• Top
  • Feature
  • 聴いて味わう官能体験シャブリ4種類のシンフォニー
2022.07.19
feature

聴いて味わう官能体験
シャブリ4種類のシンフォニー

シャブリワインの純粋さやミネラル感を言葉で表現し、その多様性を示すことは、時にはむずかしいもの。そこで今年はブルゴーニュ委員会が作曲家の松波匠太郎を招き、「音楽」で表現してもらうこととなった。ソムリエ近藤佑哉のナビゲートによるテイスティングで、どのようなインスピレーションを受け、楽曲制作へと至ったのか?

  • facebook
  • twitter
  • line


松波 今回のテイスティングで、シャブリには各アペラシオンに表情があり、楽しみ方も多彩だということを実感しました。いままでシャブリには漠然とキレのよさを感じていたのですが、その要因が土壌からくるミネラルだと知り、正体をつかんだようでうれしかったです。

近藤 プティ・シャブリは、ポートランディアン期の土壌です。石灰の石がゴロゴロしているのでブドウの根が奥まで入らず、フレッシュな白ワインとなるのが特徴です。

松波 柑橘系の酸が効き、弾けるように軽やかで溌剌としたところが魅力ですね。

近藤 このワインの生産者、ドメーヌ・ビヨー・シモンは、プティ・シャブリのキャラクターを実直に表現するためにステンレスタンクで醸造しています。

松波 シャブリは、バランスよく、オーソドックスで、親近感もある。誰もが知っているシャブリという言葉を冠したアペラシオンなので、楽曲では普遍性を意識しました。

近藤 ミネラルのフレーバーは、プティ・シャブリが砕いた岩なのに対し、キンメリッジヤン期の土壌からなるシャブリはヨードや磯っぽいニュアンス。果実の豊かさや溌剌とした酸もしっかりあり、少し厚みのある多角的な印象です。

松波 シャブリ プルミエ・クリュはまろやかな触感。奥行きが増して高貴な厚みに驚きました。

近藤 左岸のクリマ、コート・ド・レシェは、粘土が多い土壌ゆえボリュームが出るのが特徴です。ただ左岸の場合、日当たりはよいものの日が当たらない時間もあるため、1日の寒暖差というコントラストがふくよかさの中にキレイな酸味を残します。畑による多様性も、シャブリプルミエ・クリュならではの楽しみですね。

松波 シャブリ グラン・クリュは、堂々とたたずみ輝く、頂点の印象です。

近藤 ヴォーデジールは、シャブリグラン・クリュの中ではもっとも早く飲み頃を迎え、官能的と言われるワイン。現時点でも華やかな香りの要素が豊富です。ミネラルのフレーバーもしっかりあるのですが、まだ2019年という若さゆえミネラルの核は硬質的。内向的で香りの中心軸に潜っているような状態です。

松波 それって、将来変化していくということですか?

近藤 いまは詰まったミネラルの塊のようなものを覆うようにフルーツや花の香りが包み込んでいる。熟成を経て全体が融合すると、官能的なニュアンスが出てくるはずです。

松波 音楽というものは時間芸術で、秒や分単位での瞬間瞬間の楽しみなんです。シャブリグラン・クリュはもっとマクロな時間の流れを楽しむ、という部分にシンパシーを感じます。味わいはより複雑で奥深い。グラスを持ち上げてとろみを感じた瞬間から、喉に流れ込んで、息を吐いて、グラスを置くまで、そのすべての時間を楽しめます。

近藤 熟成したシャブリグラン・クリュだと、優美さや複雑性や奥深さをより一層強く感じますよ。

松波 一方で、溌剌とした感じや普遍的な味わいもあり、シャブリワインの全アペラシオンのよいところすべてが含まれているんですね。

作曲家の松波匠太郎。
さまざまな芸術が混ざり合う公演を目的とする
「花鳥画を音楽にのせて」の実行委員会メンバーとしても活躍。

近藤 ところで今回の楽曲を四重奏にされたのは、シャブリの4つのアペラシオンに因んでですか?

松波 テイスティングをして、単色ではなくカラフルだなと感じたんです。バイオリン、チェロ、クラリネット、ピアノを選んだのは、フランスの作曲家で今年没後30年のアニバーサリーイヤーを迎えるオリヴィエ・メシアンへのオマージュを込めて。代表作「世の終わりのための4重奏」は、この4楽器の編成です。奥深く複雑な要素を表現するには、さまざまな音色があってよいのではと。

近藤 どのようなアプローチで曲へと導いていかれたのですか?

松波 ワインのイメージを音楽にするために、味覚を頼りに音色を決め楽器を重ねる、という曲作りは初めての経験でした。独立した4つの楽曲を内包した組曲なのですが、4つのアペラシオンのシャブリ同様、全楽曲の統一がとれていないといけないので、俯瞰と微視の行き来を意識しながら、楽器を重ねていきました。こだわったのは、4つのアペラシオンそれぞれにより強いキャラクターをもたせること。パッと聞いてシャブリとわかるようにはしたいけれど、いい意味で複雑で作品としてコンプリートできるものを作らせていただきました。

近藤 演奏を聴くのがすごく楽しみです!

レカン・グループ飲料統括マネージャーの近藤佑哉。
「松波さんはとても感性が鋭い方。
ワイン関係者とは異なる視点での捉え方が、とても興味深かったです」。

松波 近藤さんのテイスティングコメントはじつに多彩で、素晴らしいパレットをおもちなんだなと驚いたんです。シャブリについて近藤さんが言葉で説明されていることを、私は音楽で表現させていただきましたが、ワインに関して素人であるいまの感覚を大切にしたい、との想いで取り組みました。

近藤 数年後、改めて向き合ったら、また違った感じの曲ができるかも。

松波 近藤さんにいろいろ教えていただきながら4つのアペラシオンのシャブリに向き合って得た感覚がたくさんありました。この私の体験を、今度は逆に音楽で味わっていただき、それが一体となればいいなと思っています。

■4つのアペラシオンのスタイル×メインの楽器×ワインの一例

【プティ・シャブリ】
スタイル:
軽やかで明るく、よくも悪くも溌剌さが魅力
×
メインの楽器:
ヴァイオリン/燃えるような、でもちょっと無茶な。この勢いが、組曲全体を牽引していく。

プティ・シャブリ 2019
ドメーヌ・ビヨー・シモン
Petit Chablis 2019
Domaine Billaud-Simon

ミネラルのフレーバーが程よく、軽快でフレッシュ。溌剌とした酸味がありつつ19年らしい熟度も感じ、ハチミツレモン的な味わいが伸びるように広がる。シトラス、フレッシュハーブや小花、石を砕いた香り。

【シャブリ】
スタイル:
バランスよくオーソドックス、親近感、普遍的
×
メインの楽器:
ピアノ/緩やかなテンポで、より「クラシック」。末娘のプティ・シャブリよりおとなしい。

シャブリ サン・マルタン 2019
ドメーヌ・ラロッシュ
Chablis Saint Martin 2019
Domaine Laroche

赤リンゴ、オレンジ、ジャスミンやライラック、スパイス、カキの殻のフレーバー。豊かな果実味でソフトだが、溌剌とした酸もしっかり存在しストラクチャーを形成、多角的で複雑な味わい。余韻まで伸びやか。

【シャブリ プルミエ・クリュ】
スタイル:
明らかな丸み、深く、しなやか
×
メインの楽器:
クラリネット/シャブリワインの階段を登り続けていく。落ち着いたテンポの中、音が複雑に絡み合う。

シャブリ プルミエ・クリュ コート・ド・レシェ 2019
ドメーヌ・ダニエル・ダンブ・エ・フィス
Chablis Premier Cru Côte de Léchet 2019
Domaine Daniel Dampt & Fils

白桃、コリアンダーシード、ブーケにした花束、ヨードなど複雑性ある香り。とろみある液体が舌にまとう。

【シャブリ グラン・クリュ】
スタイル:
頂点、より深く、輝かしい
×
メインの楽器:
チェロ/威厳と奥深さがあり、そして組曲全体のフィナーレを飾る。

シャブリ グラン・クリュ ヴォーデジール 2019
ドメーヌ・ジャン・ポール・エ・ブノワ・ドロワン
Chablis Grand Cru Vaudésir 2019
Domaine Jean-Paul & Benoît Droin

黄桃、大きな花束、クレームブリュレなど多彩な香り。豊かな酸、果実味、うま味などが絶妙なバランス。優雅さと奥深さを醸し出す。

楽曲「シャブリ・シンフォニー」の音源は、以下のリンクから視聴が可能。
同ページでは、松波・近藤両氏による、トーク形式の試飲解説付きバージョンも映像で見ることができる。
https://bit.ly/chablis_symphony_link

同コンサート映像版フルバージョン(6分)はこちら:
https://bit.ly/コンサートフルバージョン 

ぜひシャブリ4アペラシオンのワインを飲みながら、官能体験をお試しあれ!

松波匠太郎/Shotaro Matsunami
作曲家。1983年生まれ。
東京藝術大学音楽学部作曲科を首席で卒業。
同大学院修士課程作曲専攻修了。
現在、名古屋音楽大学特任准教授、桐朋学園大学非常勤講師。
日本作曲家協議会理事、日本現代音楽協会会員。

近藤佑哉/Yuya Kondo
レカン・グループ飲料統括マネージャー。
1989年生まれ。大学卒業後、銀座レカン入社。
トゥールダルジャン・トーキョーなどで研鑽を積み
ソムリエとして同社に戻り、21年4月より現職。
17年、第2回シャブリ杯シャブリ賞受賞。

撮影協力:銀座レカン

Photo : Bungo Kimura
Text : Etsuko Tsukamoto