
メゾン クリュッグへようこそ極上シャンパーニュの真髄に迫る一日
2023年5月、クリュッグで「Behind the Scene」と題したイベントが開かれた。シャンパーニュの真髄であるアッサンブラージュの妙。その深みと豊かさをメゾンの新しい最高醸造責任者と分かち合った一日の様子をリポートする。

現地に行かなければわからないこと、体感できないことがある。人の行き来が再開しつつある今年、シャンパーニュメゾンクリュッグでは「Behind the Scene」が現地で開催された。最高峰に位置づけられるシャンパーニュの、文字通り〝舞台裏〞を体感する企画で、世界中からワインジャーナリストが招かれた。
ランスの宿に用意されていたのは、ウエルカムドリンクならぬ、各自のサイズに合わせた新しい長靴! 翌朝、その長靴を履いて一行が向かったのはクロ・デュ・メニルの畑。そこで最高醸造責任者のジュリー・カヴィルに迎えられた。
ジュリーは2020年にエリック・ルベルから正式に任を引き継いでいるが、こうして世界のジャーナリストたちと対面する機会がほとんどなかった。それが満を持して現地で、しかも畑での対面となった。

クロ・デュ・メニルの畑で一行を迎えてくれたジュリーと、
同じくテイスティング委員のジェローム(右)とイザベル(左)。
この一枚畑は、1.84ヘクタールほどだが、大木が陰を作るエリア、壁の輻射熱の影響を受けるエリアとでは生育に差が出る。そのため、数日間にわたって収穫が行なわれるという。
「収穫人たちにとってみれば、最大限摘んでしまいたいところですが、そこは待ったをかけます」と、ジュリー。ブドウの樹それぞれの絶好のタイミングを見極めるのだ。結果、この畑だけでも5区画に分類され、別々に醸造される。「ヒューマンサイズのメゾンだからこそできること」というジュリーの言葉通り、区画ごとのキャラクターを最大限に尊重することがメゾンの哲学の根幹。そうして生まれる約400種類のワイン(ヴァンクレール)がアッサンブラージュの元になる。
秋から早春にかけての約半年間、ジュリー率いる醸造チームの委員は毎日11時に集まってそれらのワインをテイスティングする。メゾンによっては、植物臭、還元、酸化、乳酸など、欠点となりうる項目をチェックしてゆく方法をとるところもあるが、クリュッグは違う。ワインから感じることを率直な言葉にして表現し、共有するのだ。
ジュリーがクリュッグで最初にそれに参加したのが06年。「『おばあちゃんが作ってくれたお菓子の匂いを思い出す』とかカラメルとか、そういう言葉をメンバーが発するのが新鮮でした。思えば、その年のブドウは果実味が特徴的で、お菓子にまつわる要素が感じられる年だったのです」。
畑から敷地内の館に入ると、ヴァンクレールの瓶がずらりと並んでいた。ここで私たちは醸造チームの日々のテイスティングを追体験することとなる。「この時点で完璧なワインを探しているのではない」とジュリーは言う。それぞれのキャラクターを先入観なしに最大限に理解するため、テイスティングはブラインド、しかも一度に種のワインを対比する形で行なわれた。

クロ・デュ・メニルの敷地内の館で行なわれたヴァンクレールのテイスティング。
ふたつのグラスのワインを同時に味わうことで、個々のキャラクターがより際立って感じられた。
おもしろかったのは、シルキーなグレーという印象の左のワインに対して、右は爽やかなグリーン。蓋を開けてみれば、それはいずれもアヴィーズ村の22年のシャルドネで数メートルしか離れていない場所にあり、収穫のタイミングに日の開きがあるという。だが、味わいの違いは明白。アヴィーズ村だけでも区画に分類されるという説明に大いに納得した。

アメリカ、オーストラリア、アジアのジャーナリストの前に並んだヴァンクレールの瓶。
シャンパーニュ地方の南から北、多岐にわたる畑からのワイン。
場所をランスのメゾンに移し、今度はグランド・キュヴェのテイスティング。最新の171エディションから160エディションまでのうち10本、ロゼは27エディションから19エディションのうちの5本が次々に注がれた。いずれもクリュッグのエクセレンスが際立っているが、エディションごとに妙味がある。
品種構成、リザーヴワインの割合などは毎回違っていて、決まったレシピはない。つまり、毎年新たな個性豊かなミュージシャンたちによって、そのとき最上のオーケストラが生まれているのだった。

区画ごとのワインの個性、シャンパーニュの多様性を象徴するように、
色とりどりのボトルがライトアップされた壁が美しい、メゾン クリュッグのテイスティングルーム。

グランド・キュヴェのテイスティングはメゾンの歴史が詰まった館で、
6代目当主オリヴィエ・クリュッグもテーブルについて行なわれた。

171エディションから順に注がれ、10本目の160エディション
(2004年~1990年収穫のアッサンブラージュ)の輝くようなフレッシュさにあらためて感嘆。
ジュリー・カヴィル/Julie Cavil
最高醸造責任者。1974年生まれ。リールの商業系グランゼコール卒業。広告業界で活躍したのち、ランスで醸造学を学びワインの世界に転身。2006年クリュッグ入社。前任の最高醸造責任者エリック・ルベルの元で経験を積み、20年から現職。プライベートでは20代と10代のふたりの娘の母。
[お問い合わせ先]
MHDモエ ヘネシー ディアジオ株式会社
https://www.krug.com/jp
Text : Harue Suzuki