柳忠之
日本在住/ワインジャーナリスト
ワインジャーナリスト。ワイン専門誌記者を経て、1997年からフリー。専門誌のほか、ライフスタイル誌にもワイン関連の記事を寄稿する。ワイナート本誌ではおもにフランス現地取材を担当。
史上初のロゼの“グランヴァン” シャトー デスクラン ガリュスが再度日本上陸
コマーシャルディレクターのアラン・リヴィエール(左)と
テクニカルディレクターで醸造家のベルトラン・レオン。
南仏プロヴァンス地方のプレミアムロゼ・ワイナリー「シャトー デスクラン」から、コマーシャルディレクターのアラン・リヴィエールとテクニカルディレクターで醸造家のベルトラン・レオンが来日。日本でふたたび販売が始まるシャトー デスクランの最高峰キュヴェ「ガリュス」がお披露目された。
いまから15年ほど前になるだろうか。年に一度刊行される酒類事典に携わっていた筆者は、編集部から送られてきた新規アイテムのリストを見て目を疑った。プロヴァンスのロゼが希望小売価格2万円とある。きっとデータ入力時に誤りゼロをひとつ多く打ってしまったのだろう。そう思って編集部に確認の電話を入れたところ、2万円で間違いないという。そのワインがシャトー デスクランの「ガリュス」だった。
それから数年経った2011年、本誌の取材でシャトー デスクランを訪問。手土産に09年ヴィンテージのガリュスを渡された。我が家には、1万円を超えるワインは10年以上の熟成に耐え、良好に進化しなければならないという掟がある。そこでさっさと飲んでしまわず、セラーに最低10年寝かせておくことにした。
3年前、そのボトルをようやく開けたのだが、これがすばらしい熟成をしていた。色調こそオレンジ味を増してはいるが、香りに酸化傾向などいっさい感じられず、若いときには強めに感じられたバニラ香もよい感じで溶け込んでいた。味わいはしっかり力強く、かといって重くはない。フレッシュな酸が若々しさを維持しつつ、味わいのレイヤーを広げているではないか。プロヴァンスのロゼも、最上級のブドウで丁寧に仕込めばみごとな熟成を遂げるのだ。
シャトー デスクランはかつてボルドーにシャトー・プリューレ・リシーヌを所有していたサシャ・リシーヌが、06年に入手したサントロペの北西に位置するワイナリー。サシャはかつてバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社で、シャトー・ムートン・ロートシルトやオーパス・ワンの醸造に携わっていた故パトリック・レオンをコンサルタントとして招聘し、プロヴァンス初のプレミアム・ロゼワイン造りに挑戦した。そのパトリックの息子が今回来日したベルトランである。
「フレッシュでクリスピー。それと同時にボディがあること」と、シャトー デスクランのロゼワインが目指す方向性について語るベルトラン。「色やアロマは二の次。もっとも重きを置いているのは味わいです。それには収穫のタイミングが重要で、私たちの収穫はほかの生産者よりも平均1週間遅い」という。
気候変動により温暖化が叫ばれる昨今、成熟度を求めすぎれば酸を失うリスクもあるのでは?
「プロヴァンス地方は強い日差しによりブドウが凝縮します。この際、酸も凝縮するのです」。
収穫したブドウをダイレクトプレス。2時間半かけてゆっくり、やさしく果汁を搾る。この搾汁時間が実質的なマセラシオン時間にあたる。圧搾時に果汁が酸化するのを避けるため、プレス器には窒素置換の装置が付いている。
「色の濃いロゼはタンニンの渋味が感じられ、私たちの目指すものではありません。また、果皮と果汁の接触が長すぎると酸が落ちてしまいます」。
シャトーの最高峰の「ガリュス」は、サシャがシャトーを入手した06年に初ヴィンテージが造られている。樹齢100年を超えるグルナッシュが用いられ、その区画は鉄分を多く含んだ赤い粘土質。容量600リットルのドゥミ・ミュイで発酵、熟成。すべての樽に独立した熱変換チューブを挿し、発酵温度の調整を樽ごとにできるようにした。これはベルトランの父、パトリックが生み出した技術で、世界初の試みという。
ガリュスの最新ヴィンテージは22年。試飲したのはマグナムボトルだったが、この若さなら普通ボトルとの差はさほど大きくないはずだ。色調は淡くピンクがかったオニオンスキン。洋梨や白桃のアロマにかすかにナッツのニュアンス。アタックではフレッシュな酸味が爽快感を与え、口の中で徐々にふくよかな果実が広がっていく。テクスチャーはクリーミーで凝縮感があり、タンニンのフェノリックな苦渋みは皆無な一方、ストラクチャーはしっかり。
この日はハンドキャリーで持ち込んだという18年と17年のマグナムも一緒に試飲。マグナムという点を差し引いてもそのフレッシュさはすばらしく、それに加え、ボディの厚み、フレーバーと味わいのレイヤーが増している。どうやらこの「ガリュス」、リリース直後でも充分においしいけれど、熟成させてこそ真価を発揮するロゼワインと考えて間違いないようだ。
「ガリュス」以外のキュヴェにもついても触れておこう。「ウィスパリング エンジェル」は最新の23年。ベルトランによれば、収穫前に1回熱波が来たのみで、夏の気候は安定。アロマが華やかなワインになった年という。色調は淡いローズペタルで、トップにはフローラルなトーンが広がる。味わいはフレッシュで爽快。繊細さの中に果実の集中力を秘め、アフターには塩っぽいミネラル感。シーフードと合わせたくなる。
「ロック エンジェル」の22年は全体の3分の1をドゥミ・ミュイで発酵。イキイキとした「ウィスパリング エンジェル」と骨格のある「ガリュス」のちょうど中間のテイストで、爽やかさ、新鮮味を保ちつつ、クリーミーなテクスチャーでフレーバーも重層的。食事の中間から後半にかけて、ロブスターなどの甲殻類やラム肉のローストにも合わせられるだろう。
それまで誰も手を出さなかったロゼの“グランヴァン”というカテゴリーに、果敢にも挑戦したサシャ・リシーヌとレオン親子。もしも、高額ロゼワインに眉をひそめるならば、まずは10年熟成した「ガリュス」を飲んでみることだ。
希望小売価格:
シャトー デスクラン ウィスパリング エンジェル 2023
3,410円(税込)
シャトー デスクラン ロック エンジェル 2022
4,455円(税込)
シャトー デスクラン ガリュス 2022
20,460円(税込)
輸入元:MHD モエ ヘネシー ディアジオ