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2019.07.22
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【短期連載 第4回】パリに恋して、パリに試される。日本人女性初の仏ミシュラン一つ星に輝いたシェフの軌跡と奇跡。

2019年1月21日に発表された「ミシュランガイド フランス 2019年版」で、日本人女性シェフとしては初の一つ星に輝いたひとがいる。この快挙を成し遂げたのは、パリ12区にある「Virtus」(ヴィルチュス)の神崎千帆シェフだ。 世界グルメ激戦区のパリで、他国の女性シェフがこの栄誉に辿り着くのは並大抵のことではない。 彼女の道のりと想いに、コンサルティングやイベント開催などを手がけ、枠にとらわれずにワインの可能性を探るステラマリーの秋山まりえさんが迫った。 秋山さんは神崎シェフの修行先「Mirazur」(ミラズール)時代から親交がある間柄。女性同士の語らいだからこそ見えてくるものが、ここにはある。 対談が行なわれたのは2018年11月8日。つまりミシュラン一つ星を獲得する2カ月以上前のこと。 デジュネを終え、ひと息ついたところで始まった貴重な対談を、10章形式、全5回の連載でお届けする。

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第7章

パリで勝負できる
——そう思えた
80代ご婦人との夜

秋山まりえ(以下M) 一昨日の夜、食事の終わりに少しお話させていただきましたね。以前より、余裕のようなものを感じました。

神崎千帆(以下C) あ、そうですか。

M 大変は大変なんでしょうけれども。

C たしかにそうですね。年を重ねるごとに「自分の料理、大丈夫」と思えるようにはなりました。

M 絶対そうですよ。

C たぶん、自信なさすぎてもダメだと思うんですよね。

M そうだと思います。

C でもその自信もお客様からいただいていると思うんです。たまに「これで大丈夫かな?」と思うときもあるんですけど、そういうときに「このままでいてね」とお客様に言われると、あ! って。たまに「これはシンプルすぎるかな?」と思っちゃうんですけど。ただ、生産者さんたちの素晴らしいお野菜をあんまりごちゃまぜの料理にはしたくないんですよね。

あと、ミラズールのあと、初めてパリのレストランでシェフを任されたとき、おそらく80代のご婦人の常連さんがいらっしゃって。ラ・フェルム・サンシモンという老舗のレストランだったので、その方は20年来、30年来のお客様なんですね。これは絶対、何か言われるかなと思ったんですよ。前のシェフの料理と、私の料理は全然違っていたので。しかも、その方はシェフが交代したことをご存知なかった。何も言わずにお料理を出したら、まずサービスの方が呼ばれて、「これを作ったのは、男のシェフじゃないでしょ? 」と。

M すごい!

C すごいですよね! フランス人の80代のご婦人で。「シェフ、呼んで」と。でも、すごく喜んではいただいたんです。

M おいしいはおいしいと?

C ええ。

M でも、いままでとは違うと。

C そうなんですよ。でも、あれは衝撃的でしたね。

マウロにはすごく感謝しています。彼はすごくクリエイティブなんですけど、クラシックな基本がちゃんとあるんです。バターでゆっくり火を入れて……とか。クリエイティブだけでなく、そういう基本がしっかりしているんです。

M 大事ですよね。

C だからこそ、その20年来、30年来の常連の、クラシックな料理がお好きなお客様にも受け入れていただいた。ビジュアルだけのお料理だったら、たぶん食べていただけなかった。あのときは(マウロ)シェフ、ありがとうございます、と思いましたね。でも、フランス人、すごいなと思いました。

M すごいですね。さすがですね。なかなか言えないですよね。かなり常連のお客様でないと。

C 日本だとなかなかないことだと思います。

M その老舗レストランは7区でしたね。私は伺えてないのですが、大きな規模のお店ですよね。

C 結局、1年半くらいしかいませんでした。ちょっと(規模が)大きすぎた。自分たちのお料理が100%出せないということもありました。いまはピエール・ガニェールさんの店舗が入っているところなので一等地でしたね。ただ、1年半でしたがすごく勉強になりました。

M そうでしょうね。訪れるお客さんのタイプもきっと違うでしょうから。

C あ、パリにいても大丈夫なんだなと、思わせていただいた。

M すごい……

C 30代の方だけでなく、70代以上の、生粋のフランス人の方をお客様として迎えることができたので。

M いいなあ、そういう経験ができて。

C パリで勝負できるんだな、と思いましたね。

le monlogue de Marie sept

fierte
自信

以前のVirtusには、気心知れた仲間で楽しく運営されているという居心地のよさがありました。そして、現在の店舗は内装からスタッフ選びにいたるすべてに、千帆さんのスタイルが活きていると感じました。

ひょっとするとそれは、千帆さん自身が気づいていない変化かもしれません。環境が変わると、ひとは知らず知らず変わっていきます。

私自身、ステラマリーを始めてから以前と変わった部分があると思います。人前で話さなければいけませんし、今回の対談のような機会もあります。会社員時代は、会社に属していたわけですが、いまは個人というよりも、「自分に属している」ような感覚があります。責任も違ってきます。

千帆さんもまた、無意識のうちに、自覚のありようが、きっとかつてとは違っているのではないでしょうか。

第8章

星を獲るのは夢
それを目指すのは
ひとつの目的があるから

M マルセロさんはもうそのときは一緒ですよね。

C ずーっと一緒ですね。

M ミラズールで出逢って、ミラズールを辞められてからも。先ほどご挨拶しましたが、マルセロさんもほんとうに素敵な方ですよね。

C 彼はほんとうは、ピザ屋さんやパスタ屋さんをやりたいんです。ガストロミーじゃなくて。それ、ずーっと言われてるんです。でも、私、(ミシュランで)星を獲ることが夢なので、星を獲るまではと。私の夢につきあってもらっています。

M 星を獲られると、私は絶対信じています。でも、それがプレッシャーになるのではなく、あくまでも結果としてそうなればいいですよね。

C そうですね。自分たちのスタイル(のまま)で獲れたら、うれしいかなと。「一つ星を獲るためにはこうしなきゃいけない」ということではなくて。

M さすが。そうですよね。そうでなきゃ。

C こういう「おうち」っぽい雰囲気でお客様に和んでいただきつつ、獲れたらいいなと思います。変にストレスをかけて食べていただくのではなく。

M この照明(器具)もいいですよね。懐かしいです。以前の店舗のものをそのまま使っているのも素敵だなあと思います。

C そうですね。これは変えたくなかったんです。

この7年のあいだに、すごく変わったことは、ミラズール時代、ラ・フェルム・サンシモン時代は本当に料理だけの責任者でした。でも、Virtusの移転前のお店からは、経営も含めた上で、サービスの女の子たちとのやりとりなど、すべてをまとめていかなければいけなくなったので、それはすごく勉強になりましたね。もちろん原価率のこともそうですし、自分はお店をこんなふうにしたいけど、いまの売り上げだとマックスここまでしかできないとか。そのあたりの捉え方はかなり変わりましたね。

いまの時代は、お料理ができるだけじゃダメだと思うんです。いろいろな面から考えないと。自分がやりたい料理だから、どんな高価な食材使っていい、というような考え方はいま通用しないと思う。いまは、いつもサービスのことを考えて、調理場のことを考えて。でも、うちはほんとうにサービスの女の子たちが頑張ってくれています。

M サービスの女性の方々、ほんとうにいいですね。

C とくに、女の子がいいと思って選んでいるわけではないんです。逆に、私は男の子にも入ってもらいたいと思ってるくらいで。

M えー、そうなんですか。

C 力仕事もありますしね。でも、なぜか女の子に縁があって。ほんとうにいい子たちです。

M ほんとですね。サービス、素晴らしいですよ。

C 質というか、サービスのプロフェッショナルな部分では全然足りてないところがいっぱいあると思うんですけど、お客様を想う気持ちは強い。

M 大事なのは「そこ」なんですよね。

C 一つ星、二つ星のサービスの方たちと較べたら、まだまだだと思うし、あるレベルには全然達してないとは思うんですけど、そういう気持ちの部分では強いと思うんです。彼女たちには感謝しています。

M それはすごいことですよ。

C フランスって、あんまりそういうひとっていないんですよ。お店側が「サービスしてやってんだぞ」みたいなところも多い。

M そう、そうなんですよね。わかります。なので、彼女たちはすごいと思いました。

C やっぱり……運がよかったかなと思います。

M サービスの方の存在はとても大きいです。日本のレストランも、サービスの「人柄」で全然違うものになってしまいます。

C 大変ですよね。フランスもそうですけど、日本も……

M 一緒です。「ひと」がほんとうに大切で……でも、なかなかいない。そのような中で、彼女たちのようなひとを探すのはすごく大変だと思います。

C ほんとうに……いないんです。これも飲食店の「変えなければいけないところ」だと思うんですけど、労働時間が長い。

M やはり日本と一緒ですか? フランスも。

C 一緒ですね。給料もある程度上のポストにいくまでは低い。やっぱり、現代の方たちに、そういう条件で来てもらうのはむずかしいですよね。

M だったら(料理ではない)違うことやる、ってなっちゃうんですよね。

C そのあたりを「働き方改革」じゃないですけど、私自身から変えたいと思っていて。20代の頃は全部が全部、仕事仕事、それがうれしいという感じだったんですけど、いま39で、仕事だけじゃないよね、って。私も英語勉強したいし、身体も鍛えたいし、腕とか(笑)。

2018年に入ってから少し(考え方が)変わったんですけど、それまではほんとうに仕事ばかりで。これじゃダメだなと思って。いまはスタッフに「お願いだから、もっと休憩時間とって。仕事の効率をよくして、短い時間で結果を2倍にして、もっと自分の時間のために有効に使ってほしい」と言ってるんです。でも、どこかダラダラしてしまう。そのあたりが歯がゆいんですけど。でも、自分もかつてはそうだったので……。でも、いま飲食業界変えないと……

M そうですね。

C ……終わっちゃうかもしれない。希望がもう……

M 東京も同じです。星付きのレストランもみなさんスタッフを探してますから。「誰かいませんか?」とよく訊かれます。絶対数が足りない。ほんとうに死活問題だと感じています。

C 洗い場でさえ見つからない。20年くらい前だったら、たくさん見つかりました。いまは、ほんとうに見つかりません。もっと希望が増えるといいんですけどね。「スターシェフ」とか「スターソムリエ」とかではなく、もっとサービスの方たちに光が当たるようにかたちにしていかないと。

M 日本ではメートル・ドテル(接客全般を指揮する給仕長)の存在も一般的には知られはいません。でもじつはすごく大事ですよね。全部を見てくれているひとって。

C そのためにも自分たちがもっと有名になれば、いろんなひとに光を当てられるじゃないですか。

M そうか。そういう目標があるんですね。素晴らしい。

C たとえば、生産者さんも素晴らしいお野菜作っていても……

M 知られてないとか。

C もし自分が有名になれば……

M 影響力が変わってきますよね。

C はい。光を当てられるようになる。そうなりたいと思います。

le monologue de Marie huit

maison
おうち

現在の店舗は、以前の2倍の広さがありますね。少し大きめですが、上のフロアはパーティなどにも使えると思います。

ドアもエントランスも、色やデザインがすごくいい。モダンだけど、シック。女性も男性も入りやすい空間だと思います。たとえば女性が好きなお店は、男性には雰囲気がちょっとファンシーすぎたりもしますが、あまり優しめのテイストがお好きではない男性もこのムードに違和感はないと思います。

また、椅子ごとにカラーが違っていたりもする。日本のレストランでは、あまりお目にかかれないセンスです。
そこは、スタッフのサーヴにも表れていて。優しいのだけど、きゅっと締まっている。とてもいいですね。ご本人たちのルックスも、ユニフォームも、とても可愛い。

モダンテイストで居心地重視。「おうちにいるような」と千帆さんはおっしゃっていましたが、まさにそう感じさせてくれる。私の好きなタイプのお店です。
お料理はもちろんのこと、内装もとても気に入りました。

カウンターもさり気なくあり、全体的に余裕が感じられます。ウェイティング用、あるいはワインバーも併設している、というよりは、いい意味で無駄な空間。あくまでも「飾り」。でも、使える。ディネのときに、そのカウンターで男性ふたりが飲んでいらっしゃったのはとても素敵な光景でした。

Text: Toji Aida
Photo: Marie Akiyama/Toji Aida