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山田マミ

日本在住/ワインフィッター®/
La coccinelle 代表

フランス留学をきっかけに、ワインとの出会い。フレンチレストラン店長、ワインインポーター、webワインショップのライターを経て独立、2013年よりワイン販売業を開始。これまでになかったワインの職業名【ワインフィッター®】を商標登録。企業向けワインイベントのプロデュースや、店舗をも持たず在庫を持たず、お一人おひとりのニーズに合わせた全く新しいシステムのワイン小売販売を行っている。自身の経験を生かし、ワインフィッター®という新しい働き方の普及にも力を注ぐ。 https://www.lacoccinelle-vin.com/

2023.06.20
column

FROM SCRATCH 〜ボクらのはじめて物語〜
第1回「はじめてフランスでワインを造りました」

2020年からの未曾有のパンデミックを経て、すべての業種業態、企業、個人が新たな生きる道を模索するなかで生まれる“はじめて”。「ボクらがなぜ、それをはじめたのか」。その“はじめて”に宿る、当事者たちの純度の高い初心を取材し、シリーズでお伝えする。

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■インタビュー:レ・ジャルダン・ドゥ・ラ・マルティニエール ワイナリー責任者 筒井 草
〜インポーター日仏商事の自社ワイナリー 初ヴィンテージリリース〜

「日仏商事(株)は2018年6月1日、フランス・ロワール地方において自社ワイナリーを取得しました。今後、ワイン生産者(Vigneron:ヴィニュロン)として、私たち自身の手でワインを生産することになります」。

フランスの製菓、製パン素材、機械、ワインセラー、そしてワインの輸入商社として知られる日仏商事からそんなセンセーショナルなニュースがワイン業界内に発信されたのは約5年前。それ以降目立った情報が流れることなく時は過ぎ、この話題の記憶が薄れかけていた頃、再びのニュースに業界内が沸き立った。

「自社ワイナリー 初ヴィンテージリリース発表会のお知らせ」。

23年2月、東京、神戸、京都、福岡、仙台、札幌の6都市でのセミナーとメーカーズディナー(神戸はディナーのみ)が開催されるという。お披露目される初ヴィンテージは2018年。その味わいもさることながら、約5年を経て満を辞してリリースに至った戦略やコンセプトにワイン業界内外から多くの注目が集まった。

福岡会場でセミナーを行なうレ・ジャルダン・ドゥ・ラ・マルティニエールの
コンサルタント大岡弘武(左)と、ワイナリー責任者 筒井 草(右)。

日仏商事が取得したワイナリーはフランス・ロワール地方のアンジェにほど近い場所にあるレ・ジャルダン・ドゥ・ラ・マルティニエール。14年から17年まで、ロワールの自然派ワイン界で定評のあるグザヴィエ・カイヤールが所有していたワイナリーだ。それを、フランスにおける日本人自然派ワイン生産者のパイオニアで、現在岡山県にワイナリー(ラ・グランド・コリーヌ・ジャポン)を営む大岡弘武からの縁で日仏商事が取得に至った。そして自社ワインプロジェクトはグザヴィエ、大岡両者のコンサルタントのもと進められた。

ワイン業界内でグザヴィエ・カイヤール、大岡弘武といえば知らぬ者は稀有なほどの存在。そのため今回の初ヴィンテージリリースは、日本のみならずフランス国内でも期待度は高まっていた。しかしながらこのプロジェクトにはもうひとり、重要な人物がいる。

筒井 草(つつい かや)。

レ・ジャルダン・ドゥ・ラ・マルティニエールのワイナリー責任者。関西の大学を卒業後、17年より現地フランスへ移住、グザヴィエ・カイヤールからブドウ栽培の基礎を学び、19年にロワールのBPREA(ワイナリー責任者養成学校)に入校、翌年資格取得。現在は、年に数回訪仏をする大岡のアドバイスを受けながら、現地スタッフ1名とともに畑作業から醸造の管理、販売までのすべての業務を行なっている。

レ・ジャルダン・ドゥ・ラ・マルティニエール ワイナリー責任者の筒井草。

今回お披露目となったレ・ジャルダン・ドゥ・ラ・マルティニエールの初ヴィンテージ2018は、筒井にとっては人生ではじめて造ったワインが世に出るということでもある。約10日間に及ぶ6都市の日本プロモーションは、緊張と興奮の連続だったに違いない。筒井がはじめてのワイン造りにかけた想いを聞くべく、6都市すべてのプロモーションを終えて翌日フランスへ帰国というタイミングで取材した。

――6都市の日本プロモーション、お疲れさまでした。いまの感想を聞かせてください。

筒井 まず最初の東京会場でおおむね好評価をいただいたので、その後はリラックスして臨めました。今回のプロモーションではあえて、日仏商事の既存のお得意様以外の層にもアプローチしました。

じつはこの日本プロモーションに先駆けて、初ヴィンテージは作年末にフランス国内でお披露目されていた。生産量の3分の1ずつ、フランス国内、日本、その他の国への輸出、という割合で販売されたという。

筒井 日本プロモーションよりフランスでの先行販売の方が緊張しましたね。受け入れられるのかなって。結果的に地元アンジェ、リヨン、そしてパリの自然派ワインショップの老舗を中心に大変好評をいただき、フランス国内分は昨年末にすでに完売となりました。日本市場には、日本人がフランスで造ったワインを逆輸入したというだけでコマーシャル的には話題になったかもしれませんが、先にフランスでしっかりと評価されたうえで日本に紹介する、という流れを作りたかったんです。なので、日本プロモーションはある程度の自信をもって臨むことができました。

仙台でのメーカーズディナーでワインの解説をする筒井。

――フランス国内でも18年からの約5年間、リリース時期の問い合わせが相次いでいたと聞きました。満を辞して初リリースがこのタイミングになった理由を教えてください。

筒井 もともとグザヴィエ・カイヤールが時間をかけてワインを造る生産者で、現在市場に出ている彼の現行ヴィンテージは06年なんです。僕たちもそういう造りを理想としました。発酵に勢いがあると発生する炭酸ガスとともに香りや風味が失われてしまいます。パンもそうですが、低温でゆっくり発酵することで独特の風味が生まれます。さらに発酵にかかった時間と同じ時間を瓶熟成にもかけるのが黄金比と言われていて、今回の4種のワインは、白と赤は発酵に約2年かかったので約2年間の瓶熟成を経て、ペティヤンナチュレルに関しては発酵途中で瓶詰めし、4年間の瓶内発酵・熟成をしてリリースに至りました。

パンとワインに通じる発酵と熟成の哲学。じつは、日仏商事の歴史は1965年、東京国際見本市で出展された「フランスパン」に始まる。当時の日本はまだフランスパンという食べ物が珍しかった時代、創業者である筒井ベルナールは、本物のフランスパンをつくりたいという日本の職人たちの想いに応えるため、フランスからオーブンやドライイーストの輸入を開始した。

筒井草は、創業者 筒井ベルナールの孫である。ベルナールは日本人の父とフランス人の母をもち、日本人の妻との間に同社の現代表取締役である草の父、筒井ミシェルが誕生した。草はミッシェルと日本人の母のもとフランスで生まれ、4歳までの幼少期をフランスで過ごした。

「フランスのエスプリを日本に伝える」という創業当初から掲げる企業理念は、祖父ベルナールから父ミシェル、そしてヴィニュロン(ワイン生産者)となった草へ、親子3代に渡ってその土地の気候風土の縮図ともいうべき発酵食品という共通点をもって受け継がれた。

――自然派ワイン造りには、忍耐強くワインの時間に寄り添うことが必要とされるかと思いますが、草さんが心がけている信条はありますか。

筒井 基本的にはすべて時間が解決してくれると思っているので、焦らず待って、待って、待って、というスタンスですね。焦るとたとえば亜硫酸を入れたくなったり、なにか余計なことをしたくなります。自然派ワイン造りは“何もしない”のではなく、“余計なことはしない”ことが大切だと思っています。何か手を加えるようであれば、なぜそれをしたのかという理由を説明できるようにしたいですね。

未経験から挑んだ初ヴィンテージ。「余計なことはしない」は経験豊富な造り手にとっても想像以上にむずかしい。それにも関わらず非常に冷静に自身の信条を語り、落ち着いた声で自分を飾らず、気負わず、心の中にあることだけを丁寧に言葉にする筒井。そのスタンスの理由は、と尋ねると、「この性格は、父譲りですね(笑)」とはにかんだ。

京都会場のセミナー冒頭で挨拶をする筒井草の父、
日仏商事株式会社 代表取締役 筒井ミッシェル。

筒井 父も昔から“なるようになる”という主義。クラシックなワインの輸入からスタートした日仏商事ですが、僕がワインを飲める年齢になる頃にはもう自然派ワイン一色で、家庭でも自然派ワインだけが食卓にありました。ずっと自然派ワインと関わっているとそういうマインドになるのかもしれませんね(笑)。

自然派ワインを造るための英才教育を無意識に、文字どおり自然に受け継いだ筒井草。今回初リリースされた4種のワインは、いずれもフランスのエスプリに加えて日仏商事と筒井家のエスプリが液体に溶け込む珠玉の味わいであった

左から、朱泡 Syu Awa(発泡ロゼ)、詩旅 Shi Ro(白)、
茜丘 Akane no Oka(赤)、紅貴 Ko Ki(赤)、
そして東京のディナーで振る舞われた、グザヴィエ・カイヤールが醸造した
レ・ジャルダン・ドゥ・ラ・マルティニエールの2015年ヴィンテージのワイン。

そして、取材後日談。

「世界一予約の取れないレストラン」として知られるコペンハーゲンのレストラン「ノーマ(noma)」。ミシュラン三つ星、ワールド50ベストレストランで4度も1位に輝く世界最高峰の店が、2023年3月15日から5月20日まで「エースホテル京都」で期間限定の営業を行なった。日本国内の美食家たちが血眼になって予約確保に奔走したその珠玉のディナーに、今回リリースされた初ヴィンテージ4種は採用された。

世界が注目するレ・ジャルダン・ドゥ・ラ・マルティニエールのワイン。海外の銘醸産地で造られた日本人ヴィニュロンによるワインが世界に新たな波をもたらしつつあるという、日本ワインの国内ムーブメントとはまた違った可能性に期待が高まる。今後、まだ蔵に眠る2018年以降のヴィンテージリリースにも要注目だ。



問い合わせ先:
日仏商事 株式会社 ワイン課
E-mail: vin@nichifutsu.co.jp
HP : https://www.nichifutsu.co.jp/vin/