992ha、生産量は17万5431hℓ(2020年)。本土との間にあるコリントス湾とパトライコス湾の細い海流が強い風の対流対流を引き起こす。2000m級の高い山がさまざまな土壌を生み出し、西からは湿った風、南からの熱風を抑えるバリアの役割を果たす。畑の多くはこれらの山の急斜面にあり、標高250から800m、高いところでは1050mまで斜面が広がり、ヨーロッパの中でも随一に数えられるほどの高地。想像を絶する特異な環境は緯度に比して寒冷で、冷涼さをもったワインを生み出す。

東側のエギアリア(PGIスロープ・オブ・エギアリア)を有し、複雑な海岸線と迫りくる山岳地帯のコンビネーションから成る特有の風土が個性的な味わいを生み、この味わいにいま、注目が集まっている。

4つのPDOとふたつのPGIをもつ。

〔イリア〕
ブドウ栽培面積は2300ha、生産量は1万hℓ(2020年)。多くはアハイアなどに販売される。イオニア海の影響を受け、海洋性の地中海気候。高湿で、夏でも雨が降る。 低地が多く、海抜0m地帯に築かれた畑も一般的に見られる。

PDOはなく、ふたつのPGIをもつ。

■10種のテイスティング

青山氏の解説に井黒氏のテイスティングコメントを交え、10種のワインを4つのテーマ別に試飲をした。

フライト1)
タイプの違う辛口白3種(マスカットとロディティス2種)

マスカット・ブラン・ア・プティ・グランはマスカット種の中で高貴で古い品種。果粒が小さくて芳醇な香りをもっているのが特徴。収量が低くて収穫も遅い。リナロールやゲラニオールのテルペン化合物の香りが顕著。

ピンク色の果皮をもつロディティスはギリシャで2番目に栽培されているブドウ。アハイアでは総栽培面積の60%、イリアでは35%を占め、レッツィーナの原料にもなる。房が大きくて収量の高いグリーン ロディティス、小粒のロディティス アレプのふたつのクローンがある。

フルーティなデイリーワインが多いクラシックなスタイル、山岳地帯で育ったブドウから造られ、シトラスやメロンの果実香が豊かで凝縮感のあるタイプ、スキンコンタクトのオレンジワインの3つのスタイルがある。

▼ワイン1/PGI アハイア(PGI Achaia)
〔辛口のマスカット 2021ヴィンテージ〕

品種:マスカット・ブラン・ア・プティ・グラン100%
畑の標高:915m
土壌:粘土石灰質
樹齢:16年
アルコール度数:12.5%
総酸度:9.3g
pH:3.15g
残糖:1.5g

甘口のイメージの強いマスカットだが、こちらは辛口に仕上げたタイプ。バラや高級石けんの華やかな香りが前面に出て、ベルガモット系のオレンジやアールグレイも。総酸度9.3gという、レーザーのように刺激的なほどの酸味が引き締まった印象を与える。元来酸が高い品種ではないが、標高の高い北向きの畑のテロワールによるもの。

▼ワイン2/PDO パトラ(PDO Patra)
〔山岳地帯のロディティス 2020ヴィンテージ〕

品種:ロディティス100%
畑の標高:740m
土壌:チョーク質粘土
樹齢:36年
アルコール度数:12.0%
総酸度:5.3g
pH:3.28g
残糖:1.6g

外観にピンク色の果皮からくるシルバーのトーンがあり、ハニーデューメロンやの香りや青リンゴ、レモンの花の香り。骨格を支える酸があり、溌剌としたみずみずしい印象。ロディティスは本来酸味の穏やかな品種だが、標高の高さによりこうしたスタイルになるのが西ギリシャならでは。

▼ワイン3/PGI アハイア(PGI Achaia)
〔スキンコンタクトのロディティス 2020ヴィンテージ〕

品種:ロディティス100%
畑の標高:740m
土壌:チョーク質粘土
樹齢:35年
アルコール度数:12.0%
総酸度:5.3g
pH:3.28g
残糖:1.6g

タンク内で5カ月間スキンコンタクトした、ロディティスの3つめのスタイル。スキンコンタクトならではのクミンやターメリックのスパイス香、フェノリックでビターなフィニッシュとメリハリのあるユニークな味わい。全房仕込みによるハーバルなニュアンスが火を入れたトマトと相性がよく、パスタやピザと合わせたい。

フライト2)
PGI イリアのアシルティコ比較

アシルティコはギリシャワインの認知度を上げたスター品種。サントリーニ島原産だが、干ばつやカビなどの病害にも強く順応性が高いので、現在はギリシャ各地で栽培されている。酒石酸の含有量が高く、雨量の多いここイリアでも酸がしっかりと残る。サントリーニ島ではアルコール度数も高くパワフルなワインが造られるが、ここ西ギリシャではより軽やかでフルーティになる。

▼ワイン4/PGI イリア(PGI Ilia)
〔リーズコンタクトのアシルティコ 2021ヴィンテージ〕

品種:アシルティコ100%
土壌:粘土質
樹齢:6年
アルコール度数:13.5%
総酸度:5.6g
pH:3.1g
残糖:3g/ℓ

〔井黒氏のコメント〕
香りは穏やかで小さな白い花や洋梨の雰囲気。澱接触由来のイーストの風味をもつ。伸びやかな酸味が特徴的で塩味のニュアンスも。余韻にはオイスターシェルのようなミネラル感。ペアリングはシンプルにオリーブオイルでソテーして、レモンやアスパラを添えたホタテ貝など。

▼ワイン5/PGI イリア(PGI Ilia)
〔スキンコンタクトのアシルティコ 2021ヴィンテージ〕

品種:アシルティコ100%
土壌:粘土質ローム
樹齢:7年
アルコール度数:12.0%
総酸度:5.5g
pH:3.43g
残糖:1.9g/ℓ

〔井黒氏のコメント〕
硬く堅牢な雰囲気。酸味と苦みが調和し、複雑な構成要素でアフターに苦みが残る。ホタテ貝なら、塩・コショウでマリネしてレモンとバターを入れた生クリームを添えるなど、複数の要素を組み合わせたものが合いそうだ。

フライト3)
異なるエリアでのマヴロダフニ比較

マヴロダフニはアハイアとイリヤ地域の代表的な黒ブドウ。PDOマヴロダフニ・オブ・パトラの甘口酒精強化ワインで広く知られるようになった品種で、スタイルとしてはこの甘口のほか、辛口、バリックで長期熟成させたもの、酸化熟成のランシオなどがある。現在は辛口タイプが注目されていて、単一で使われるほか、土着品種とブレンドされることも一般的。色が濃くて鮮やかで、タンニンを多く含む。 ワイン8のレトリニは、ひとつのワイナリーが2アイテムを造っているのみの非常にレアなPGI。

▼ワイン6/PGI スロープ・オブ・エギアリア(PGI Slopes of Aigialia)
〔ノンオークのマヴロダフニ 2020ヴィンテージ〕

品種:マヴロダフニ100%
土壌:砂質粘土
樹齢:20年
アルコール度数:13.0%
総酸度:5.6g
pH:3.6g
残糖:1.0g/ℓ

〔井黒氏のコメント〕
辛口のノンオークタイプで、ピュアなマヴロダフニがわかる。鮮やかな赤紫。スミレの花にリコリスやブラックペッパーのアロマ、プラムやブラックベリーをちょっと潰したようなニュアンス。しっかりとした渋みとチューイーなテクスチャー。

▼ワイン7/PGI アハイア(PGI Achaia)
〔樽熟成のマヴロダフニ 2017ヴィンテージ〕

品種:マヴロダフニ100%
土壌:砂質、粘土、シルトが入り混じった土壌
樹齢:20年
アルコール度数:13.7%
総酸度:5.47g
pH:3.79g
残糖:1.9g/ℓ

〔井黒氏のコメント〕
黒系ベリーを潰したニュアンスに、樽由来のグローブやバニラの香り。樽の甘さとタンニンや収斂された味わいがバランスしている。煮込み系の料理とよく合う。

▼ワイン8/PGI レトリニ(PGI Letrini)
〔ブレンドタイプのマヴロダフニ 2019ヴィンテージ〕

品種:レフォスコ85%m、マヴロダフニ15%
土壌:砂質粘土
樹齢:20年
アルコール度数:13.5%
総酸度:6g
pH:3.6g
残糖:1.5g/ℓ

〔井黒氏のコメント〕
ベースのブドウは北イタリアでも栽培されるギリシャ原産のレフォスコ。バリックで10~12カ月熟成。レフォスコのタンニンをマヴロダフニが和らげるという役割でのブレンド。ブレンドすることによって味わいに酸ものり、より多層的なフレーバーになり、余韻も長い。

フライト4)
甘口比較

ギリシャはさまざまな甘口ワインを造っている。

PDO マヴロダフニ・オブ・パトラはギリシャでもっとも有名な原産地呼称のひとつで酒精強化の甘口の赤ワイン。 ブラックコリントを最大49%ブレンドすることができ、アルコール度数は15から22%、オーク樽で最低12カ月熟成。

PDO マスカット・オブ・パトラ、マスカット・オブ・リオ・パトラはどちらもホワイトマスカットから造られる甘口のワイン。 酒精強化のほか、天日干しのブドウを使うタイプもある。気候の温暖なマスカット・オブ・パトラは極甘口でパワフル、コリントス湾に面した海沿いの地域マスカット・オブ・リオ・パトラは軽やかでフローラルでフレッシュなスタイルとなる。

▼ワイン9/PDO マヴロダフニ・オブ・パトラ(PDO Mavrodaphni of Patra)
〔酒精強化甘口の赤ワイン 2011年ヴィンテージ〕

品種:マヴロダフニ、ブラック・オブ・コリント
樹齢:20年
アルコール度数:15%
残糖:123g/ℓ

〔井黒氏のコメント〕
樽熟成9年と瓶熟1年で約10年熟成してからのリリース、2011年が現行ヴィンテージのワイン。経年したレンガ色、澱による濁りも見られる。ミルクチョコレートやキャラメルの甘美な香りに比して、甘みはそこまで重くない。アルコール度数も酒精強化にしては15度とひかえめ。一般的な甘口ワインと伝統的な酒精強化の間を取った、飲みやすく優しいワイン。生ハムや、塩味の効いたスナックに合わせるとおもしろい。

▼ワイン10/PDO マスカット・オブ・リオ・パトラ(PDO Muscat of Rio Patra)
〔酒精強化甘口の赤ワイン 2018年ヴィンテージ〕

品種:ホワイトマスカット100%
樹齢:18年
アルコール度数:12%
残糖:110g/ℓ

〔井黒氏のコメント〕
アロマティックなマスカットを使い、華やかでエレガントな印象。アプリコットやモモの缶詰、マーマレード、高級な石鹸、上品なベルガモットオイル。ボディにつけたくなるほどうっとりするような香り。しっかりと濃厚な甘みがありながら、ブドウのピュアさを感じさせる。

長きにわたる歴史と伝統に加え、近年クローズアップされる固有品種や近代化した造りで注目を集める産地、ギリシャ。中でも古代オリンピアのお膝元である西ギリシャのペロポネソス半島北西に位置するアハイアとイリア地域は、その特異な地形と豊かなブドウ品種で、さまざまなスタイルのワインが造られている。この地域を理解することは、悠久のときを超えてワインを識ることであるといえよう。

Text & Photo : Hiromi Tani