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山田マミ

日本在住/ワインフィッター®/
La coccinelle 代表

フランス留学をきっかけに、ワインとの出会い。フレンチレストラン店長、ワインインポーター、webワインショップのライターを経て独立、2013年よりワイン販売業を開始。これまでになかったワインの職業名【ワインフィッター®】を商標登録。企業向けワインイベントのプロデュースや、店舗をも持たず在庫を持たず、お一人おひとりのニーズに合わせた全く新しいシステムのワイン小売販売を行っている。自身の経験を生かし、ワインフィッター®という新しい働き方の普及にも力を注ぐ。 https://www.lacoccinelle-vin.com/

2019.07.03
column

【連載 第1回】CAVE D’OCCI 掛川 史人 × JULIA 本橋 健一郎 ゼロから挑むシードル造り 〜スライダーに捧ぐ味を求めて〜

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「一緒にシードル、造っちゃおうか?」。

これは、互いの世界の第一線で活躍するふたりの男たちが発した何気ない一言から突如始動した、嘘みたいな一大プロジェクトを追うドキュメンタリー連載である。

嘘みたいな。そう、最初は間違いなく、酔った勢いだったに違いない。しかし酒の入った会話とはいえ、プロ意識が高すぎるふたりゆえに後には引けなくなった。そして日が経つごとに、「あれ? これはものすごい世界に足を突っ込んでしまったのではないか……」。一抹の不安にも襲われたが、それ以上にワクワクが止まらない。どの世界でも第一線で活躍するプロたちは不安に対してほどよく鈍感力があり、やんちゃだ。

「やっちゃおーぜ」。

話は決まった。

【カーブドッチワイナリー醸造長 掛川史人】
新潟市の南西部、日本海を臨む海岸地帯に1992年に誕生したカーブドッチ。現在はほか4軒の個性的なワイナリーと宿泊施設、レストランなどを備えた日本でも有数のワインリゾート「新潟ワインコースト」を牽引するワイナリー。その醸造長を20代半ばから務める。ワインの醸造歴は約20年という豊富な経験を生かし、クラシカルなスタイルから自身の嗜好を表現したナチュラル志向のワインまで、多種多様なワインを生み出している。

【JULIAオーナーソムリエ 本橋健一郎】
20年以上のソムリエ経験を経て、公私ともにパートナーのシェフnaoと茨城県つくば市で2012年「本橋ワイン食堂」をオープン。17年には東京進出のチャンスを掴んだ。店名を「JULIA」と改名。本橋の確かな舌が選ぶワインとそれに忠実に添うnaoの料理は瞬く間に話題となり、オープンからわずか1年で“ワインの美味しいペアリングレストラン”として本誌90号(2018年春号)の表紙も飾る。19年6月神宮前に場所を移し、JULIA第二章をスタートさせる。

経験豊富な醸造技術と確かな舌。この未知なる化学反応にワクワクしないワインラバー、シードルラバーはいないだろう。しかしこの連載はドキュメンタリーであり、決してハッピーエンドは約束されていない。彼らの試行錯誤と葛藤、そして予測不可能な落胆と歓喜の瞬間を、リアルタイムで読者のみなさんにお伝えしたい。

僕たちがシードルを造る理由

そもそも、なぜシードルなのか?

JULIAを語るうえで欠かせない看板料理がある。それは「スライダー」という小さなハンバーガー。甘辛いバーベキューソースを煮からめたポークパテと、酸味のあるクリーム、そして生のリンゴをそのまま自家製の小さなパンに挟んだもの。本橋とnaoの原点である本橋ワイン食堂時代に考案したメニューだが、「うまい! これは毎月出すべきだ!」と評判になった。それ以来、月替わりでメニューが変更になっても、東京進出後も、このスライダーだけは毎月必ず提供するスペシャリテになった。

本橋はこのスライダーにはワインではなく必ずシードルを合わせるが、国内外さまざまなシードルを合わせるなかで、もちろん納得のいく味を毎回選ぶが、「これぞ運命の相手」と呼べるシードルにはいまだ出会えていないという。その話題が掛川との会話で盛り上がり、このプロジェクトが突如持ち上がったというわけだ。

とはいえ、コンセプトは“スライダーに合う味”で本当にいいのか?
これほど大きなプロジェクトを始動するには、カーブドッチ、JULIA両社内的に、また対外的にもそれらしい大義名分が必要ではないか? そんな議論も飛び交った。

長年ワイン醸造の現場にいる掛川は、ブドウ農家の人手不足や高齢化を目の当たりにし、同様の現状がリンゴ農家にも広がっていることは容易に想像ができる。シードルを造ることで生まれる新たな地域貢献、そんなことを意識しない訳でもない。しかしわざわざ後付けで耳ざわりのよいストーリーにはしたくなかった。

掛川にとって酒を醸すことは日常であり、本橋にとって納得のいく味を求めるのはもはや本能だ。そこに特別な大義はいらないのではないか? 互いのプロ意識に触れ、意気投合し、感情に従ったら一緒に“何か”を創りたくなった、ただそれだけのこと。それ以上の大義は結果から、自然発生的でいい。

さらに、「おいしい味」を目指すことほど困難なことはない。幸せの定義を論じるくらい永遠に答えが出ず、ゴールも見えない。約20年の醸造歴をもつ掛川も、本格的なシードル造りは今回初めて。「スライダーに合うシードルを造る」、まずはそこを明確なゴールとして動き出してみようじゃないかと、ふたりは合意した。

掛川 シードルって、じつはそんなに飲んだことがない……。
本橋 え? 僕たちそこから?(笑)。

5月某日、国内外のシードル14種類を集めた試飲会議を開催した。味の方向性を決めるにはまず、市場に流通するシードルの味わいを知ることから。肝心のスライダーの生みの親としてnaoも参加。

14種類を大きなカテゴリーに分けると3つ。原料がリンゴのみの国産、同じく海外産、そしてリンゴプラスα(原料に洋梨、白ワイン、ジンジャーやエルダーフラワーなどのフレーバー)がブレンドされているシードル。

生食用のリンゴでワイナリーが造る国産シードルと、シードル用リンゴの好適地でシードル農家が造る海外産。比べれば何かが足らず、何かがありすぎて当然だ。では中庸を狙うのか? ブレンドシードルのように別の要素で補うのか?

本橋 バランスのよい優等生なシードルなら、僕らが造る意味がない。
nao スライダーに合わせるなら、余韻とインパクトが欲しい。

目標設定の段階で、可能か不可能かを考えることはタブーだ。それはさておき、まずは「どうありたいか」をできる限り全員でテーブルに上げ、それを掛川が醸造家目線のイメージで言葉に落とし込んだ。

掛川 たとえば、トップにフックとなる渋みを出したい、となったら僕の経験から言うと“皮”がポイント。アルコールに溶ける物質を皮から引っ張り出す。ミドルの膨らみは、うーん、たとえば品種を掛け合わせたり、酸化還元をうまくコントロールして細かい要素を積み重ねるとか。伸びやかさや余韻は、やっぱり酢酸なのかな。あとフレーバーシードルのように、たとえばレモンの皮を使うとか。

欲しいイメージが浮かんだところで、掛川は14種類のなかでそれぞれの要素が際立つものをピックアップし、ブレンドを始めた。それぞれを数ccずつ、ときにはレモンの皮を1、2秒だけ浸して。

“掛川ブレンド”が出来上がるたびに全員でグラスを回し飲む。この要素がまだ足らない! この要素が出すぎた! そして絶妙なブレンドには歓喜の声が上がる。プロ意識が高すぎるやんちゃな男たちの遊び心はさらに加速し、時計は午前0時を回るころでも終わりが見えない。

本橋 掛川くん、本番でこんな味造れるの?!
掛川 いや……全然わかんないっす!!(笑)。

掛川 まぁでもね、感情の起伏の大きさこそが、人生の喜び。悩む! いっぱい悩んで、終われば結局それが楽しかった! になるんでしょうね、“無事に終われば”ね!

本橋 いまさらながらシードル造り……これ大変だわ(苦笑)。

END

次回は……『市販のリンゴで試作してみよう!』

<取材協力>
レコルタ カーブドッチ
〒950-0087 新潟県新潟市中央区東大通1-5-26
TEL 025-278-3010

<神宮前JULIA 6月29日オープン!>
restaurant J U L I A
〒150-0001
東京都渋谷区神宮前3-1-25 アレーデジングウマエ1F
tel/fax 03-5843-1982
e-mail julia.ebisu@gmail.com

営業時間18:00〜(20:30予約最終受付)
火曜日定休(不定休有)

Text & Photo:Mami Yamada